JR東海が計画するリニア中央新幹線。超強力な電動磁石で車体を10センチ浮上させ、時速500キロで、2027年に品川駅から名古屋駅までを40分で、 '45年には新大阪駅までを67分で結ぶ。「夢の超特急」と期待する人は多い。

 一方、計画沿線周辺の住民は「不安だ」と声をあげている。時速500キロの実現には直線走行が必要なため、名古屋までの286キロのうち86%は地下トンネルだ。

 その長大なトンネル工事で発生する膨大な残土を運ぶダンプカーが地域を10年間も走ること、地下水脈を断ち切ることでの水枯れ、ウランを掘り出す可能性。そして事故対策の不備。だが、いずれの問題にもJR東海は「影響は小さい」「今後検討する」と公表するだけで今年、いよいよ本格着工するかもしれない。

■乗客まかせの安全管理と対策

「お客さま同士で助け合っていただきます」

 JR東海のこの回答に、会場からため息が漏れた。

 市民団体『リニア新幹線沿線住民ネットワーク』の天野捷一共同代表は、リニアが抱える問題のひとつとして安全対策の不備を訴える。

「例えば、長大な地下トンネルでリニアが緊急停止する。このとき、全車両1000人の乗客を数人の乗務員でどう避難誘導するかまったくわからないんです」

 JR東海のホームページを見ると、都市部ではトンネルを円形に掘りその下半分を避難路とする。また、ルート沿いには平均5キロ間隔で枝道状に非常口が建設され、都市部の非常口にはエレベーターが設置される。

 だが、山間部ではどう避難誘導されるのか。これをある住民説明会で問われたとき、JR東海の回答が冒頭に書いたことだ。

 こんな事故があった。'15年4月3日、北海道と青森県を結ぶ青函トンネルで、6両編成の特急のモーター付近から煙が発生し、列車は旧竜飛海底駅から1キロ先で緊急停車した。

 幸い、青函トンネルには避難専用路があり、同駅には地上へのケーブルカーが設置されていた。この好条件でも、5人の乗務員が124人の乗客を避難させるのに6時間弱もかかったのだ。

「リニアの場合、山間部にはケーブルカーもエレベーターもない。高齢者も子どもも障がい者も、暗い地下を何キロも歩くしかない。やっと地上に出ても、そこは真冬の山岳地帯かもしれない。どう安全誘導するのでしょう」(天野さん)

 確かに「客同士の助け合い」は必要だ。だが私たちが知りたいのは、それを前提にするのではなく、脱出が容易な地上走行が極めて少ない本計画での具体的な避難方法だ。ホームページには山間部での避難には保守用通路を使うと書いてあるだけで、防寒具や食料の装備、災害弱者への移動補助などの言及がない。

■リニアのルートと交差する日本最長の断層

 また天野さんが疑問に思うのは「リニアは地震に強いのか」ということだ。

 調べてみると、'11年4月14日に国土交通省での有識者による『鉄道部会・中央新幹線小委員会』でのリニアの耐震議論は劣悪だった。審議時間わずか15分。リニアは、側壁と車体との間で、電磁力の互いに引き合う力・反発する力の作用で浮上と推進をする。地震時も、その磁力バネの特性で車体は側壁に衝突しない……との理由で、耐震性にお墨つきを与えていた。

「リニアが通過する南アルプスはふだんでも地滑りを起こし、地震で大崩壊する可能性がある。東日本大震災の翌月の議論とは思えません」(天野さん)

 ちなみに、4月の熊本地震の震源は日本最長の断層『中央構造線』だが、この断層は長野県にまで及び、リニアのルートと交差する。天野さんは「熊本の断層地震を教訓とし、リニア計画を見直すべき」と主張する。

■ウラン被ばくに電磁波のリスクも

 岐阜県で恐れられているのは、リニア工事でウランが掘り出されないかである。

 ウランは、原子が崩壊しながらいろいろな放射性物質に姿を変えるが、危険なのは、肺がんを引き起こす気体の放射性物質ラドンだ。実際に1960年代、岡山県と鳥取県にまたがる人形峠でのウラン採掘では多くの労働者が亡くなった。

 岐阜県東濃地区は日本最大のウラン鉱床地帯だ。リニアはその地下を走る。そこにウランはないのか。この不安から2月16日、市民団体『春日井リニアを問う会』の川本正彦代表が現地で放射線測定を実施した。

 まず向かったのはリニアルートの“品川駅から245キロ地点”。ここで放射線測定器をセットすると、その最高値に参加者は「おおっ」と声を上げた。毎時0.341マイクロシーベルト。

 全国平均の約8倍だ。さらに驚いたのが、同地点の3~4キロ南、過去にウラン採掘を行った月吉鉱床の数地点で測定したら、値がいずれも0.3マイクロシーベルト以下だった。リニアルートのほうが高い。

「JR東海は、リニアルートはウラン鉱床を回避していると明言します。根拠は、『動力炉・核燃料開発事業団』(現・日本原子力研究開発機構。以下、機構)が'88年に出した『日本のウラン資源』という文献だけ。今回の結果は私たちの不安を裏づけました」

 私は、東濃地区でボーリング調査を行っていた機構の一組織、東濃地科学センター(岐阜県瑞浪市)に、東濃でのウランの存在はすべて把握しているかと尋ねたことがある。以下の回答を得た。

「地下がどんな地層かは掘ってみなければわかりません」

 トンネル工事で防護マスクの隙間からラドンを吸い込む作業員が数年後に肺がんを発病。排出されたウラン残土からは降雨のたびにウランが周辺土壌に拡散。この最悪のシミュレーションは非現実的だろうか。

■膨大な残土を運ぶダンプカーが1分間に3台ペースで10年間も走り回る

 リニアは、'97年から操業している山梨県のリニア実験線(42.8キロ)が営業本線も兼ねるため、実質的に7分の1は完成している。この実験線は、さまざまな問題を引き起こしてきた。

 実験線でも8割以上が地下トンネルだが、トンネル工事は各地の地下水脈を断ち切り、集落の簡易水道の水源である沢や川を枯らした。

 例えば上野原市の“棚の入沢”は、かつてはヤマメやイワナの宝庫だったが、今は1滴の水も流れない草原と化した。また、トンネル工事で排出された残土は大きな谷を埋め立てた。

 問題は、今後の工事で約5700万立方メートルという東京ドーム約50個分もの膨大な残土が排出されるが、それだけの残土を運ぶためのダンプカーが都会でも集落でも朝から晩まで10年間も走り回ることだ。

 特に長野県大鹿村では1日最大1736台もの工事用車両が村を走ると予測されている。1分間に3台ペースの車列からは排気ガス、泥はね、土ぼこり、騒音、振動が絶えず、母親たちは子どもの交通事故を心配する。

 だが、JR東海は「騒音予測は69デシベル。基準の70デシベルを下回っています」と回答。これに憤る住民は少なくない。

■100万ボルトの超高圧線が自宅近くを通るとしたら

 さらにリニアは沿線住民だけの問題ではない。リニアを動かすための高圧線が「どこか」を通るからだ。

 リニアは従来の新幹線の3倍以上の電力を消費するが、実験線での電源は東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)。そこから実験線近くの変電所まで、日本初の50万ボルト(設計は100万ボルト)という超高圧電流が送られた。

 100万ボルトの超高圧線の場合、200メートル離れても磁界値は4ミリガウスを示すというが、その値は電磁波を疫学研究した国立環境研究所の故・兜真徳研究員が「小児白血病の発病率が2.73倍、小児脳腫瘍は10.6倍になる」と結論づけた数値だ。この研究はWHO(世界保健機関)でも高い評価を得た。

 JR東海は品川・名古屋間に10基のリニア用変電所を設置するが、どの発電所からどういうルートで高圧線を変電所まで敷くかについては、「電力会社で決められるものと考えている」と回答するだけ。もし超高圧線が読者の自宅近くを通れば、影響を受けるのは在宅時間の長い乳幼児になる。

■計画のずさんさを公にしたい

 水枯れ、処分できない残土、掘り出してはいけないウラン残土、電磁波─。これらの問題にJR東海は「影響は少ない」「基準をクリアしている」と回答するだけで、その具体性の乏しい計画を国土交通省は'14年10月に事業認可した。

 これに対し5月20日、天野さんを事務局長とする原告738人が、国交省に対して事業認可取り消しを求める行政訴訟を起こした。被告は国交省。だが「JR東海にも当然法廷に出てもらい、私たちの疑問に答えることで計画のずさんさを公にしたい」と天野さんは語る。長い闘いになる。

取材・文/樫田秀樹