2014年8月まで芸能事務所に所属していたシンガー・ソングライターとして未来を夢見る大学生、冨田真由さん(20)が、岩埼友宏容疑者(27)にメッタ刺しにされた刺傷事件。
5月21日夕方5時、東京・小金井市のライブハウス前の現場は凄惨な状況だった。
「入り口の前から、半径50センチくらいの血だまりができていてね。隣には真っ赤に染まったマスクとギターケースが落ちていたよ」
近所の飲食店店主(60代)が生々しく証言する。冨田さんは、ストーカー被害に遭っていることを5月9日に警視庁武蔵野署に相談していた。
「ブログやツイッターに執拗な書き込みをされているので、やめさせてもらいたい、との相談を受けており、やめさせるための所要の調査を行っていました」(捜査関係者)
だが、ライブハウスのオーナーは、悔しさをにじませる。
「一切聞いてないですね。過去に違う子が被害に遭っていて、送り迎えをしたことはあるんです。聞いていれば、真由ちゃんも駅まで迎えに行ったんだけど……」
■アイドルになりたいのか、チヤホヤされたいだけなのか
所属事務所を離れた後、フリーで活動していた冨田さんは一部で、“地下アイドル”のような存在と見られていた。アイドル評論家の北川昌弘さんが解説する。
「地下アイドルはネットの普及に伴い、2000年代半ばくらいから増加しました。地下にあるライブハウスでイベントを行うこと、メジャーと差別化する意味を込めて“地下アイドル”という言葉が誕生しました」
岩埼容疑者は、冨田さんに時計や本などの贈り物をしていた。事務所がガードする“メジャー”アイドルと違い、プレゼントなどを直接手渡しできるのが“地下アイドル”の魅力。
それが容疑者を勘違いさせたのか。当初は保てたはずの一定の距離感を失い、時計などのプレゼントの返却までもSNS上で要求するようになる。
4月28日のツイッターで、岩埼容疑者は、こうつぶやいている。
《渋谷青山通り郵便局から荷物が届きました。差出人不明。腕時計と本3冊が入ってました。わざわざ送ってくれなくても取りに行きましたよ?ほんと、嫌な女。それから蜷川実花の言葉集はどうしました?全部返すならそれも忘れずに》
2人の関係がこじれていることがうかがえる文面だ。
きちんと距離感を意識してくれるファンが圧倒的に多い、と話す現役地下アイドルは、
「ストーカー被害もないし、怖いと思ったこともないです」
地下アイドルをマネージメントする事務所代表は、こう話す。
「個人的な連絡は禁止、ファンと話をするのは物販のときだけ。あとは、どれだけアイドル側が守っていけるかですね。地下アイドルは、普通の子との差が限りなく近い。アイドルになりたいのか、チヤホヤされたいだけなのか。意識の差が行動に出てくる」
■ストーカーは“代理人”との関係を大切にする
ストーカー被害の相談などを受けるNPO法人ヒューマニティの小早川明子さんは、自身もストーカー被害に遭ったと語り、
「身の危険が迫っているなら、対策を講じるべきでした。ライブをやめる、誰かに付き添ってもらう、ボディガードを雇う。安全にはコストがかかります。今回、致命的だったのは、事務所に所属していなかったこと、防御システムがなかったことです」
事件を防げなかった理由を鋭く指摘する。
「時計を返せと不満が出てきている段階で、対処することが必要でした。さらに状況を悪化させたのは、連絡のブロックです。反応をくれないことで、怒りの苦しみがいっぱいになる。そこで急に連絡を遮断されると、こんな気持ちをなぜ理解してくれないんだ、とさらに憎悪を募らせるんです」
プレゼントの返却は、1度場を設け、そこにカウンセラーや弁護士など第三者に立ち会ってもらうことが大切だと、さらなるコツを話す。
「友達や親でなく短気でもなく心配性じゃない人がいいですね。1対1の関係は幻想であり、今後は連絡しません、と伝えます。そして“文句があれば、代理人へ”と窓口を設定する。ストーカーは直接本人と連絡がとれなくなると、代理人との関係を大切にします。唯一の接点を、自ら壊すことはしません」
今回のような緊急的な状況の場合はどうしたらいいのか。
「刺激しないことですね。目の前に現れたとき、キャーと叫んだりすると、拒否されたと思い、攻撃を受ける可能性が高まります。凶器を振り上げたとき、“話を聞きます”と伝え難を逃れた人もいます」
そして少しでも危険を感じたら、警察に相談すること。
「ストーカーに不安を感じている、と強く訴えないと、一般相談として扱われてしまいます。怖いので実際に会って警告してください、とお願いしたほうがいい。遠慮してはいけません」(小早川さん)
■“心”や“誠意”という言葉を多用する人は危険
ストーカーになりやすい人の特徴も教えてくれた。
「思い込みが激しい。自己愛が強い。小さいことにこだわる。孤独でストレスが強い。“心”や“誠意”といった雲をつかむような言葉を多用する人も危ないですね」
岩埼容疑者は、ツイッターで、冨田さんにプレゼントした腕時計について《要らないのなら返して。それは僕の『心』だ》と表現していた。
自分が好きな本を贈ることも、自分に共感してもらいたい、すごいことを考えているのねと言ってもらいたい。結局は自己愛の一部だと切り捨てる。ツイッターの文章などから岩埼容疑者の人間像について小早川さんは、こう分析を加える。
「繊細を演じる傲慢で図太い人間ですね。自分は繊細だと定義しているから被害者意識が強くなる。僕はこんなに弱く繊細な人間だよ、だからみんなが悪いんだって。その考えが図太いといえますよね」
ストーカー規制法は2013年に改正され、メールの送受信もつきまとい行為に含まれるようになった。今回、問題になったSNSは規制対象外。
「SNSも規制対象に含めるべき。緊急の場合は、即禁止命令が出るような仕組みに変えるべきだと思っています。現状は、警告をしなければ、禁止命令を出せません。警告には罰則がない。ただ禁止命令を破った場合、即逮捕されます。自宅など周辺の徘徊も迷惑行為に入れてほしいですね。そしてなにより、罰則の強化です」
小早川さんは、迅速なストーカー対策ができるような法整備を求める。今回の事件の被害者の冨田さんは、今も病院で、治療を受けている。前出のライブハウスのオーナーは、
「今回、ライブが終わった後に、ボイストレーナーやギターの講師を紹介しようと思っていたんですよ。透明感のあるいい声でね」
【ストーカー被害を避けるには】
1・(恋愛の場合)出会いは慎重に。自分がつらいと思ったら早く別れを決断する
2・ 別れを決めたら準備を(貸し借りは清算。家族、友人、職場に相談しておく。いざというときの避難場所を決めておく)
3・衆人がいるところで別れたいと話す。2人だけにならないように
4・その後は連絡を絶ち、代理人を立てる(上司、教師、カウンセラー、弁護士など)
5・ブロックや着信拒否は危険だからやめる。メールやSNSなどの証拠は保存しておく
6・つきまといなどの嫌がらせを受けたら警察へ相談。警告をお願いする。警察に相談に行くときは「怖い」と訴える
7・相手に会う可能性がある危険な場所は避ける。通勤・通学でもひとり歩きはやめる
8・ストーカーと対峙した緊急時には刺激せず、「話を聞きます」と伝え応援を待つ