灼熱の選挙戦が終わり、東京は新都知事のもとで新たなスタートを切る。待機児童、子どもの貧困、女性政策、高齢者問題など、課題はたくさん。誰よりも都政を勉強しながら、出馬回避せざるをえなかった宇都宮健児氏が、いまこそ新都知事に注文をつける。
新都知事が取り組むべき女性向け政策
「新都知事はDV(ドメスティック・バイオレンス)や性暴力の被害者支援センターをすぐにつくるべきです。すでに民間レベルのセンターが活動しているので連携し、防止・相談・啓発などを強化してほしい。シングルマザーにかかわる問題も待ったなしです。非正規雇用のお母さんが多いので賃金を上げさせないといけない。子どもへの支援も必要です。女性副知事を起用すべきでしょう」
元日弁連会長の宇都宮健児氏は、新都知事が取り組むべき女性向け政策についてよどみなく述べた。
脅迫まがいの電話やメールが殺到「もう気持ちは切り替えた」
7月27日、東京・新宿区の選対事務所になるはずだった雑居ビルの一室を訪ねると、宇都宮氏は500ミリリットル入りの牛乳パックを飲んでいた。
気力・体力とも充実。そのときは忸怩たる思いだったろう。告示直前、野党統一候補となった鳥越俊太郎氏(76)=民進、共産、社民、生活推薦=と会談して、出馬を取りやめた。
与党側は、自民・公明などが推薦する増田寛也氏(64)と自民党所属の小池百合子氏(64)が出馬し、保守票が割れるチャンスだった。
「'14年都知事選で細川護熙元首相が立候補したときと同じです。事務所に“降りろ”“辞退しろ!”と脅迫まがいの電話やメールが殺到しました。市民運動の分裂だけは避けたかった。もう気持ちは切り替えました。まずは新都知事が公約どおりの都政運営をするかチェックしていきます」
1兆円とも言われる余剰資産で解決を
誰が新都知事でも直面する課題は同じ。都知事選では、待機児童の解消を約束する候補者が目立った。選挙期間中、都は待機児童が昨年より652人増えて8466人に上ったことを発表。解決策のアピール合戦になった。
「保育園をつくるのは区市町村。都は財政支援し、保育園をつくるために都有地を提供すればいい。土地を買い取って提供することもできます。保育士さんの待遇改善も重要です。東京外環道などの道路建設を見直し、2020年東京五輪に都が支出するお金を削れば予算を確保できる」
約1500億円で待機児童8000人分を解消できるとする試算がある。
「都は待機児童が全国で最も多い。特別養護老人ホームに入れない高齢者も最多です。解決できる財政力はある。3兆数千億円は貯めこんでいるという研究報告もある。1兆円くらいは余剰資産ですぐにでも使えるお金らしい。待機児童問題などを解決すれば、ほかの自治体や国の政策に大きな影響を与えられます」
知事直轄の一大プロジェクトとして、都下23区26市の関係部局と連携を取って早急に取り組む必要があるという。
「知事も現場に張りつかなければダメ。夏休み返上でやらないといけない」
解決のキーワードは普遍的福祉
子どもの貧困問題の解決も待ったなしだ。
「まずは小・中学校の給食を無償化する。韓国の首都ソウル市ではすでにやっています。高校の授業料は公立も私立も完全無償化する。大阪府では実現しています。大学進学時の給付型奨学金もいいけれど、そもそも授業料が高すぎるのが問題の本質です。首都大学東京は授業料を半額にし、将来的には無償化する。来春入学から実現できます」
弁護士として、長きにわたって貧困問題に取り組んできた。解決のキーワードは「普遍的福祉」だ。貧しい家庭の子どもだけを救済する「選別的福祉」は、恩恵を受けられない富裕層や中間層の理解を得にくい。すべての子どもを対象とするサービスにすれば税金を払いやすくなるという。
「都は生活保護受給世帯やそれに近い低所得世帯の子どもだけ小・中学校の給食費を無償にしている。子どもの間に分断を生じさせます。生活保護の受給者バッシングと同じで“本当はもっと収入があるんじゃないか”と疑念を招く。それと、貧困家庭の子どもは“給食だけが食事”ってことが多い。困るのは夏休みや冬休みの間は給食が出ないこと。長期休み中も給食をつくり、学校に行けば食事できるようにしてほしい」
子ども食堂を運営するNPO法人への支援も必要という。
自己責任論は為政者の思う壺
一方、世間には、貧しいのは努力しないからではないかという厳しい見方もある。宇都宮氏は「それこそ為政者の思う壺ですよ」と反論する。
「自己責任論は為政者にとって都合がいい。社会保障を切り下げる口実になりますから。僕は、人間はみな平等だと考えているんですよ。子どもは親や家庭を選べない。生まれた家が貧困かどうかで差別されたり、教育を受ける権利を奪われるのは不当です。日本は1994年に子どもの権利条約を採択しています。国や地方自治体は、子どもが教育を受ける権利を全部保障しなければならないんです」
最低賃金を時給1500円に
働く女性の約6割はパートや契約・派遣社員などの非正規労働者だ。安倍首相は「女性が輝く社会」を謳い、4月には大企業に女性の登用目標の公表などを義務づけた女性活躍推進法が施行された。しかし、輝けるようになったという実感は乏しい。
「最低賃金を時給1500円にすればいい。決めるのは国ですが、都の公共事業の受注条件を時給1500円以上の企業に限ることはできる。男女の賃金差別があっても受注させない」
都の最低賃金は全国最高値で907円になる見込み。月150時間働いて約13万6000円だからシングルマザーにはキツい。新都知事の腕の見せどころだろう。
行政から独立した『公益擁護官』という制度
政治とカネ問題はどうすればいいのか。
「都議会がチェック機能を果たしていない。高額出張などを容認してきた職員にも問題がある。米ニューヨークには行政から独立した『公益擁護官』という制度がある。都民目線で都議会も含めて監視する仕組みづくりが必要です」
地方自治法で定められた「地方自治体のいちばん大きな役割」
'12年都知事選では猪瀬元知事に敗れて次点。'14年は舛添氏の次点だった。定例都議会が開かれるたび、傍聴に足を運ぶようになった。都民にこう呼びかける。
「選挙のときだけ盛り上がって、あとは新都知事にお任せではいけません」
そして新都知事に訴える。
「地方自治体のいちばん大きな役割は住民の福祉です。地方自治法で定めています。多くの都民は毎日の暮らしで必死です。都民の生活や暮らしを軸にした都政に転換しなくちゃいけない。そして平和を守らなければ都民の生活は守れません。新都知事の姿勢は、国に影響を与えるでしょう」