仕事に夢中になっているうちに、いわゆる結婚適齢期を過ぎていたと振り返る晩婚さんは少なくない。特に、海外で長く働いていると年齢を意識しにくいらしい。帰国すると同世代の友人知人はほとんど結婚していたりする。浦島太郎状態である。
今回は、そのひとりである中西美香さん(仮名、48歳)に登場してもらう。美香さんが2歳年上の孝介さんと結婚したのは昨年末。お互いに初婚だ。クリッとして好奇心旺盛な目が印象的な美香さん。若々しくてモテそうな気がするが、海外に旅立つ前に結婚願望はなかったのだろうか。
「いえ。いつか結婚したいと20歳ぐらいから思っていました。うちの両親も女性は早く結婚するのが当たり前という世代です」
32歳で単身、アジアの某国に旅立つ
美香さんはいわゆる箱入り娘だ。東京23区内の実家で一人っ子として育ち、親の強い希望もあって女子校から短大へと進んだ。学生時代から海外志向があり、貿易に携わる仕事に就いた。ただし、実家を離れることはなかった。そのまま日本にいればお見合いで良縁を見つけていたかもしれない。
転機は27歳のときに訪れた。アジアの某国に「ハマってしまった」のだ。現地の自然と人が大好きになり、会社を辞めて某国に赴き、日本との間を往復する日々が続いた。32歳のときには日系企業の現地支店に赴任することができ、ますますのめり込んだ。
「最後の2年間ぐらいは現地のビジネスパートナーと起業することを模索していました。でも、なかなかうまくいかず……。結婚せずに海外で暮らし続けていることにも限界を感じていました」
帰国したときは40歳になっていた。まずは自分の生活を立て直さなければならない。貿易実務のキャリアがあり、責任感も強い美香さんは、派遣先の会社に気に入られて正社員に登用されて現在に至る。仕事が落ち着くと気持ちも前向きになり、趣味と婚活を兼ねてワインスクールに通った。よき仲間に恵まれたものの、素敵な男性の大半は既婚者である。年下からは「姉御」と呼ばれ、恋愛をする雰囲気にはならなかった。
恋愛に関しては「おくて」を自認
行動力のある美香さんだが、恋愛に関しては「おくて」を自認する。箱入り娘かつ女子校育ちであることに加え、美香さんが日本で過ごしていたのは独身男性が今よりも積極的だった時代だ。男性からのアプローチを待つのが基本、という感覚が身についているのだろう。
あこがれて渡ったアジア某国では、美香さんが恋愛に慎重になる出来事があった。日本人駐在員の男性たちが臆面もなく「女遊び」をするのを目の当たりにしたのだ。
「既婚者でもカラオケ店のお姉さんたちと平気で遊んでいるんです。店内で一緒に歌うだけで済んでいるとは到底思えませんでした。日本から来たお客さんが現地の女性とデートする際の通訳をさせられたこともあります」
どの程度の「遊び」を許容するかは人によって異なる。しかし、明らかに嫌悪感を抱いている人の前でその手の話をしたり、まして通訳をさせるなどはセクハラ以外の何物でもない。美香さんは男性不信になりかけてしまった。
恋愛には受け身、遊び人はお断り、すでに40代半ば。お見合いおじさん活動をしている筆者からすると、気が遠くなりそうな条件がそろっているが、美香さんは強運の持ち主だった。2年前、ワイン仲間を通じて知った婚活イベントで孝介さんと出会うことができたのだ。5月に本連載に登場してくれた両角太郎さんが手がける「出会いナイト」である。
「もう若くないので結婚相談所で紹介してもらうのは難しいと判断しました。出会いナイトは、年齢も婚歴も問わないところがすごくいいんです。特に女性は生き生きとして素敵な人ばかりが来ていましたよ。むしろ女性と友だちになりたいと思ってしまいました」
会には男女それぞれ20人ずつが参加していた。主催者の両角さんからは「異性とは全員と名刺交換して、デートしたい人を5人書いて提出してください」と言われたものの、おくてな美香さんは10人ほどしか名刺交換できなかった。そのうちの1人が孝介さんである。
「男性の中では見た目が一番清潔感があって、誠実そうに見えました。私は工場にかかわる仕事をしていて、彼はメーカーで生産管理の業務を担当しています。仕事の話もしやすかったです」
孝介さんの名前を書いて提出したが、美香さんのほうからメールを送ることはなかった。孝介さんを含む男性たちからアプローチもない。「こんなものなんだ」とあきらめていた頃、孝介さんからメールが来た。出会いナイトから2週間後のことだった。
そのメールの文面は「よかったら一度食事に行きましょう」と丁寧語での真面目なものだった。その後、デートを重ねても孝介さんのカタさはあまり変わらない。メールの文章は丁寧かつ簡潔。頻度も決して多くない。美香さんは好印象を受けた。
「電話やメールがまめだったりすると、逆に不安になります。遊んでいるんじゃないか、と。彼はまったくまめじゃないので安心しました」
外堀を埋める決断力を発揮する
夏休みは2人で3泊4日の国内旅行をすることになった。帰国後は実家暮らしをしていた美香さんは「両親に紹介する」ことを孝介さんに通告する。さすが箱入り娘。社会人である美香さんが誰と旅行しようが親には関係ないと筆者は感じてしまう。
もしかすると美香さんも同じ感覚だったかもしれないが、この機会を逃したらダラダラと付き合うことになると危機感を募らせていたのかもしれない。30歳以降のまともな男性の場合、恋人の両親にあいさつする=ほぼ婚約である。孝介さんも例外ではなかった。
美香さんはさらに外堀を埋めた。ワイン仲間たちに孝介さんを引き合わせたのだ。
「彼は私の友だちとも自然に話せちゃうんです。兄貴分たちにも大好評でした」
無邪気に喜ぶ美香さんであるが、孝介さんと兄貴分たちはそれぞれ気を遣ったはずだ。年齢を重ねると、恋愛や結婚のパートナーと同じぐらいの重さで大切な人間関係を持っている人は少なくない。
そのコミュニティの主要人物が寛容で思慮深ければ、メンバーが選んだパートナーをできるだけ前向きに評価し、応援する。よほどのことがない限りは拒絶したりはしない。メンバーの幸せな生活設計にささやかでも貢献することによって、コミュニティが長続きすることを体験的に知っているからだ。
一方の孝介さんは、美香さんがワイン仲間を大事にしていることはわかっている。引き合わせられたら、このコミュニティの維持を邪魔しない存在であることをさりげなくアピールするのは当然だろう。
ちなみに孝介さんはワインよりも日本酒党だ。無理にワイン仲間に入る必要はなく、美香さんがワイン仲間と遊ぶ際には快く送り出してあげればいい。もちろん、孝介さんは実践している。
美香さんの努力も大きい。孝介さんは北関東にある職場で働いており、ほぼ毎日残業がある。一緒に住むためには、美香さんが東京を離れるしかない。
「東京を離れることにはかなり抵抗がありましたが、実際に行ってみたら意外と通勤ができそうなことがわかりました」
現在、美香さんは中距離バスで通勤をしている。早いときは5時20分発のバスに乗らないと間に合わない。帰りは18時40分に東京駅発のバスに乗り、料理を作って、孝介さんの帰りを待つ日々だ。
「最初の頃はお風呂に入らずに彼を待っていましたが、最近は眠くなってしまうので先に入らせてもらっています。お互いに体調がいいときは遅くまで晩酌しています」
彼という存在によって、理想の自分になれた
孝介さんの両親と妹夫妻にも優しくしてもらっていると明かす美香さん。平日の通勤は大変だが、それを忘れるぐらいの幸せを実感している。
「誰もが『こうありたい自分』を持っていますよね。私の場合は、彼という存在によって理想の自分になれたと感じています。(内面が)ブラックじゃない自分でいられるんです。無理もしないし、誰かを否定もしない。以前に比べたら、他人に優しくなれました。彼は私のいい部分を伸ばしてくれる人なんだなと思っています」
40代後半にして、誠実で働き者の同世代独身男性と出会って愛された美香さん。仲間たちからは「奇跡だ」と称賛されているらしい。筆者も彼女を強運の持ち主だと前述した。
しかし、美香さんには信頼する人の助言に従って出会いの場に行く素直さがあった。交際してからは早い段階で両親と仲間たちに孝介さんを紹介する決断力を発揮し、結婚後は「中距離通勤」という代償を払っている。幸運を引き寄せ、それを生かすことができる女性なのだ。理想の自分になれたと語る美香さんの表情には一点の曇りもない。
《著者プロフィール》大宮冬洋(おおみや・とうよう)◎ライター。1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリングに入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。 著書に『30代未婚男』(共著、NHK出版)、『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』(ぱる出版)、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)など。 読者の方々との交流イベント「スナック大宮」を東京もしくは愛知で毎月開催。http://omiyatoyo.com/