9月26日に召集予定の臨時国会で強行採決がささやかれるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。関税撤廃を大原則にした自由貿易協定の国会承認をめぐり、与野党の激しい攻防が繰り広げられる見通しだ。現在、アメリカをはじめ12か国が参加交渉を進めている。
政府は“海外の活力を取り込める”として期待を込めるが、食や医療の安全が脅かされる恐れが指摘されており、日本のみならずアメリカでも反対の声は根強い。安倍首相は、TPPをアベノミクスの第三の矢、『成長戦略』の大きな柱に掲げている。
TPPと同じく、政府が“成長戦略の目玉”に位置づけているのが『国家戦略特区』だ。
「実はTPPと同じように、食や農業から医療、教育まで幅広い分野に影響が及ぶ。さらに、市民生活を守るために時間をかけて作り上げた社会のルールが、国家戦略特区では書き換えられてしまう可能性があるのです」
そう指摘するのは、TPP問題に詳しい立教大学の郭洋春教授(開発経済学)だ。国家戦略特区は「世界でいちばんビジネスがしやすい環境」にするのが目的。東京圏、関西圏、愛知県、福岡市・北九州市ほか全国10指定区域で、175もの事業が認可されている。
「その6割が東京圏、関西圏で占められ、事業内容を見ると、規制改革に関するものが異様に多い。こうした特区は本来、お金や技術をもたない途上国へ外国資本を呼び込み、経済発展させるために作るもの。日本のような先進国で、それも事業が大都市圏に集中する特区はきわめて“異形”と言わざるを得ない」
国家戦略特区では手段が目的化している
狙いは規制緩和にある、と郭教授。
「例えば、日本の医療は国民皆保険制度のもと、いつ誰がどこの病院へかかっても、一定の質の治療を受けられるのが特徴。保険でカバーされない自由診療を併用する混合診療は、自由診療を拡大し、治療費や薬価の高騰を招き、皆保険の崩壊につながるとして認めてきませんでした。それが特区ならできる。すでに東京、大阪、愛知県、福岡市で特区の事業計画として進められています」
特区では、がん治療に使う国内未承認薬はスピード審査され、3か月で治療に使えるようになる。安全性や有効性の確認に長い時間をかける、通常の新薬承認審査とは対照的だ。外国人医師も働くことができるという。
「本来は、外資を呼び込むために規制緩和という手段を使うのですが、国家戦略特区では手段が目的化しています。あくまで狙いは規制緩和をやることで、特区は、その口実に過ぎない。そして特区から他地域へと規制緩和を広げていくことも目論んでいる。
混合診療がいい例です。当初は国家戦略特区に限定する計画でしたが、規制改革会議を経て、厚労省が全国100の病院でやろうと提案した経緯があります」
今年4月、『患者申出療養制度』が始まり、混合診療が事実上の解禁となったことははたして偶然だろうか。
TPPが発効しなくても特区があれば…
「さらに恐ろしいのは、国家戦略特区がTPPのシミュレーションに使われてしまうことです」
TPPでは、外国へ進出している企業が、外国の法律や規制によって当初予定していた利益を得られないとき、『ISDS条項』を使って外国政府を訴えることができる。
「ところが特区を制定して、そこで前もって規制緩和をやってしまえば、外国資本、つまりアメリカ企業からの批判をかわしやすい。もしTPPが発効できなかったとしても、特区であれば、アメリカ企業は規制に煩わされることなく自由な経済活動ができる。国家戦略特区は、そのための地ならしをしているというわけです」
TPPの影に隠れて、あまり存在を知られていない国家戦略特区。そこで起きている現実に向き合わなければ、恐ろしい未来がやってくる。