公的年金積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(以下、GPIF)が8月26日、16年4月~6月の運用成績が5兆2342億円の赤字となったことを明らかにした。

 15年度にも5兆3098億円の運用損を出していたが、参院選後の7月末まで公表をしなかったことで批判を集めたばかり。野党は「大切な年金がアベノミクスの犠牲になっているのではないか」(山井和則衆院議員)として、9月末召集の臨時国会で追及するかまえだ。

アベノミクスのための官製株式操作

 GPIFは14年10月に年金積立金の運用割合を変更、表のように6割を占めていた国内債券を減らして、国内外の株式比率を2倍に引き上げている。

GPIFによる年金運用割合の変化。左が変更前のグラフ。14年10月以降、右のグラフの比率に変更

 その狙いを鹿児島大学法科大学院の伊藤周平教授(社会保障法)は次のように分析する。

「株式比率を上げたのは、政府は運用収入を上げるためと説明していますが、それはあくまで名目。おそらく株価を釣り上げたかったのでしょう。GPIFが買ってくれるということで投資家にとって安心材料になるし、実際に株価は上がりました。官製株式操作を行ったといっても大げさではない。アベノミクスがうまくいっているように見せかけた部分もあったのでは」

 2期連続の赤字で、6月末時点の運用資産は129兆7012億円に。

政府の狙いは支給開始年齢の引き上げ

GPIFによる年金運用の推移(GPIFが発表した運用実績などをもとに編集部作成)

「いっそ運用をやめてしまうか、ハゲタカのような、金儲けのためには手段を選ばない投資ファンドにお金を預けるか。どちらかにすべきだと思います」

 そう指摘するのは経済アナリストの森永卓郎さんだ。

「株で運用すればアップダウンは当然あります。長い目で見ると、ある程度の利回りは取れるんですが、株価が下がったときには今回のように袋叩きに遭うという構造なんです。そこで一喜一憂しても仕方がない」

 安倍首相も「運用は長期的な視点で行い、短期的な評価はすべきでない」と主張しているが、そもそも年金積立金は、私たちが支払った年金保険料から拠出した“貯金”を積み立てたもの。無謀なギャンブルに使われてはたまらない。

「今の年金は賦課方式といって、現役世代が払った年金保険料を年寄りで山分けするという仕組み。GPIFが5兆円の赤字を出したからといって、年金保険料や給付額への影響は今のところほとんどありません。むしろ政府が本当にやりたいのは、支給開始年齢を引き上げることのほう」(森永さん)

 いまや65歳定年の企業はそう珍しくない。雇用延長をできる機会が増えたとはいえ、60歳で定年を迎えたあと、再就職できない人は大勢いる。

 森永さんが続ける。

「もし年金が67歳や68歳の支給開始になれば、完全に無収入になる期間が数年間はできてしまうことになる。年金制度そのものが壊れることはないにせよ、今後、減ることはあっても増える可能性はない。GPIFの赤字どころではなく、これらの問題は国民生活に決定的な影響を与えます」

国連から最低保障年金を作るよう勧告

 国は04年から100年かけて、積立金を少しずつ取り崩す計画を実行している。保険料や税金で足りない分を穴埋めするためだ。これに対し、「10年かけて100兆円を取り崩せばいい」と伊藤教授。

「高齢化のピークを迎えるのは9年後の2025年。それを過ぎたら、年金をもらう人はまた減り始めます。運用で損を出したり、かつて問題になったグリーンピアのようなハコモノを作る資金に流用されたりするぐらいなら、被保険者のために取り崩して使うべきです。積立金のうち10兆円を毎年取り崩して使えば、基礎年金の給付水準を上げられます。月8万円ぐらいにはなるのではないか」

 そのうえで、老後を安心して“暮らせる年金制度”に変えていく。伊藤教授の提案はこうだ。

「現在も基礎年金の半分は国庫負担が入っていますが、長期的に見れば、私はすべてを税金でまかなったほうがいいと思います。基礎年金の財源が保険料というのは、先進国では珍しい。そして積立金を使いつつ給付水準を上げていく。すると保険料を払っても払わなくても、最低生活費は年金で保障されます。最低生活のための最低保障年金を作るよう、日本は国連の社会権規約委員会から勧告されているんです。とにかく高齢者の貧困が甚だしい、と」

 最低保障年金とは、スウェーデンやノルウェーなどの国々で導入されている制度だ。例えばスウェーデンでは、所得に比例して支払われる年金のほかに、低所得などの理由で保険料が支払えない人も年金を受けられるよう、全額税金の最低保障年金を設けている。

 これを日本で作るとして、財源はどうするのかという声が聞こえてきそうだが、

「積立金を取り崩し、基礎年金の水準を引き上げている間に、消費税では無理なので税制改革をやっていく。所得税、法人税を引き上げれば、十分に財源を確保できるのではないかと思います」(伊藤教授)

 厚労省によれば16年、ひとり暮らしの高齢者は初めて600万人を超えた。その半数が貧困にあえいでおり、なかでも女性の“下流老人”が目立つ。そんな時代を迎えているからこそ、最後まで安心して生きていけるための年金改革を急がなければならない。