あさのあつこさんが感動した3冊
累計発行部数1000万部の名作『バッテリー』をはじめ、多くの青春小説を世に届けてきた作家・あさのあつこさんは、本に救われた過去を振り返る。
「10代って、絶望する年代なんですよね。自分を閉ざし、逃げ場がないと感じてしまう。そのとき、本に“扉はあるよ”と教えてもらって、私は生き延びることができた。大げさではなく本当にそう思ってるんです」
なかでも、「10代で出会った衝撃作であり、宝物」と語るのが、モームの自伝的長編小説、『人間の絆』。
■『人間の絆』(サマセット・モーム 著/新潮社)
幼くして両親を亡くし牧師の叔父夫婦に育てられた少年。足の障害というコンプレックスを抱え、挫折を繰り返しながらも医者を志す……。魂の成熟を描いた長編小説。
「冒頭で母親が亡くなるんです。無邪気に笑う幼いわが子と、涙する母の別れ。明け方の曇り空で陰鬱な雰囲気なのに、なぜこんなにも美しいんだろう、と。物語に対して“おもしろさ”ではなく、“美しさ”を感じた初めての作品でした」
同作は主人公の9歳から30歳までの人生を描いたもの。さまざまな人物が複雑に絡み合いながら登場するが、特に印象に残ったのは、
「ミルドレッドという娼婦です。ひとりで生きて、ひとりで死ぬという意志が強く、武家の女のような格好よさに魅了されました」
恋のために狂って人を殺す人、身を売る女、すべてを引き受けて死にゆく者。人の鮮やかさや多様さを知り、本、人、世界に対する認識が一変したという。
人生を悲観している人に読んでほしい
■『九尾の猫』(エラリー・クイーン 著/早川書房)
NY市を震え上がらせる連続絞殺魔「猫」。被害者の共通点が見つからず捜査は難航。過去の失敗を引きずる探偵エラリイは警視である父とともに犯人を追うが……。
中学生で海外ミステリーにハマり“文学少女”となった、あさのさん。当時、謎解きのおもしろさや個性的なキャラクターが光って見えた『シャーロック・ホームズ』やアガサ・クリスティ作品に比べ地味だと感じたのがエラリー・クイーンの『九尾の猫』。
ところが、結婚や出産を経験した後、30代になって読み返してみると、違う感動があった。
「読後が切ないんですよ。夫婦愛、人のどうしようもなさ、悲しみなどの“重み”が描かれています。人間関係に行き詰まって孤独を感じている人や、先の人生を悲観している人など、寂しさを抱えている人に読んでほしいですね。
誰かがそばにいると、支え合えて素敵なこともあるけど、だからこそ背負わなければいけないことも出てくる。
10代で読む本、30代で読む本、人を憎んでいるときに読む本、失恋直後に読む本など、読み手の状態でいかようにも作品の色は変わる。本当にいい本って、そういうもの。1対1で向き合ってくれて、自分のそのときの色を映してくれる」
『バッテリー』で描きたかった少年像
30代で作家活動を始めて以降、「心地悪い」と疼きながら、身を引き締める意味でたびたび手をのばす本も。愚かな時代への憤りをぶつけた辺見庸のエッセイ『永遠の不服従のために』だ。
■『永遠の不服従のために』(辺見庸 著/毎日新聞社)
戦争、テロ、強者への服従―野蛮な世界をもたらしたものの正体とは。政治やジャーナリズムの堕落を面罵。醜悪な時代の暗部に憤りと抵抗の精神を綴った書。
「ラディカルな方で、本当に嫌な本ですよ(笑)。だけど、言葉の背後にある大きな経験、自分も含めた人へ踏み込むときの容赦のなさが伝わる文章が大好き。何かに負けて、流されそうになるとき、無性に読みたくなる。“痛い”という届き方、感動があることを辺見さんの本で知りましたね」
刺さる言葉にマーカーを引きながら読む唯一の本で、タイトルの言葉『不服従』にも思い入れがある。
「私自身、中学時代にずっと服従して生きてきて、いまだに傷になっています。だから、『バッテリー』で描きたかったのは“服従しない少年”。たとえ大切な人を傷つけたとしても、思いを捨てられずに自分を貫き通す主人公だったんです」
かつては読み手として、今は書き手として信じる、本の魅力について尋ねると、
「現実の世界と同等の上でも下でもない“もうひとつの世界”と出会えたときの感動。しんどいときに逃げ込める世界はいっぱいある、ってことを伝えたいですね」
<プロフィール>
◎あさの・あつこ
作家。1954年、岡山県生まれ。小学校講師ののち、作家に転身。'97年『バッテリー』で野間児童文芸賞、『バッテリー⑵』で日本児童文学者協会賞受賞。児童文学、ミステリー、SF、時代小説など幅広いジャンルの作品で活躍。近著に『I love letter』『天を灼く』