「足腰痛いし時間もないし、数十日間歩き続けるお遍路なんて無理!」と思いきや、お手軽・早い・ご利益アリの“ミニお遍路”スポットがあるという。散歩好きライターの南陀楼綾繁さんが体験した、その全貌とは……!?
*5〜6ページ(本サイトの場合)に《地方別「ミニお遍路」巡礼ガイド》、7ページに《日本一の“ロングお遍路”》もあります

実際の四国巡礼と同じ右回り

1番・霊山寺は寺務所の前にある。巡礼はここからスタートし、境内をぐるっと回る

「当山の本堂は100年以上前に焼失しました。それを再建したいという願いを込めて、1989年、境内に新四国八十八か所ミニ霊場を開創しました」

 そう話す大聖寺(茨城・土浦)の小林隆成住職(78)は、鳥類学者の顔も持つ。「行ってらっしゃい」の声に送られ、ミニお遍路を開始する。

 近年、四国八十八か所がブームで、著名人も歩いているという。興味はあるものの時間もお金もない私には、半日で回れるミニ霊場はありがたい。

 約1万5000坪という広大な境内に、四国霊場の各寺の石仏本尊が立ち並ぶ。実際の四国巡礼と同じ右回りで参るように、レイアウトされている。

 1番の霊山寺で、小さな旅の安全を祈願し、「南無大師遍照金剛」と唱えた。石仏の横に説明看板があり、宗派、所在地、御詠歌が書かれている。この寺は徳島県鳴門市にあるのだ。

 傍らにある納め札入れに、名前などを記入しておいた札を1枚入れる。「ポストではありません」との注意書き。間違える人、いないと思いますよ。

 そこから、手元の地図や境内の案内板を見つつ、2番、3番へと進んでく。5番の地蔵寺の次は、墓地へと向かう。このミニ遍路では、檀家以外は入る機会のない境内の隅々まで見ることができる。あちこちに植物が生い茂り、目を楽しませてくれる。

 忘れないように札を入れて、次の寺へと向かって歩いていると、子どものころにやったオリエンテーリングを思い出した。あれはなかなか順番どおりに進めなかったなあ。

30番に参って次に向かうと、また30番が…

男厄除坂は男の厄年を払うためにつくられた坂で総数44段。この上には、大師堂がある

 石仏は各寺の本尊を写したものなので、阿弥陀如来、薬師如来、千手観世音菩薩などひとつひとつ異なっていて興味深い。9番・法輪寺の釈迦如来は、横になっておられた。これが「寝釈迦」なのか。

 大聖寺の周辺には見渡す限り田んぼが広がっていて、初夏の風景が楽しめる。これぐらいの距離は、さほど時間をかけずに踏破できると思っていたが、意外と時間がかかる。なかなかの運動量だ。札所がまとめて並んでいると、ちょっとラッキーに感じてしまう不謹慎な私です。

 30番に参って次に向かうと、また30番があった。あれ、間違えたかな? 実はこのミニ霊場には30番が2つあるのだ。

 住職によれば、「本家の四国霊場で30番をめぐって善楽寺と安楽寺が争った(現在は解決)経緯を踏まえています」とのこと。だから、このコースには89か寺があることになる。

 次の31番に行く道を間違えてちょっと迷う。やっと細い道を見つける。この辺りは自然を生かした道になっている。58番・仙遊寺を過ぎると女厄除坂に出る。33歳の女の厄を払うための坂で、段数も33。

 60番・横峰寺の先には大きな観音像があり、その足もとに61番・香園寺、62番・宝寿寺と続く。その途中に13段の子供厄除坂がある。

 坂はもうひとつ、山門の先、76番・金倉寺の脇にも控えている。こちらの男厄除坂は女坂と違って急な坂で44段と多い。一気にのぼる。

「納め札は1枚残るはず」と言われていたのに

胎内くぐりの奥にある弘法大師の座像。結願のあとで参る高野山の奥之院にあたる場所

 ここまで来たらもうひと息。88番の大窪寺に到着。境内をくまなく歩き、ここまでに1時間ほどかかった。

 なお、88番の近くにある弘法大師修行像の下には、88か所全部の土砂が敷いてあり、蓮華台に乗って礼拝すると全部参ったことになるという。しかし、自分の足で境内を回るほうが、自然にも親しめて楽しいことは間違いない。

「納め札は最後に1枚残るはずです」と言われていたのに、どこで間違えたか全部なくなってしまった。寺務所でもう1枚発行していただき、住職の案内で本堂へ。本尊の前で経を唱え、地下へと誘われる。ここからは胎内回りだ。

 階段を下りるといきなり真っ暗に。「左の壁をつたって歩いてください」という声に従いしばらく進むと、薄明かりが見える。奥に座する弘法大師様に燈明を上げ、お参りをする。

「これで結願(けちがん)です」と、結願の証(希望者に1000円で発行)とお守りをいただいた。

 帰ろうとしたら、このコースを反対に回るのを「逆打ち」といい、

「今年は閏(うるう)年の申(さる)年で、逆打ちすると倍のご利益があると言われているんですが、どうですか?」

 と、住職に誘われる。すいません、今日はその体力はもうないです……。

 東京から2時間以内で行けて、四国八十八か所を巡礼した気分になれる大聖寺のミニ霊場。

 秋の1日、あなたも参ってみては?

「100周すると四国遍路の距離数を超えます」

小林隆成住職

 最後に、小林隆成住職に「ミニお遍路の魅力」を語ってもらった。

「大聖寺の新四国八十八か所ミニ霊場は1979年から10年かけて完成しました。ミニ霊場は全国にいくつかありますが、実際に四国八十八か所に参っていただいてきた各寺のお土砂を埋めており、納め札を発行しているのは本寺だけだと思います。集まった納め札は、私たちが四国に持参してお寺に納めます。私はすでに13回参っておりますよ。

 1周1500メートルのミニ霊場を100周すると、四国遍路の距離数を超えます。これまでに100周が3人、300周が1人いらっしゃいます。参拝者の願いは、厄除け、家内安全、無病息災、学業成就などさまざまですね」

<プロフィール>
南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)/ライター・編集者。一箱古本市など各地のブックイベントに関わる。著書に『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター刊)ほか。11月3日、東京・千駄木の養源寺で開催の「しのばずくんの本の縁日」にあわせて雑誌『ヒトハコ』創刊号発売予定

地方別「ミニお遍路」巡礼ガイド

 “ミニお遍路”ができるお寺はまだまだあった! 手軽にできて、スリルあり、癒しあり、もちろんご利益ありのおすすめスポットを、地方ごとに週刊女性が厳選しました。

【玉川大師】(東京都・世田谷区)

玉川大師玉眞院(東京都世田谷区瀬田4-13-3)/アクセス:東急田園都市線二子玉川駅から徒歩10分/所要時間:約20分

 うす暗く狭い通路に、300体もの石仏がズラリ。閑静な住宅街の一角に突如現れる大きなお寺・玉川大師の地下には、そんな不思議な光景が待っている。

 八十八か所巡礼は、初代住職が「東京でも八十八か所巡りができる場所を」と1934年に作ったという。灯明料100円を納め本堂から続く階段を下りると、そこは暗闇。一番霊場、二番霊場、と八十八番まで彫られた石仏が並び、目を凝らし手探りで巡礼していく。

「中でも自分の数え年(現在の年齢+1歳)の弘法大師さまを拝むと、その先1年間、災難や厄から守ってくださるといわれています」

 とは、住職の真保龍言さん。ほかにも、ポイントとなる場所が。

「巡礼の通路を進んでいるうちに、本当に真っ暗で完全に視界が奪われる場所があるのですが、そこには弘法大師さまのための仏具(金剛杵=こんごうしょ)が壁に掛けられているんです」

 これを探し当てて触れると、願い事が成就し、幸福が訪れるのだとか。

「ところが、これは不思議な場所で、触りたいという気持ちが強すぎると見つけられない。無の境地に達していないと触れないのです」

 そんな霊場に、毎日のように訪れる人もいる。

「地下霊場での巡礼は、自分の心と向き合う、いい機会になるのではないでしょうか。少しでも癒されていただけるとよいな、と思っております。気持ちを浄化するつもりで、石仏さまと向かい合ってほしいですね」

 と、真保さんは語気を強めた。

【円山】(北海道・札幌市)

円山公園(北海道札幌市中央区宮ケ丘)/アクセス:札幌市営地下鉄東西線円山公園駅から徒歩10分/所要時間:約40分

 札幌市中央区にある標高225メートルの山で、北海道初の動物園である円山動物園や広大なグラウンド、北海道神宮などの観光スポットと隣接。一帯は円山公園として市民の憩いの場。休日は多くのファミリーの笑い声が響く。

 円山八十八か所は、円山地区を開墾した開拓者たちの中心人物・上田万平によって1914年に開創。88の石仏が建立されたが、その後の寄進によって個体数が続々増加。今では200体を超える大所帯に! 札所はふもとの八十八か所大師堂から始まり、山頂まで続く。

 約1kmの登山道の脇に立つカツラ、シナノキなどの木々は開拓時代から保護され、国の天然記念物に指定されている原始林だ。道中はリスの生息地で、道すがら出会える確率大。山頂までは30分から40分ほどで頂上から一望する札幌市街は絶景!

 手軽なハイキング感覚のミニお遍路、気の合う仲間とお試しあれ♪

【大岩山日石寺】(富山県・上市町)

大岩山日石寺(富山県中新川郡上市町大岩163)/アクセス:富山地方鉄道本線上市駅から町営バス柿沢・大岩線「大岩」行きで20分、終点下車すぐ/所要時間:約30分

 今年7月30日、「大岩不動」として知られる日石寺に“ミニお遍路”が復活! その名も「お砂踏み霊場」。霊場には四国にある88の本尊を模した石仏が並び手前には本家の各寺院から提供された砂が置かれている。それらを踏みながらすべてを参拝すると、お遍路と同じ功徳を積めるという。参道の長さは1kmあまりで本家お遍路の1400分の1ほど。それでいて同じ効果があるというから、驚き!

「お砂踏み」は、江戸時代から続く風習。四国で八十八か所巡りをした商人がお遍路を地元に伝えようと、各寺院の砂を全国に持ち帰ったのが始まり。

 日石寺の「砂踏み霊場」もこうして作られたが、1969年に起きた水害で砂がなくなってしまっていたそう。真言密教の聖地である高野山が2015年に開創1200年を迎えるのに合わせ、待望の復活を遂げた。7月末には開眼法要も行われ、今まさにパワーが高まっているスポットといえそう。

 ところで、日石寺を訪れたら、門前町の散策もお忘れなく。百段坂沿いのお食事処にはところてんに川魚、山菜……何よりそうめんは「そうめんといえば大岩山で」といわれるほど有名だ。

 お遍路で汗を流したあとは、ご褒美の地物料理を堪能、なんていかが?

【矢田寺】(奈良県・大和郡山市)

矢田寺大門坊(奈良県大和郡山市矢田町3506)/アクセス:近鉄郡山駅より奈良交通バス「矢田寺前」行き20分、終点下車すぐ/所要時間:約90分

 1925年に開かれた約3・5kmの遍路道。奈良盆地の北に連なる矢田丘陵の中心、矢田山の中腹にあり、本堂に向かって左手から、裏山の山道をぐるっと一周するようなコースだ。

一時期、倒木や雑草などで荒れ果て通りづらくなっていたが「矢田寺へんろみち保存会」らが整備を進め、2006年に修復が完了。往時の姿を取り戻し、県内の人気スポットに躍り出た。

「道中、眼下には奈良盆地ののどかな風景が広がります。東には奈良の若草山や大仏殿の甍(いらか)が、南には飛鳥地方の大和三山も遠望できます。徒歩で約1時間30分程度で巡る、手軽なお遍路ですよ」(住職の前川真澄さん)

 矢田寺の別名は「あじさい寺」。初夏には約60種、およそ1万株ものあじさいが咲き乱れ、一帯は鮮やかな水色に染まる。紅葉もきれいで、四季を通して違った景色がコースを賑わす。日本最古のお地蔵さんも安置され、お遍路以外にも見どころが多いのが魅力。

 大自然の中でリフレッシュがてら、ご利益にもあやかれちゃう“オイシイ”お遍路を味わってみては?

【篠栗四国八十八ヶ所】(福岡県・篠栗町)

篠栗四国八十八ヶ所(福岡県篠栗町)/アクセス:JR篠栗線篠栗駅・筑前山手駅・城戸南蔵院前駅のいずれか下車/所要時間:3泊4日

 全長約50km、3泊4日ほどで巡る霊場。天保年間、慈忍(じにん)という尼僧が四国八十八ヵ所を巡礼した帰り、フラリと篠栗村へ。不作と疫病に苦しむ村人たちの姿を目にした慈忍は、弘法大師の名において祈願を続け、やがて見事に村人たちを救済。これを弘法大師のご利益として、篠栗に四国を模した88の霊場が作られ始めた。

 札所の中には大規模な寺院もあれば、無人の小さなお堂、また住宅地の中心に佇んでいたり、山奥にあったりと、バリエーション豊か。単純にまち散歩としても楽しく巡れるため、ウォーキング好きにも人気大。

 コースの中には横41メートル、高さ11メートル、重さ300トン(!)もの涅槃像がある1番札所・南蔵院。大きな「くぐり岩」をくぐって到達する32番札所・高田観音堂。3000体以上の水子地蔵尊が並ぶ呑山(のみやま)観音寺など、さまざまな特徴をもつ札所がそろい、飽きずに巡れそう。

 朝のお勤めができる宿坊や、100年以上の歴史がある旅館が10数軒建ち並んでいるため、遠方からの参戦組も安心。篠栗町観光協会による“お遍路ツアー”も年に複数回、開催され町おこしにもひと役買っている。

 四国で数十日かけて遍路をするのはさすがに大変、という人も、これならハードルは下がる。とはいえ50kmはあるので巡り終えた達成感はきっとひとしお! 願かけに行ってみるのもアリでは!?

行程は本家の2倍以上! 日本一の“ロングお遍路”

【北海道八十八ヶ所霊場】(北海道全域)

北海道八十八ケ所霊場 所要時間:車で13泊14日(ツアー日程参考)

 最後に、ミニお遍路とは真逆の、“ロングお遍路”を紹介してこの特集を締めくくる。

 北海道には、全行程3300km、実に本家四国の2倍以上の距離を誇るお遍路が! 道内全土にわたるその巡礼は、全国のお遍路の中でもダントツの長さだ。

「北海道の新たな心の拠り所となるようにと、京都在住の松本明慶大仏師により、本場お四国霊場八十八尊の仏さまが謹刻され、今年で開創10周年。巡礼のための心得のひとつは『お大師様と一緒である同行二人の心(※)』です」(北海道八十八ヵ所霊場会事務局)

 ひとりでは心が折れそうな“ロングお遍路”も、仏様とご一緒と思えば気力が湧いてくるかも!? 四国の行程では飽き足らないというアナタ、ぜひぜひチャレンジを!

(※)同行二人(どうぎょうににん)とは、弘法大師様が道中、常にそばにいて見守ってくれている、という意味。巡礼における大事な心得のひとつで、お遍路さんの正装で頭にかぶる菅笠(すげかさ)に必ず記してある。