盛り土はなかった。それはよくわかった。いつ、誰が、どこで仕様変更を決めたのか、真相究明する必要はあるだろう。でも、それよりもまず、市場をどうするのか見通しを示してほしい。問題続出で揺れる豊洲、築地の声を聞いた──

移転延期を決めた理由

豊洲市場の売場棟を道路下でつなぐ連絡通路(中央の白帯部分)の地盤には汚染物質が残っていた

「私は環境大臣のころから、また知事選の期間中から、豊洲市場の安全性や使い勝手などについて懸念があるとの声を聞いてまいりました」

 光沢のあるダークグリーンのスーツを着た小池百合子都知事(64)は4日、都議会自民党の代表質問に答える中で“疑惑のきっかけ”についてそう述べた。最近見せなかった勝負服の緑色をここで着るのが小池知事らしいところ。

 安全性への懸念。巨額で不透明な移転費用の増加。情報公開の不足。この3つの疑問が解消されず、移転延期を決めたという。一方、最終的な移転の可否や見通しを示すことはなかった。

 いまや豊洲新市場をめぐる問題は広がるばかりだ。盛り土していなかった地下空間のナゾに始まり、地下水のモニタリングでは環境基準を超える汚染物質を検出。道路の下で水産仲卸売場棟と水産卸売場棟をつなぐ連絡通路の地盤には、高濃度のシアン化合物やベンゼンなどが残っていることも新たに判明した。

「いまさら取材かよ。昔から“豊洲はダメ”って騒いでいるのに」

「早く言っちゃえばいいんだよ。移転は中止するって」

 苛立ちを交えて話すのは、築地市場で水産仲卸業をする男性(66)だ。なにより、移転先の店舗面積が狭いのが気に入らないという。

「オレたちの仕事は、店先に鮮魚を詰めた発泡スチロールの箱をいくつも並べて、“いらっしゃい、いらっしゃい!”と手を叩いてお客さんを呼び込むんだ。豊洲の店舗は細長くて店先が狭いから、発泡スチロールの箱を1つしか置けない。“呼び込んどいて、これしかないの?”って怒られちゃうよ」と同男性。

 豊洲は手狭なため、大型冷蔵庫など複数の商売道具を処分するつもりでいた。移転の白紙撤回もありうると考えて処分を保留している。

 ほかにも、気に入らない点がある。

「仕事が終わる昼ごろには、同業者で酒とつまみを持ち寄って飲み始めるんだ。足が早い残りもののサンマの刺身とか、つまみにはサイコーだよ。でも、豊洲では仕事が終わったらすぐ帰らなくちゃいけない。門が閉まっちゃうんだって。ささやかな楽しみも奪われちゃう」(66歳男性)

 水産加工会社で働く男性(26)は「できれば移転したくないですね」と話す。

「川崎方面に住む同僚は、新橋発午前6時のゆりかもめ始発でレインボーブリッジをぐるーっと遠回りして新市場に通勤することになる。5時半過ぎには仕事を始めるので早く出勤できる人でやるしかなくなります」(26歳男性)

 別の水産仲卸を営む男性(65)は「いまさら取材かよ。昔から“豊洲はダメ”って騒いでいるのにマスコミが取り上げてくれなかったんじゃないか」と恨み節をチクリ。

「理念のない市場をつくったのは東京都。都の職員を仲卸や荷受け、小揚げ会社などに2〜3年出向させれば、どんな仕事をしているかわかったはず。やるべきことをやらなかったから、マグロも捌けないような間口で店舗をつくっちゃうんだよ」(65歳男性)

豊洲新市場は隠された事実が続々と明るみに

築地市場の老朽化も待ったなし

 小池知事の最終決断については「安全宣言なんて出せっこないよ。だって、歴代知事の尻ぬぐいをして責任まで取りたくないでしょ」と読む。

「日本人と魚は切り離せない。子どもに魚を食べさせようとおばあちゃんが干物の骨を抜いたり、おかあさんが魚を捌いたりして独自の食文化を守ってきた。給食の『食育』も始まったのに、移転を強行してイメージが悪くなり、市場の魅力が失われるのが心配だ」(65歳男性)と話す。

 しかし、1935年開場の築地市場は老朽化が激しい。建物にはアスベストが使われており、地震などで崩れたときに飛散するおそれが指摘されている。開放型市場のため、衛生面を心配する声もある。

 別の仲卸で働く男性(50)は言う。

「ドブネズミとクマネズミはそこらじゅうでチョロチョロ歩いている。ネズミ取りを仕掛けているけど、賢いので引っかからない。ゴキブリもいる。カラスやカモメ、ハトも来る。魚や残飯を狙っているんだ。ただ、定期的に衛生検査しているし、まな板などはしっかり殺菌している」

 移転が延期されてよかったことがひとつあるという。

「おせちをつくって正月を迎えられる。かき入れどきの11月に引っ越していたら、そんな暇はなかった」(50歳男性)

築地市場は老朽化が著しい。衛生面を心配する声もある

豊洲の住民「もう、どっちでもいい」

 さて、市場が来ないまま年末を迎えることになった豊洲の住民は、移転延期をどう受け止めているのか。

 圧倒的に多かったのは、意外にも「正直、関心がありません」(30代主婦ら)という声だった。

 こんな人も……。

「豊洲のイメージが悪くなりそうですよね。犬が散歩中、雑草を食べると“汚染物質は大丈夫かな”と心配してしまう自分がいるんです」(在住歴1年未満の40代女性)

 怒っている人もいる。

「移転中止で建物を取り壊すなんてことになったら、何年もかけて作業してきた人がかわいそう。“苦労が報われないよね”と話しています。いまごろダメだなんて言うのはおかしい。小池さんは国会議員だったんだから、そのころ言えばよかったじゃないですか。これ以上、税金をつぎ込むのは反対です」(10年以上住む女性)

 築地とは真逆で、おせちのアテがはずれた人も……。

「新市場で新鮮なお魚を買って、盛大な新年会を開こうと思っていました。でも、もう、市場が来ても来なくてもどっちでもいいやって感じ」(50代主婦)

 築地で再整備か、豊洲への移転決行か。見通しが立たないまま時計の針が進む。