「昨年夏のことです。何度かお会いしているお父さんとお茶を飲み、“多くの子どもに甲状腺がんが出ているなかで、被ばくによる影響を否定する行政の対応はおかしい”と私がお話しすると、心を許されたのでしょうか、娘さんががんにかかっていることを明かしてくれました。
娘さんは高3のときに1度、甲状腺の手術をして、大学1年だった昨年、再手術を受けて甲状腺を全摘したそうです。傷痕が大きく残っただけでなく肺やリンパへの転移も見つかり、大学を中退せざるを得なくなりました」
福島に残り、事故後の様子を撮り続ける写真家・飛田晋秀さんはそう語った。
がんにかかった家族にとって、原発事故の影響は続いている。
しかし、東京電力をはじめ全国の電力会社でつくる電気事業連合会は、東日本大震災による原発事故以降も、原発による発電を全体の2~3割も見込み、原発再稼働や原発の新設まで計画着手している。
原発事故については、国会の事故調査委員会(黒川清委員長)が東京電力に対し、「事故は自然災害ではなく、明らかに人災」「想定外とすることは事故の責任を放置する方便」と批判した。
また、事故による被ばくの問題を一貫して取り上げている山本太郎参院議員は、「原発から放出された放射性物質による環境汚染と被ばくによる影響を考えたとき、その責任に基づき、本来なら被害の実態を包み隠すことなく、明らかにし、原発の再稼働の是非を問うべきだ」と語る。
原発事故による被害は、環境汚染と人的被害の2つの面が考えられる。環境汚染は、原子炉で核燃料が溶け落ちる炉心溶融(メルトダウン)後も、原発から放射性物質が直接大気や海水へと流出する汚染が今も続いている。
それに加えて2011年3月、福島第一原発の爆発事故によって大量に放出された放射性物質は大気、大地、家屋、樹木を汚染した。その汚染廃棄物や、除染後の汚染土壌の後処理が何千万トンという天文学的数量となっている。放射能汚染物の処理にあたっては、ドラム缶に封入して、天変地異の影響を受けないところに数百年の長期保管をするというのが世界の原則であり、法令でも決まっている。
ところが日本の場合、もっぱら焼却に頼り、汚染物などを処理する焼却炉の煙突からの煙が届くエリアは、今も焼却による2次被ばくの影響を受けている。
人的被害の面でも、事故後5年が経過した今も、20万人弱に及ぶといわれる避難者は故郷を離れ、不安定な生活が続き、避難や仮設住宅での暮らしが原因で亡くなった震災関連死は3352人にのぼっている。
さらに心配なのは、福島県をはじめとする汚染された地域で生活せざるを得ない子どもたちの、被ばくによる疾病への影響である。現状と今後を考えたい。
福島で子どもたちに何が起きているのか
福島県が行っている『県民健康調査』は、子どもの健康への影響を見るために行われ、小児甲状腺がんの検査が行われている。事故当時18歳以下から0歳までの小児、約37万人が対象。11年から第1巡目、14年から第2巡目が始まり、それぞれ116名と59名、合計175名にがんの疑いが見つかり、実際に136名が手術をした。
検査では“結節(しこり)”や“のう胞(水のような液体がたまったもの)”の有無、大きさや数を検査し悪性、つまりがんの疑いがあるかどうかを判断する。例えば第1巡目に結節やのう胞がなかった人でも、第2巡目には悪性と判断される人が半数近くになり、早期治療のためには定期的な健康診断が必要であることがわかっている。
小児甲状腺がんは、専門医でも実際の患者を診たことがないケースが多いという珍しい病気であり、これまでは100万人に1~2人ぐらいの確率で発生するといわれてきた。ところが福島県の調査では、都合4年の間に、175人もの患者が見つかったのである。これまでの100倍もの罹患率である。
今後、さらに多くの患者が生み出される心配はないのであろうか?
チェルノブイリ原発事故は、今から30年前の1986年、ウクライナの北端で起きた。事故から5年後、急に患者が増加し始めている。この事故により当時ソ連だったウクライナ、ベラルーシ、ロシアに放射性物質の約50%が降り落ちた。スウェーデン、ドイツ、フランス、ポーランドなどのヨーロッパ各国にも遠く運ばれ、福島事故と同レベルの大事故であった。
最も影響を受けたウクライナでの小児甲状腺がんの患者数の推移は、原発事故から5年後の1991年以降、患者数は急増し、年間数百人にもなっている。ベラルーシでも同じ傾向を示していた。総数的には、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアで約6000人と言われていたのが、ウクライナだけで約2万人という最新の公式データをフォトジャーナリスト・広河隆一氏が、ウクライナへの取材で入手し、雑誌『DAYS JAPAN』に発表している。
福島の事故から5年8カ月を経過した日本でもチェルノブイリの教訓は、今後考えられる甲状腺がんの患者の大幅な増加に備え、検診や治療体制の拡充を即急に図ることにある。
母たちに衝撃!検査縮小の動き
ところが今年9月、福島県の小児科医会や福島県で、検査体制を縮小したいという動きが出てきた。理由は、検査を現状のまま続ければ「子どもや保護者に不安が広がる」という。
福島県郡山市に住む、0歳児と3歳児の子を持つ2児の母、滝田春奈さんは、「私の子どもたちは事故後に生まれているので、これまで検査の対象になっていませんが、検査してもらいたいと考えていました。検査して何もないことがわかれば不安が晴れます。不安だからこそ、検査体制を拡充してもらいたいと思います」と心情を話す。
この甲状腺がんの診断をボランティアで行ってきた仙台市の寺澤政彦医師は、「診断の日は1日50人を限度にしている。それ以上だと疲れ果て、次の日に仕事にならない」という。そうした自身の経験から、福島県立医大が行ってきた数十万人にのぼる検査も「精神的にも肉体的にも大変だと思う」としたうえで、縮小論に対しては批判的だ。
「ベラルーシでも4年後から甲状腺がんが出てきている。甲状腺がんの検診をやめたり、縮小したりするというのはとんでもない乱暴な提案。甲状腺に限らず、心血管系、筋・関節系、血液・免疫系などの検診を年齢、地域を拡大して実施する必要があり、ひとつの大学や県に任せておける検査ではありません」
前出・山本太郎議員も、縮小論は「正気の沙汰ではない。真逆の提案だ」とし、「これ以上の継続や検査拡大は(被ばくによる)影響がハッキリするので、不都合なのです。福島県以外の広い地域にわたり、福島県と同等の調査をすることが必要です」と国の役割を求めている。
福島第一原発事故は日本政府の国策のもとに「絶対安全」という原発の安全神話が破られ、そして今、原発事故の被害は、どれをとっても惨憺(さんたん)たるものである。環境汚染や被ばくによる疾病、避難者への対応を間違えば被害はさらに拡大し、人々に重くのしかかる。
いま東京電力や国がやっているのは、被害を極力少なく見せようという、その場しのぎの対応に過ぎない。水俣病をはじめとする公害問題で、日本の行政は事業者側に立ち、被害を拡大してきた。その誤りを再び繰り返すことは許されない。
縮小論の背後には、被ばく被害が注目されれば「東京オリンピック開催に支障をきたす」から、これを避けたい。そのような思惑があるのではないか。そう筆者は感じる。
<プロフィール>
取材・文/青木 泰
環境ジャーナリスト。民間の技術研究所を経て環境NPOの幹事。廃棄物資源循環学会会員。市民活動の現場から情報発信を行う。近著に『引き裂かれた「絆」―がれきトリック、環境省との攻防1000日』(鹿砦社)