「おまえ、もう和歌山帰れ! 海が待ってるから」
「真さんの西宮のほうがよっぽど海やん!」
いい感じに酔いの回った堤真一と溝端淳平の会話である。溝端は堤のことを“真さん”と呼んでいるらしい。気心の知れた仲間同士で出身地いじりのツッコミ合いだ。
10月中旬の夜、渋谷の台湾料理店『K』を訪れたのは、堤、溝端に松雪泰子、冨岡弘を加えた4人。
「7日から公演が始まった『シアターコクーン・オンレパートリー2016 るつぼ』の出演者ですね。魔女裁判を題材にした作品で、イギリスから演出家を招いています。
シリアスな芝居ですから、役者の演技合戦が見ものですよ。この日は昼公演だけで翌日は休演だったので、反省会がてら飲み会を開いたんでしょう」(演劇ライター)
一行は午後6時半ごろに入店していて、溝端の顔は真っ赤。一般客を気にすることなく会話を交わす。松雪はほぼ聞き役だが、ツボにハマると大声で笑っていた。
5時間遅れで登場したのは黒木華。ほかの面々に追いつこうと、急ピッチでビールを飲む。そんな彼女を堤はほめはじめた。
「華ちゃんとお前(溝端)は全然違う。お前は赤ん坊みたいなところがある。言っとくけど役者のレベルは華ちゃんが数段すごい。お前はバカなの。でも、それでいいの」
すっかりバカ扱いする堤に、たまらず溝端も反撃。
「僕もバカなりに考えてやってますよ、毎回!」
知らん顔で持論を述べる堤。
「女優さんってものの考え方が“成熟”しているのよね。男はバカなの。男が自分を確立するのは無駄なんだよ」
渋い口調で教訓をたれたが、溝端の冷静なツッコミが。
「今日その話、4回目〜!」
名優・堤も、頭グルグル状態ではセリフが決まらない。
まだ酔いの回っていない黒木が、溝端のモノマネでおちょくりに加わる。
「俺は愛されたいんだ〜」
「そんなん言うてへんやろ、黒木! 愛されようと思ってないやろ別にぃ。愛されようとして媚びるのは違うやん」
ムキになる溝端に、再び堤が口を出す。
「いちばん難しいのは、愛することやねん……!」
と語る堤だが、私生活では'13年に結婚、同年10月に娘が誕生。普段、わが子について語ることは少ないが、この日は珍しく“娘デレデレ”エピソードを披露していた。
「今のうちに愛情表現しとかないとさ、俺のほうが先に死んじゃうじゃん。だから、嫌われてもいいやと思って“イヤイヤ”ってかわされるけど、無理やりチューするのよ」
そんな話をしていると、店員から「すいません、そろそろ……」と退店を促す声が。堤は「おっちゃん働いてるからな!」と全員分の支払いをし、座長の面目を保った。
深夜0時半をまわっていたが、全員そろって迷わず2軒目へ。5分ほど歩き、カジュアルな雰囲気のバー『B』に入った。ハイボールやカクテルなどのドリンクを頼み再び演技論に花を咲かせる。
「俺はテクニックないし。唐沢寿明になれないんだよ〜」
弱気な発言をする堤を溝端がフォローするが、自虐モードは止まらない。酔っ払った彼は関西弁全開だ。
「ちゃうねん。頭張る覚悟はあんねん。ただ、評価されたくないねん。天才にはかなわないからさ。古田新太とかな」
熱血漢・溝端は全力で先輩を元気づけようとする。
「堤真一が何を言うてはるんですか! 好きだから! 憧れてるから! これ、評価じゃないですから。憧れるのは勝手ですから!」
意気込みすぎて、愛の告白みたいになってしまった。テレながらも気分をよくした堤は“怒り”の演技を語る。
「怒ったときってここに力入れて演技するじゃん? でも、本当に怒ってると、ここに力は入らんよな」
と、堤は首の付け根を触る。
「確かに、怒る演技では首にグッて力が入りますけど、実際に怒ったときってそれどころじゃないですよね」
溝端が感心すると、なぜか堤は隣に座る黒木の首根っこをむんずとつかんだ。
「ヤダヤダ痛い、大丈夫です、もう、やめて、いたーい!」
店内には黒木の叫び声が響き渡る。ベロベロ状態の堤は、もはやただの困った酔っ払いオジサンだ。溝端から再び娘のことを聞かれると、表情が和らいで笑顔に。
「めっちゃワガママやねん、ほんまに。こんなワガママ娘いねーぞ、オイ! って感じ。女房にもこんな感情抱かへんもん。今、俺が“踏まれてもいい”って思えるオンナは、娘ただひとりやね!」
それほど愛しているということなのだろう。
翌日娘と散歩する予定だと堤が話すと、松雪も「お弁当作らなきゃ」とつぶやく。すでに時刻は深夜3時過ぎ。飲んでいても息子を気にかける母の顔だ。話題はまた舞台のことに移り、堤はこの日から黒木の演技が変わったと指摘。「なんで変えたん?」と理由を聞いた。
「こうしたほうがいいよ、っていう指導を受けたんです。それで変えてみたんですよ」
黒木の答えを聞くと、堤の表情がみるみる曇っていく。何かを察したのか、黒木は先に帰ることに。送っていった溝端が戻ると、堤は不機嫌になった理由を話した。
「アイツは天才やから、自分が思う演技を貫いてほしかったな。そんな、上の言うこと全部聞かなくてエエのに。長いものに巻かれる女優になってほしくないんだよなぁ」
以前、天才といわれる女優が演技指導を受けて妥協する姿を見ており、黒木に同じ道をたどってほしくないという。
「まあまあ。まだ若いから、言われたことをすぐに吸収できるのはいいことだよ」
松雪はたしなめるが、溝端はやはり熱血発言。
「でも、真さんが言うこと、俺全部わかりますよ! 若手だと、どうしても演出家さん頼みになっちゃうんですけど、もっと自分の意思を持つことも大事やなって……」
先輩に忠誠を示したのに、堤はつれない。
「お前はもっと頑張れ!」
最後までいじられる溝端。
「演出内容が合ってないとかじゃなく、華ちゃんは天才やから、そのよさが薄まってしまう気がして。あの子はホントにスゴイから」
黒木の才能を見込むからこそ、まっすぐに成長していってほしいのだ。
「ところで俺、何飲んでる?」
いいこと言ったのに、やっぱり酔っ払いだった……。
「じゃあ、もう1杯それ!」
と頼んだジントニックを飲むと、朝5時過ぎにようやく解散。実に11時間近く飲み続けたことに! 激アツの演技論を、堤はすべて覚えているのだろうか―。