新潟県民が示した民意は明快だった。原発はいらない。なし崩しに再稼働するなんて認めない。全国の原発再稼働に前のめりな安倍首相は顔をしかめているに違いない。地方の反乱はどれほどのダメージを与えるだろうか。
保守王国といわれる新潟で自民党がボロ負け
「これほど争点のはっきりした知事選は珍しかった。原発再稼働か停止か。結果は6万票の差をつけて反原発が圧勝しました。保守王国といわれる新潟は田中角栄元首相(自民党)の地盤でもありました。自民党はその地でボロ負けしたんです」
16日に投開票された新潟県知事選を振り返って、ジャーナリストの大谷昭宏氏はそう話した。
約53万票を集めて初当選を決めたのは、内科医で弁護士の米山隆一氏(49)=共産、社民、自由推薦。自民・公明が推薦した前長岡市長・森民夫氏(67)の得票は約47万票にとどまり、自民党にとっては1955年の結党以降、初めて党が推薦・支持しなかった候補の新潟県知事当選を許した。
安倍首相は選挙結果を受けて、「与党が支援した候補が敗れたことは大変残念。新潟県民が米山候補を選択したことは真摯に受け止めたい」と冷静沈着に述べた。
実際のところは……。
「自民党は相当ショックを受けています。党本部は新潟選出の国会議員に対して“選挙戦の動きが悪かった”などと怒り狂ったらしい」(前出の大谷氏)
米山氏は当選後、県が抱える東京電力柏崎刈羽原発について、「選挙戦で訴えてきたとおり、県民の命や暮らしが守れない現状では再稼働は認められない」と話した。
険しくなった柏崎刈羽原発の再稼働への道のり
九州電力川内原発がある鹿児島県では7月、原発一時停止を公約に掲げた三反園訓知事が誕生したばかり。原発立地県で立て続けに再稼働慎重派知事が生まれたことになる。知事に原発再稼働を止める法的権限はないものの、電力会社が地元の同意を得ずに再稼働することは考えにくく、安倍政権の思い描く再稼働へのシナリオは修正を迫られる。
地元記者の話。
「3期務めた泉田裕彦知事を主に支えてきたのは自民・公明だった。ところが泉田知事は原発再稼働をめぐっては厳しい姿勢を貫き、県内でも公然と“原発No.!”の声が上がるような空気が醸成されていった。そんな泉田知事が急転、4選不出馬を表明したことで、県議会で過半数を占める自民党がコントロールしやすい知事を担ぐチャンスが来た。そこに慢心があった」
総出力約820万キロワットと世界最大の柏崎刈羽原発は現在、6、7号機が原子力規制委員会の安全審査中だ。早ければ来年前半にもゴーサインが出ると見込まれていた。1基あたりの稼働収益は年間最大1000億円と試算されるため、2基約2000億円の収益が飛ぶことになる。
米山氏は原発再稼働に慎重だった泉田知事の路線を継承するとしている。想定される道のりは険しい。
「まず県独自に'11年東日本大震災で福島第一原発事故を招いた原因を徹底的に検証することが大前提になる。そのうえで原発が被災するさまざまなケースを考慮し、たとえ厳冬期の大雪の真夜中でも避難手段が確保されなければいけない。甲状腺被ばくを抑える安定ヨウ素剤の配布方法の確立なども求められるだろう」
と前出の地元記者は話す。
原発立地県で原発批判がタブーではなくなった理由
それにしても、なぜ原発立地県で“反乱”が相次いだのか。是非はともかく、原発は地域の雇用を生み、地元経済の活性化をうながす側面がある。原発立地県で安易に「原発反対」などと口走ろうものなら、「ヨソ者のあんたに言われたくない」などと猛反発を食らうほどだった。ある意味、原発批判はタブーだった。
政治評論家の浅川博忠氏は「アベノミクスの恩恵が地方に行き届いていないことの表れではないか」と読む。
「新潟の有権者はいずれはアベノミクスのおこぼれが回ってくると期待していただろうけれど、いつまでたっても回ってこない。安倍政治が地方にもたらす経済効果が見えないんでしょう。地方再生は掛け声ばかり、とソッポを向かれてしまったともとれる」(浅川氏)
前出の大谷氏は別の見方を示す。同じ原発立地県でも「鹿児島と新潟は違う」と言う。
「川内原発は九州電力なので鹿児島県民も電気の供給を受けています。しかし、新潟は中部電力か東北電力の管内で東京電力の電気は供給されていません。つまり、福島と同じ構図で、東京をはじめとする首都圏に電気を供給するために原発を動かしているんです。なんで東京のために、新潟県民がリスクを負わなければいけないんだという反発心があるのではないか」(大谷氏)
もうひとつ、忘れてはいけないのが2007年の中越沖地震で原発危機を経験していることだ。柏崎刈羽原発は地震の影響で火災が発生し、微量の放射線漏れがあった。4年後に起きた福島第一原発の事故は他人事ではなかっただろう。
「新潟県内では福島から避難してきた住民も暮らしている。故郷に戻りたくても戻れない隣人の生活に触れ、原発の怖さを身に沁みて感じている人も少なくないと思う」(前出の地元記者)
それでも安倍首相が諦められない解散・総選挙
今回の新潟県知事選の結果は、原発再稼働・原発輸出に積極的な安倍政権にどのような影響を与えるのか。全国紙の経済担当記者は「アベノミクス完全崩壊に向けた終わりの始まりになる」と指摘する。
「電力供給は火力発電に頼るしかなくなる。いまは原油安なのでどうにか安定供給できているが、原油価格が元の水準に戻るとコストを吸収しきれなくなるだろう。電気料金を上げざるをえなくなり、国内工場を持つ企業などの収益に悪影響をおよぼす。中小・零細企業をうるおすどころではなくなるおそれがある」(全国紙の経済担当記者)
前出の大谷氏は、今後の選挙戦に与える影響が大きいとみている。民進党は自主投票になり、投開票日直前になってようやく蓮舫代表が応援入りするなど存在感を示せなかった。しかし、野党3党が推薦した候補が与党候補に勝った事実は重いという。
「原発反対というひとつの争点で戦えば与党を負かせられることがはっきりしました。この新潟の記憶は簡単に消せないのではないか。民進党だけすんなり勝ち馬に乗れず、ギリギリ尻尾にぶら下がるようなみっともない乗り方をしたが、与党のダメージのほうが大きいでしょう」(大谷氏)
政局へはどう影響するか。年明けにも解散・総選挙があるのではないかという見方は消えていない。前出の浅川氏は次のように話す。
「何があろうと安倍首相の悲願は憲法改正です。永田町には解散風が吹き始めています。与党は議席を取りすぎていてこれ以上増える見込みはありませんが、選挙で任期が延びれば長期政権を築いてじっくり悲願達成を目指せる。来年2月にも解散・総選挙する可能性が高まっています」
新潟県知事選の結果を真摯に受け止める気持ちは、本当にあるのだろうか。