「子どもをつい怒鳴ってしまうのは、しつけ? 虐待?」─そんな悩みを抱える母親が増えている。怒鳴ったり、叩いたり、子どもに恐怖心を与えることがしつけではないことは、今まで解説したとおり(関連記事の1本目を参照)。暴力や暴言で子どもを押さえつけるのは、しつけではなくもはや虐待。どんな悪影響があるのかを専門家に聞いた。
<この人に聞きました>
西澤 哲さん
'57年生まれ。サンフランシスコ州立大学大学院教育学部カウンセリング学科修了。現在、山梨県立大学人間福祉学部教授。虐待などでトラウマを受けた子どもの心理臨床活動を行っている。著書に『子ども虐待』(講談社)など。
原田綾子さん
'74年生まれ。2児の母。小学校教員時代の経験をきっかけに、勇気づけ(アドラー心理学)の親子教育専門家になり、オリジナルの講座を開く。著書に『アドラー式「言葉かけ」練習帳』(日本能率協会マネジメントセンター)など。
押さえつけるほど不安定になる子ども
西澤さん、原田さんともに指摘するのが、子どもを押さえつけることの害だ。
「たとえ家ではいい子でも、それは親の顔色をうかがっているだけ。セルフコントロールができていないので、親の目が届かないところで問題行動を起こします」(西澤さん)
加えて、コントロールがきかないので、感情が高ぶったときに自傷行為をする子もいるという。原田さんは「子どもは押さえつけたぶんだけ反発しますから、反抗期が激しくなります」と話す。
また、「この行為はいけないことだよ」ではなく、「こんなことをするお前は悪い子」と怒っていると、自分自身を悪い子と考えるようになるそう。「人はセルフイメージに沿って行動するため、ますます“悪い子”のふるまいをするようになります」と、西澤さん。
原田さんは、例えば「片づけなさい」とガンガン言っていると、「片づけ=嫌なもの」になってしまい、ますます片づけなくなると話す。
そもそも親が怒鳴ることについて、原田さんは「“この子はできない”と決めつけ、子どもを信頼していない」と指摘する。何度も「できない」というメッセージを受け取るうちに、次第に子どもの自信、やる気、親への尊敬と信頼が失われていくのだという。
とはいえ、笑顔で子どもと接したいと思っていても、育児や家事、仕事に追われ、つい声を荒らげてしまう。次のページでは、そんな母親たちの声を集めてみた。「私だけじゃない!」という共感を、次の一歩を踏み出す力にしてみて。
揺れる母親たちの声
■物を投げて叱るうち、子どもへ影響が……
7歳と4歳の息子がおもちゃを片づけないので、「これ全部捨てるから!」と、手当たり次第モノを投げてしまいます。子どもに対しては投げないのですが、子どもたちがア然として固まっているのを見ると、自分が情けなくて泣きたくなります。最近、息子もイライラしたとき、モノを投げるようになってしまいました。(埼玉県・37歳・会社員)
■長女にだけ厳しく当たってしまう
甘え上手でマイペースな4歳の次女に対し、不器用で頑固な6歳の長女に、イラっとしがち。姉妹を比べて「あなたのほうが年上なのにこんなこともできないの?」と冷たく言ってしまいます。傷つき泣いている長女を見ると胸が痛みますが、自分も長女で損をしてきたせいか、上の子に厳しくすることがやめられません。(岡山県・34歳・主婦)
■発達の遅い息子を力ずくで叱ってしまう
人より発達が遅いように感じる5歳の息子。モタモタする姿にイラつき、1度言って聞かないときは顔にげんこつ、ご飯を食べないときは無理やり口の中に押し込む。涙ぐみながらも反抗はしない息子。今はシングルですが、自分も母子家庭で手を上げられていたので、その影響かも。(福岡県・28歳・会社員)
■駄々をこねられ、人混みに置き去り
スーパーでいつもお菓子をねだって、泣きわめく息子4歳。毎回のことでイライラし、子どもを置いて外に出てしまったことが何度もあります。息子が泣きながら店中を探し回る姿を見ても、冷たい目で見ている自分がいます。幼児誘拐や行方不明事件を見るとゾッとしますが、そうするしか怒りを解消できません。(長野県・29歳・主婦)
■「〜したらあなたのせい!」と、大人げない言葉がけ
2人目を妊娠中で体調が悪く、8歳の娘に当たってしまいます。宿題もせずダラダラしているのを見ると、「ママは赤ちゃんがいるからイライラしたくないのに、〇〇が悪い子だと、赤ちゃんが大きくならなくなっちゃうんだけど!」と、子どもを否定するような言葉を発してしまいます。(東京都・38歳・パート)
■乱暴な言葉遣いがやめられない
7歳の長女に対し、乱暴な言葉で叱ってしまいます。「お前、いいかげんにしろ」「〜って言ってるだろ!」など自分も母親に怒鳴られていたのでやめたいのですが……。ママ友からは「“お前”とか言わなそう」と言われますが、家では口にしてしまいます。(千葉県・40歳・会社員)
■濡れた服を着せ、靴を隠して謝らせる
小5の娘。身の回りのことをやらないことに苛立ち、洗濯物を干さずに、濡れたモノを着せて学校に行かせたり、親に生意気な口をきいたときは靴を隠して、謝るまで学校に行けないようにしています。(千葉県・33歳・パート)
■手足を拘束し物置に閉じ込めて
落ち着きがない小4の息子。就学前は暗い倉庫に閉じ込めたり、手足を縛って叱っていました。今考えるといけなかったと思うし、トラウマが残るのではないかと心配です。(栃木県・38歳・自営業)
多くの悪循環を生む、過剰で感情的な“しつけ”。脱する方法を、次のページで解説する。
どうすればいいの?根本的な解決法はある?
望まなくてもやってくる、イライラの瞬間。そんなときは、「まずはクールダウンすることです」と、西澤さん。深呼吸をする、トイレに行くなど、とにかく子どもと距離をとる。
冷静になってから、「なんでそんなことをしたのか教えてくれる?」と、興味を持って聞くと、子どもなりの事情を話してくれるはず。クールダウンの方法として、原田さんは「セルフモニタリング法」をあげてくれた。
*セルフモニタリング法とは?
イライラしているなど、感情的になったことを感じたら、自分の斜め上にビデオカメラがあると想像してみよう。そのカメラに自分がどう映っているのかを考えると、「今、私、すごい怒りの形相をしているわ」など、自分を客観視できて冷静になる助けになる。
それでももし、カッとなってしまったら? 「“カッとなって怒鳴っちゃった。ごめんね”と子どもに謝りましょう。きちんと謝る大人を、子どもは信頼するものです」(西澤さん)
そして根本的な解決法として、原田さんは「普段からお母さん自身が、自分を満たしてあげること」をあげる。「私、家事を頑張ってる」など、小さくても自分のできていることをほめていると、いつの間にか、余裕が出てくるんだとか。
「子どもに対しても、できないことを叱るだけではなく、“ちゃんと起きられたね”など、できたことをほめてあげてください。そうすることで“いつも見ているよ”“味方だよ”とメッセージが伝わり子どもは自信を持って行動できるのです」(原田さん)
最後に、自分なりのやり方で感情的になったときの対処法を編み出した現役ママたちのアイデアをご紹介します。
「私はこうしています」
■手紙やプレゼントを思い出す
子どもがくれたかわいい手紙やプレゼントを思い浮かべ、渡してくれたときの表情や、うれしかった気持ちを思い出しています。
■赤ちゃんのときの写真を飾る
カッとなったときに見ると、出産時に幸せいっぱいだったこと、無事に大きくなってくれたこと、今、反抗していることも含めて成長したんだなあと感謝できるようになりました。
■鏡を見る
怒鳴りそうになったら洗面所に行って鏡を見るようにしています。できれば笑顔を作ってから、子どもと向き合います。
■他の人の力を借りる
私ひとりだとヒートアップして理不尽な怒り方をしてしまうので、夫や母など、他の大人がいるところで、公正な気持ちで叱るようにしています。