つぶやきシローさん 撮影/竹内摩耶

 ダメな父親と親思いな息子の情愛を笑いと涙と感動で描いた『イカと醤油』で小説家デビューしたお笑い芸人のつぶやきシローさんが、待望の2作目となる『私はいったい、何と闘っているのか』を上梓されました。デビュー作は書き始めから2年かかったそうですが、今作はいかがでした?

「'13年の10月ごろにオファーがあって、そのときに“期限を決めないでほしい、縛られちゃうと書けないから”という条件を出したんですけど、半年くらいほったらかしにしてしまって……そしたらちょうどプロ野球の開幕があってね、時期が悪かった(笑)

 でも、さすがにオールスター前までに1個書いておかないと申し訳ないな〜と思って、1章書いたんです。そしたら編集の人から“その調子で”って言われて、“この調子でいいの?”と。半年も書けなかったから、そう言ってんだろうな〜、なんて思ったりね(笑)」(※つぶやきさんは中日ドラゴンズのファンで、オールスターゲームは毎年7月に開催されます)

 それから約1年かけて小説を執筆し、文芸誌『きらら』に約1年間掲載され、執筆依頼からなんと3年越しの出版となりました。「だから書いたのはもうだいぶ前になっちゃって、もう僕の中では冷めてるんですけどね」とトボけるつぶやきさんですが、書き始めるまでは苦労したといいます。

人生の機微や、報われない人を書こうかな、というのは漠然と思ってたんです。ただそれをどういうふうにしていこうかな、っていうのをずーっと考えてて。それを考えているようで考えてなくて、考えてないようで考えてる、っていうね、テストの前の日みたいな。勉強やらなきゃいけないのはわかってんだけど、漫画読んじゃおうとか、掃除しちゃって“あれ、こんなの出てきたよ?”ってそっちに時間食っちゃうみたいな、そんな感じでしたね」

 そして、ようやく生み出された主人公は、地元密着の小さな「スーパーうめや大原店」で働く伊達春男という中年男性。妻と娘2人、息子1人の父であり、45歳にしてまだ店長になれない、なんともしがない男である春男は、いつも頭の中でものすごい妄想や考え事をしているものの、それがあまり表に出ないタイプ。

 職場では上司と部下に挟まれ、さまざまなトラブルが発生、妻の尻に敷かれている家庭ではいろいろな問題を抱えながら、悶々とした思いや疑念をやり過ごし、ちょいちょい空回りしつつも日々を懸命に生きていて、何かあるとカツカレーを食べる、というちょっと変わったおじさんです。それにしても、なぜスーパーを舞台に?

「スーパーなら行ったことあるから書けるかなと思って。でも編集さんと作家って一緒に調べものしたり、二人三脚なんですよ、みたいな話を聞いて、“なんだ、もっといろいろ頼めばよかった!”と思いましたね。もし編集さんが取材の仕方を教えてくれたら、僕も『白い巨塔』みたいな、社会に切り込んでいく作品が書けたかもしれないですよね?(笑)

「哀しい面白さが僕は大好き」

『私はいったい、何と闘っているのか』(小学館) ※記事中にある画像をクリックするとamazonのページにジャンプします

 筋立ては事前に考えない、というつぶやきさん。

僕は書きながらどう行くかな、っていう書き方なんですけど、そうすると物語が進んで、ラッキーラッキーその調子、って書けるときがあるんです。ああ話が浮かんでくる、調子いいって自分に言い聞かせてると、“あ、こんな人が出てきちゃった”という登場人物が出てきたりするんですよ。そうするとどんな人なのかという設定をしてましたね。

 でも複雑な設定はないですよ。あそこでああだったから、ここでこうなる、っていう辻褄合わせなんてできないし、そんなの自分も忘れちゃいますから(笑)。ずっと書いてる職業作家さんだったらいいですけど、舞台とかほかにもいろんな仕事があるから、その間に忘れちゃうんですよね。1週間空くと億劫になって、小説の入っているパソコンのファイルをクリックしたくなくなりますから。無人島で拘束されて“書け”って言われたら、一気に書けるんでしょうけど(笑)」

 謙遜するつぶやきさんですが、空回りし続けていた春男の物語は大きく展開し、物語の見え方が一気に変わるエピソードがあったり、思いもしない状況へ追い込まれたり、笑ってホロリとさせられるなど、最後の最後まで目が離せません!

「哀しさがあって、哀愁があって、なんかたまらないね、っていう哀しい面白さが僕は大好きで、そういう話を書けたらいいなと思ってるんです」

 ちなみに本書には『イカと醤油』の親子もコッソリ登場していますので、ぜひ探してみてください!

 そして奥様の尻に敷かれているお父さんのことを「もうちょっと考えてあげて」と言うつぶやきさん。

お父さんは意外と哀しいんだよ、でも頑張ってんだよ、ってところをわかってあげてほしいですよね。普段は何も言わないけど、実はいろいろと考えてるっていう旦那さんはいっぱいいると思うんですよ。だから“読んだら、勇気出るかもよ”って、奥さんがこの本を渡してあげてくれたらいいかも。とにかく最後まで読んでもらえたら、オッケーですね!

<プロフィール>
つぶやき・しろー 
お笑い芸人。1971年、栃木県生まれ。愛知学院大学文学部心理学科卒。日常のあるあるネタをつぶやく芸風で人気に。2010年よりツイッターを開始、あるあるネタをほぼ毎日1ネタつぶやいている。'11年『イカと醤油』で小説家としてデビュー。その後、『つぶやき隊』などの絵本も出版している。ナレーター・俳優としても活躍中。