アメリカン・ドリームというよりは、番狂わせだった。米大手メディアをはじめとして、誰もがヒラリー・クリントン前国務長官(69=民主党)の勝利を疑わなかった。国内でドナルド・トランプ氏(70=共和党)の勝利を的中させたのはジャーナリストの木村太郎氏ぐらい。
トランプ氏はこれまでのあいだに暴言でさまざまな人を敵に回した。移民、女性、イスラム教徒、中国……そして日本。
日本に対しては、まず在日米軍駐留費の負担増を求めてくることが懸念される。トランプ氏は選挙戦で「日本は十分な金を払っていない」として100%負担を訴え、米軍撤退もチラつかせた。片務条約といわれる日米安全保障条約の見直しや、日本の核兵器保有を容認する考えまで示した。
軍事評論家の熊谷直氏は「米国は“世界の警察役から降りる”と宣言したに等しい」として次のように話す。
「アジアのことはアジアで解決してくれということです。そうなると、中国の海洋進出は自力で封じ込めなくてはいけなくなる。
現実問題として、いま尖閣諸島周辺の中国船に睨みをきかせているのは、海上保安庁の巡視船でもなければ、海上自衛隊でもない。その後ろに控えている在日米軍です。だからこそ、日本政府は在日米軍に思いやり予算を計上し、自衛隊は日米合同訓練で汗をかいているのです」(熊谷氏)
思いやり予算とは、日本が負担する在日米軍駐留費のこと。日米両政府は'16〜'20年度の5年総額約9465億円で合意している。さらに日本の負担割合は、在韓米軍に対する韓国のそれよりもはるかに大きいという。
カネを払っていないとする指摘はあたらないし、もし100%負担が実現したら米軍がジャブジャブ使いまくることも考えられる。しかし、トランプ氏が万が一にでも強行手段に出たとしたら、「最悪のシナリオが待ち構えている」(熊谷氏)という。
「もし国内の在日米軍がすべて引き揚げたら、中国はすぐ尖閣諸島の乗っ取りに動くと思う。その次に狙うのは沖縄でしょう。中国は“琉球列島(沖縄)は清国の勢力圏だった”と本気で思っていますから。現時点の防衛力と防衛予算では中国には太刀打ちできません」と熊谷氏。
米軍のバックアップがなくなれば、北朝鮮も乱暴なことをしかねない。アジアのことはアジアで……と言われてもうまくいくはずがなく、微妙な均衡が崩れてアジア圏に混乱が生じるおそれがある。
日本の景気にも影響
トランプ氏は経済面でも好き勝手しようとしている。「大統領就任当日に環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱する」と宣言しており、もはや発効は絶望的ともいえる。
ジャーナリストの須田慎一郎氏は「米国にとっては外国産自動車が入ってこなくなる反面、農作物を外国に売れなくなります」と話す。
「TPPとは、物やサービスにかかる関税をお互い全部取っ払いましょうという決め事です。トラブルが起きたときは共通のルールで対処します。
米国の主要農作物は小麦、大豆、トウモロコシなど。あるいは畜産品の牛肉、豚肉です。日本から自動車が入ってくるかわりに農作物を高く買ってもらうことができる。だから米国の農家はTPPをぜひやりたい。全米最大の農作地であるアイオワ州ではトランプ氏は負けています」(須田氏)
つまり、産業によって温度差があるということ。それでもトランプ氏が米国の農家を無視して初志貫徹すれば、日本の自動車産業は大打撃を受けそうだ。
「自動車のみならず、建設機械などの輸出にも影響するでしょう。トランプ氏が円高誘導すれば、間接的に売れなくなる要因も出てくる。当然、関係企業の業績に悪影響を及ぼします。働いている人の給料は減り、失業する可能性も出てきます」(須田氏)
景気回復どころじゃない。TPP発効による成長戦略を描いていた安倍政権もまたダメージを受ける。いまだ大多数の国民がアベノミクスの効果を実感できていない中、新たな打開策を模索する必要がある。しかし、カネをかけることはできそうもない。
「在日米軍駐留費の増額が避けられないときは、防衛予算を増やさないといけません。財政支出の大きな柱は、借金の金利の支払いを除けば、社会保障費、公共事業費、教育予算、防衛予算の4つ。
防衛予算を増やしたぶん、手っ取り早く減らせるのは社会保障費です。高齢者が介護施設に入れない、医者にかかれない、といった状況に陥る可能性もあります」(須田氏)
どう考えても、トランプ氏の暴走を止めるしか手はない。しかし、肝心の安倍首相はさっそくトランプ氏のもとに馳せ参じるという低姿勢だから、暴言王にプレッシャーをかけることは期待できない。