評判の高かった番組とはいえ、しばらく前に放送されたこの番組が、なぜ今あらためて放送されることになったのか? ママたちの熱い支持を得たこの番組のプロデューサーである浅井健博さんにお話を伺った。
――今年の1月に放送された番組が、半年以上もたった今、また放送されるって珍しいですよね?
そうですね。じつは、この番組が文化庁芸術祭に参加することになったこともあり、再び放送が決まりました。土曜の午後1時過ぎからの放送なので、通常のNHKスペシャルの放送時間帯とは違って、新しい視聴者の方に見ていただける可能性もありそうです。そのことをとても嬉しく思っています。
――1月の番組放送後、ものすごい反響があったと聞いています。具体的には、どのようなものだったのでしょうか?
子どもの夜泣きやイヤイヤ、夫へのいらだちなどに困っていたママたちが、「放送を見て、初めて知った。役に立った」とか「肩の力が抜けてラクになった」とか、好意的な感想もたくさんいただいたのですが、じつは「涙が出た」という感想がものすごく多かったんです。
放送後、番組の上映会も開いたのですが、そこでも、涙を流しながら見ているママたちが数多くいました。
――ママが泣くNHKスペシャルの番組ってあまり想像できないのですが、なぜそんなことが起こったのでしょうか?
観ている人の心に響く番組を作りたいとはいつも思っていますが、今回、これほど多くのママが涙を流しながら観てくれたというのは正直、意外でした。でもそれは、裏を返して言えば「それほど子育てがツラい!」、現代ニッポンのママたちの悩みが、非常に深いことを物語っているんだと思います。
ママたちの涙や「この番組に救われた」という感想コメントで、逆に制作者の僕らが、ママたちの“悩みの深さ”に改めて気づかされることになりました。我々は本当に、いまのママたちのツラさをわかっているのか? その反省が、2か月後に放送されたパート2の番組につながっていったんだとも思っています。
――浅井さんご自身の子育ても、この番組を作ったことで、何か新たな“気づき”はありましたか?
うちも、子どもを育てている最中なのですが、お恥ずかしい話、番組プロデューサーとしても、夫としても、ママのことが、妻のことが、子育てのことが、本当のところじつは何もわかってなかったんだと、ものすごく反省しました(苦笑)。これからイクメンになれるわけではないのですが、せめてもっとしっかりと妻や子どもたちと向き合わなければと、意識は変わりました。
普通に考えれば、科学で扱うような話じゃない
――子育て中のママの悩みに科学の視点で迫るというのは、とても新しい気がしたのですが、どのようなキッカケでこの番組の制作は始まったのですか?
NHKスペシャルでは以前に「赤ちゃん 成長の不思議な道のり」という番組もあり、科学ドキュメンタリーの中にこういうジャンルはあったんです。でも、「子育ての悩み」を科学するっていうのは、初めてだと思います。普通に考えれば、科学で扱うような話じゃないですからね。
――番組の企画提案者は、子育て中の女性ディレクターだったと聞いていますが。
小林欧子ディレクターが書いた提案書が、そもそもの始まりでした。小林はそれ以前に動物番組を作っていて動物の子育てに詳しかったこともあり、自分が子育てしてみたら、とても違和感があったようです。
提案書には、「何でこんなに赤ちゃんは泣くんだ!」とか、「夫はなんでこんな頼りにならないんだ!」とか、「子育てはもっと楽しいはずなのに、なんでこんなにツラいんだ!」とか、そういう怒りをたくさん書きつらねていました。怒りだらけでした(笑)。
それを読んでいて、確かに小林の言うとおりだと思って、そう言えば以前、「母親としての能力は備わっているものではなくて、育つものだ」という話も別の企画で聞いていたので、これは番組にできるかなと。
――番組では「オキシトシンのホルモンには、わが子や家族への愛情を高める効果がある」「オキシトシンには、浮気防止効果もある」という話があり、オキシトシンのスプレーを男性にかける実験なども紹介していました。世のママたちは、ダンナの浮気防止のために、一家に1本、オキシトシンのスプレーを常備しておくといいでしょうか?
パパは、子育てに関われば関わるほど、じつはオキシトシンが体内で放出されます。家族と目を合わせたり、肌を触れ合ったりするだけでも大丈夫。番組ではそのように紹介しました。市販されているスプレーのことはよくわからないのですが、個人的には、スプレーに頼るよりも前に、他にいろいろやったほうがいいことがあるように思います。
正しい情報かどうかを見極めるために…
――浅井さんは今回の番組以外にも、多くのNHKスペシャル番組を作られているそうですが、どんなことを大事にして番組作りをされているんですか?
僕らが作っているジャンルが「科学ドキュメンタリー」ということもありますが、やはりいちばん気をつけていることは、視聴者に提供する情報が確かなものであることです。
今は、健康や子育てなどをテーマにしたテレビ番組って山ほどあるじゃないですか。パッと出てくる新情報っていうのはいくらでもあるんですけど、それが本当に正しい情報なのかどうかを見極めるのは、じつは難しいことです。番組を制作するスタッフはその見極めのために、国内外の膨大な数の論文を読み込んだり、著名な先生方のところへ何度も足を運んでお話を聞いたり、そういう地道な作業を欠かしません。
また、ただ見て流れて終わる番組じゃなく、できれば録画してまた見ようと思ってもらえる番組をめざしています。さらにいえば、今回のように、書籍やムックやマンガにまで展開されて、放送されて終わりではなく、違う媒体で新たなスタイルでも届けられるような番組にして、社会の下支えとなるような情報を、ひとつでも多く、ひとりでも多くの方々にお届けしたいと思っています。
――最後の質問です。今回の番組は、2~3歳児くらいまでの子育ての悩みを中心にしていましたが、このシリーズの続編はあるのですか?
子どもの成長にともなって、体も心も、家族の関係性も変わっていきますから、科学でひもとけるテーマはまだまだいろいろあると思っています。私自身もこのシリーズをぜひ続けていきたいので、スタッフと一緒に今、さらなる取材を進めているところです。
<プロフィール>
浅井健博(あさい・たけひろ)
慶應義塾大学卒業後、1994年にNHK入局。大型企画開発センターチーフ・プロデュサー。おもな担当番組は「NHKスペシャル」。これまで科学・技術・医療・災害などに関する多くの番組を手がける。放送文化基金賞、科学技術映像祭、科学放送高柳賞などを受賞