11月18日、千葉県香取郡神崎町で53歳の息子が89歳の母親を殺害した。現行犯逮捕された息子は「介護に疲れた。もう限界だった」と供述しているという。介護に専念するつもりだったのか、9月に仕事を辞めていた息子。悲しい結末を止めることはできなかったのか──。
独身で母親と2人暮らし
「介護に疲れた。限界だった」
89歳の母親・宮崎スイさんを絞殺した無職の長男、宮崎一明容疑者(53)の疲労度は、今にして思えばいつもとまるで別人だった。周囲の目にはそう映っていた。
近隣の50代の女性は、10月末、母の初七日に線香を上げに来てくれた一明容疑者の変わりように驚いた。
「ゲッソリやせて、元気がなく、急に老け込んだようでした。“最近、ご飯が食べられなくて”って話していて……」
9月に会ったという同級生は容疑者の心情を推察する。
「うつだったんだろうな。いろんなことが重なって追い詰められていたんだと思うよ」
事件は11月18日、容疑者の110番通報で発覚した。
「母を殺した。ロープで首を絞めた」
千葉県香取郡神崎町。付近には利根川が流れ、自然豊かな田舎の住宅地だ。
警察より先に駆けつけた救急隊員が発見したのは、首にロープが巻きつけられ、ベッドに横たわるスイさんだった。
救命活動により一時蘇生したが、搬送先の病院で午前11時31分、死亡が確認された。
居間で放心状態の一明容疑者は、殺人未遂で現行犯逮捕され、その後、殺人に容疑を切り替えた。捜査関係者は、
「一明容疑者は独身で母親と2人暮らし。母親は要介護3で、介護サービスも利用していたようです。自分も死のうとしたと供述していますが、実行には移していなかったですね。郵便局に勤めていましたが、9月に退職しています」
それからわずか3か月後の事件に、近隣に住む女性は涙ながらに語る。
「一明くんはまじめで物静かな人でね。車で病院の送り迎えもしていたし、散歩するスイさんにいつも付き添ってね。本当に一生懸命だった」
親子の間に血のつながりはない
前出の同級生も一明容疑者の性格を「本当にまじめで、自分で抱え込んでしまうタイプなんだよ」と指摘し「相談してくれていれば」と悔やむ。
近隣の80代の女性は、自治会の活動で見た一明容疑者のエピソードを明かしてくれた。
「うちの主人が班長をやっているときに、一明くんが副班長でね。ただ主人の身体が悪かったから、そこを一明くんが全部やってくれて。そこまでやらなくてもいいって言っても、やるから大丈夫ですって。まじめだけど、融通が利かないところがあってね。人に頼ったりできない人だった」
加えて一明容疑者は腰に持病があり、今年に入ってからも入院をしていた。さらに「9月末か10月上旬には腸捻転になって救急車で運ばれてさ。自分の身体も悪いし、お母さんも認知症だし、先を悲観したんだろうね」(同級生)
近隣住民によれば、スイさんはほんわかした雰囲気の女性で、明るく優しいおばあちゃんだったという。町内会での旅行にも参加していた。
ただ、親子の間には血のつながりはないと、古参の近隣住民が明かす。
「一明はもらいっこ(養子)でね。生まれてすぐの子をもらってきたのさ。一明、一明ってね。よっぽど可愛かったろうよ。でも本人も家族も、そのことはいっさい言わなかった。本当の家族のように思っていたんだろうよ」
血がつながらずとも一緒に歩んできた家族に訪れた悲しい結末。2人が暮らす家から怒鳴り声が聞こえたわけでもなく、ただ、母親と献身する息子の姿があった。父親は20年以上前に他界していた。
在宅介護者の4人に1人が「うつ状態」
周囲に愚痴をこぼすことがなかった一明容疑者だが、
「トイレの排水が壊れて、近所に迷惑がかかった、と犯行動機のひとつとして供述しています」(捜査関係者)
介護問題に詳しい日本ケアマネジメント学会の服部万里子副理事長に話を聞いた。
「介護で問題のひとつとなるのは、排泄です。紙を大量に使ってトイレを詰まらせたり、尿漏れパッドを流して詰まらせてしまうことがあります。修理が来るまでトイレは使えなくなるから、わざわざ外まで行かないといけない。さらには近隣からもニオイの苦情が来ることもある。これって相当なストレスですよね」
排泄ばかりではなく、食事を用意して食べさせる、入浴、着替え、洗濯……ひと息ついたらまた食事、そして排泄……と果てしない介護の循環。服部副理事長は、ここから犯行に至る心理を読み解く。
「介護をすると目の前の生活のことにいっぱいいっぱいで、どんどん視野が狭くなり、追い詰められていくんです。そんな極限のストレスのときに、普段は何でもないようなことがきっかけになってしまうことがあるんです」
追い詰められた介護者が陥ることが多い「うつ状態」。
'05 年に厚生労働省研究班が行った調査では、在宅介護者の4人に1人が「うつ状態」という結果がある。
「担当しているケアマネは介護者の様子がおかしいと思ったら、こちらから聞き取りをしてあげることも大切です。男性は特に人に相談することが難しい。おかしいと思ったら一歩踏み込んでほしい」
と服部副理事長。そして、ケアマネージャーも責任を感じているのでは、と続ける。
「こういう事件があると、担当するケアマネは仕事を続けられなくなることが多いんです。誰が悪いというわけではない。だからこそ、みんなで力を合わせていくことが必要なんです」
介護者を支える団体をぜひ活用して
追い詰められる前の今年9月、一明容疑者は前出の同級生に「福祉協議会と相談して、お母さんを施設に入れようと思う」と伝えていた。
「お母さんが拒否したんじゃないかな。お金のこともあるしこちらも強く言えなくてね」と、近隣男性。施設に入っていれば、悲劇は防げたかもしれない。
介護者を支える団体に『認知症の人と家族の会』があると服部副理事長は話す。
「同じ経験をした人から、自分の経験に基づいたアドバイスをしてもらえる。何より苦しい気持ちを理解してもらえる。電話相談も行っていますし、全国各地に支部もありますから、ぜひ活用してほしい」
内閣府が公表した2016年版の高齢者社会白書によれば、総人口に占める65歳以上の人口は26・7%。4人に1人が高齢者だ。2060年には2・5人に1人が高齢者と推定されている。確実に押し寄せる高齢化社会の波。今後の人口推移を考えれば、介護殺人が減少していくとは楽観視できない。服部副理事長は、
「1人で抱え込まず、困ったらまず相談しましょう」
<介護の相談先>
公益社団法人 認知症の人と家族の会
電話相談:0120-294-456
(月~金10時~15時 ※祝日を除く)
公益財団法人 認知症予防財団
『認知症110番』:0120-654-874
(月・木10時~15時 ※祝日を除く)
NPO法人 介護者サポートネットワークセンター・アラジン
『心のオアシス電話』:03-5368-0747
(木曜日10時30分~15時 ※祝日を除く)