「会議室で大勢のオジサンに“この子、どうする?”って囲まれて、“顔がおもしろくないから鉄仮面でもかぶせる?”って。その後ロッカーの上に寝かされ、鼻にストローが刺され、あれよあれよという間に石膏で顔の型をとられて。“すごい世界に入ってしまった……”ってア然としました」

『スケバン刑事II』主演が決まったときの状況をこう振り返る南野陽子さん。「おまんら、許さんぜよ!」の名台詞とともに一夜にして人気者に。『楽園のDoor』など楽曲も次々ヒット。ドラマチックな曲調に長い黒髪とロングドレスが印象的だった。

「聖子ちゃんカットにミニスカートで、“水しぶき浴びてギラギラ”している感じが王道でしたから、私は異質だったと思う生意気かもしれないけど、自分の好きなクラシックやカンツォーネ、ボサノヴァを入れたカセットをディレクターに渡して、こういう曲をやりたいと伝えたりしました

南野陽子さん

 7枚目のシングル『話しかけたかった』は、どうしても歌いたかった曲。

「初恋どまりの等身大の自分に重ねて歌えたから。振り付けも自作ですが、好きな人を目で追うシーンを表現したのに、プロデューサーに“にらんだでしょ”って言われちゃったなあ(笑)」

 当時は10代ながら、プロ根性は人一倍。

「変な噂を立てられたくなくて、男の子のアイドルにも“話しかけるなオーラ”を出してました。周りは100人中99人が恋愛していたし、いま思えば、もったいないことしましたよね! おニャン子クラブのメンバーなんかは休憩中に手をつないで出かけたりしていたの。“女子校のノリ”が可愛かったけれど、それを横目に現場の隅で、ひとり深呼吸していました (笑)」

彼女が亡くなって、ひとつひとつ思い返しました

 なかでも親しかったのが、2年先にデビューし、高校では同級生だった故・岡田有希子さん。高3の3学期に出席日数が足りず、教室で2人、補習を受けた。アイドルとしての私とは? でも、その前にひとりの人間でもあるという葛藤……。新しい世界で初めて近しい存在になった友人と胸の内を語り合った。

彼女が亡くなって、私にどんな思いで話してくれていたんだろうって、ひとつひとつ思い返しました。だから彼女の考え方が私の中にすごくインプットされている。彼女が苦しくて越えられなかったところの先に行こうと、その思いで頑張れたところもあるんです

 周りに救われた思い出がもうひとつ。『ザ・ベストテン』で落ち葉のセットをドレスに巻き込まないよう背伸びして歌い、なんとか難を逃れたことに安心したら、歌詞が飛んでしまった。

「出演者は立ち上がって応援してくれ、(黒柳)徹子さんがあわてて台本を投げてくれた。ジーンとしていたら結局、16小節も空いてしまって。なのに翌日のメディアには“恋愛しててうわの空だったから”とか“共演者と険悪で”とか言われて、もうね、終わったなと(笑)!」

 だが歌手として、そして実力派女優としても地歩を固め、今年は25年ぶりのソロコンサートが大盛況

「子ども連れで素敵なオジサンになったファンも多くて、ただただ楽しかった! でもだから、これでアイドルとしてのコンサートはおしまいにしようかなって。

 だって私、家では老眼鏡かけて肩が痛いなって言ってるおばちゃんだもの。もう『恥ずかしすぎて』でもないでしょう?

 普通の50歳になりたいの。そして可愛いおばあちゃんになっていきたいんです