「スッテンテンになってふんどし1枚で放り出されるような昔の鉄火場とは違いますからね。ショーもあるし……」

 2002年9月、東京都の石原慎太郎知事(当時)は定例会見でカジノについてそう述べた。都庁展望室で模擬カジノを開くと発表したときのことだ。'99年の就任前後からカジノ解禁を訴え続けたものの、国の法整備は進まず、世論を喚起する狙いだった。

 それから14年。解禁は乱暴なやり方で突然進んだ。

 カジノを含む『統合型リゾート施設(IR)整備推進法案』は衆院の強行採決を経て参院に送付され、14日にも成立する見通しとなっている。

 7日の党首討論で民進党の蓮舫代表は安倍首相に迫った。

「多重債務、一家離散、破産、果ては自殺に追い込まれる。これがギャンブル依存症の怖さです。なぜカジノ解禁なんでしょうか。なぜ、わずか5時間33分の審議で強行採決に踏み切ったんでしょうか

 安倍首相はこう返答した。

「いわゆるカジノだけではなくて、ホテル、あるいは劇場、ショッピングモールや水族館とか、またテーマパークも構成する要因でございます

 噛み合っていない。しかも14年前のレベルと変わらないではないか。

 安倍首相は超党派のIR議連で最高顧問を務めていたことがあり、もっと丁寧にメリットとデメリットを説明できたはずだ。国民の理解を得る熱意が感じられない。

安倍首相は'14年にシンガポールのIR施設を2か所視察。「成長戦略の目玉になる」と興奮した

イメージ先行の「経済効果」「エンターテイメント空間」

 カジノはどこにできるのか。

 北海道、大阪府、横浜市は誘致に積極的。石原氏が“お台場カジノ構想”を掲げた東京都は舛添都政下で方向転換し、小池知事も慎重な姿勢を見せている。前向きな地方自治体や地元産業団体は複数あり、誘致合戦は熱を帯びそうだ。

 石川県珠洲市の『能登にラスベガスを創る研究会』の刀禰秀一会長は、「まずは大都市が指名されるでしょう。2回目の候補地選択で地方が選ばれるとみています」と読む。

 横浜市は、「誘致に手を挙げたわけではない。IRの検討をしている段階だ」(政策課)と話すが、すでにベイエリアの再開発に着手している。

 カジノをめぐっては、数兆円の経済効果が試算されている。地方活性化の起爆剤として期待されるほか、既存のギャンブルとは異なるイメージがある。ドレスアップした紳士淑女が集うエンターテイメント空間という印象である。

 弁護士などで構成する『全国カジノ賭博場設置反対連絡協議会』で代表を務める元日弁連副会長の新里宏二弁護士は「賭博という点では“丁半博打”と変わりません」として次のように話す。

「韓国17か所で唯一、自国民が入れるカジノ『江原ランド』に行きました。併設のホテルではプロモーションビデオが流れていて、欧米系とみられる男性が白いタキシードを着てカジノに向かう。次のシーンでは、赤いドレスの女性がワイングラスを傾けていました。

 実際に平日の夕方に行ってみると、若い人から高齢者までいてほぼ満員。タキシードは1人もいませんでした。ジャージ姿のお客さんが相当数いました。シンガポールのカジノにも行きましたが、やはりタキシードはいませんでした」(新里弁護士)

シンガポールの『マリーナ・ベイ・サンズ』には4フロアのカジノが併設されている

吸い上げたお金はどこへ?

 日本に創設された場合、日本人の入場を禁止することはないとみている。

日本人抜きでは収益が上がらず、海外からの投資が見込めませんから。1兆円投資しても5年以内に回収するはずです。外国人観光客がお金を落としていったらありがたいというような甘い感覚ではありません

 そもそも外国人観光客に損をさせるのが日本の『お・も・て・な・し』ですか。たしかに雇用は生まれ一部の建設会社やゲーム機器の会社は儲かるでしょうが、多くの日本人が損をし売り上げの約30〜35%は海外資本に吸い上げられます」(新里弁護士)

 暴力団の資金源になるのではないかという指摘もある。

シンガポールのカジノには『ジャンケット』と呼ばれる業者がいます。チャーター便を手配したり、ホテルを押さえてくれ、金も貸してくれる。最も重要な仕事は金の回収です。返済できなければ“何を寝ぼけたことを言ってんだ”と迫る。暴力団とのつながりもできやすい」(新里弁護士)

 ヤミ金融が息を吹き返すおそれもあるという。

韓国・江原ランドの最寄り駅の電話ボックスには、名刺大のヤミ金融のチラシがびっしり貼られていました。『サチェ(私金融)』と呼ばれています。シンガポールのヤミ金は『ローンシャーク』といいます。ギャンブルでスッた人などを狙って金を貸すのがヤミ金ですから、そこに暴力団が絡んでくる可能性があります」(新里弁護士)

パチンコ、パチスロの放置こそ問題

 ギャンブル依存症患者が増加することも懸念される。

 厚労省が'13年に調査したデータによると、ギャンブル依存症の疑いがある人は全国で推計536万人。成人女性では1・8%を占め、成人男性では8・7%に達する。世界のほとんどの国では1%前後だから突出した数字といえる。

 今回のカジノ解禁法案には、付帯決議の1つとして「ギャンブル依存症患者への対策を抜本的に強化する」という項目が含まれている。

 ギャンブル依存症患者の家族らでつくる社団法人『ギャンブル依存症問題を考える会』の田中紀子代表は「カジノには賛成でも反対でもない」としたうえで次のように語る。

ギャンブル依存症の約8割がパチンコ、パチスロ。いままで放置されていたことが問題なんです。カジノで骨太の対策が進むなら画期的です

 予防教育や回復支援、相談窓口の充実などを一括推進する必要があるという。

人の不幸の上に成り立つ経済政策

 前出の新里弁護士には忘れられない光景がある。江原ランドの最寄り駅にカジノ利用客の相談所があった。女の子がメッセージを書いた紙を持つポスターが貼ってあった。

「ハングル文字を読んでもらったら《お父さん、お母さん、自殺しないでください》と書いてあった。全財産を失うだけではすまず、取り立てに追い詰められて生きていけなくなる人が出てくるんです。人の不幸の上に成り立つ経済政策を進めていいのでしょうか」(新里弁護士)

 IR施設は家族連れも楽しめるとされている。ママと子どもは併設の遊園地や劇場で遊び、パパはカジノ。そんな日が来るのか。

勝って“大奮発だ”と豪華ディナーを食べに行くか、負けて“もう1回行って取り返してくる”となるか。どちらも子どもの健全育成にいいとは思えない」(新里弁護士)

 カジノには、負の側面もある。そこから目を背けてはいけない。