「駆けつけ警護」の新任務が可能になるなど安保関連法は本格始動、憲法改正への流れも固まりつつある。大きな曲がり角に立つ平和国家ニッポン。未来を志向する前に、過去をありのまま見つめ、今をとらえて課題に向き合うための「言葉」を探りたい。戦争の危機感を鋭く表現した映像作品『兵士A』が話題のシンガー・ソングライター七尾旅人(ななお・たびと)に聞いた──

シンガー・ソングライターの七尾旅人

「彼は鈴木くんかもしれないし、山田くんかもしれない」

 暗がりの中、迷彩服に身を包んだ丸刈りの青年がラジオをチューニングしている。ノイズに混じって聞こえてくるのは、子どもたちの声。

《戦後生まれのお父さん、お母さん、ありがとうございます。僕たち、私たちは、大きくなりました。そして今、戦前を、戦前を生きています。》(『戦前世代』より)

 シンガー・ソングライターの七尾旅人が発表したライブ映像作品『兵士A』は、こんなシーンで幕を開ける。

 戦後71年にわたり殺し、殺されることのなかった自衛隊に、初の戦死者が出るかもしれない─。そんな予兆を真正面からテーマに据え、七尾は、“戦後1人目の戦死自衛官Aくん”に扮して彼の生涯を歌う。Aくんを取り巻く人々を縦糸に、戦後日本の足取りを横糸にして、いびつな平和国家の姿を美しいメロディーにのせて織り上げる。

《1人目の彼はどんな人だろう 1人目の戦死者Aくん 1人目の彼はどんな人だろう 何十年目の戦死者Aくん》(『兵士Aくんの歌』より)

 七尾は言う。

「自衛隊の若者が戦死するリスクはかつてなく高まっているけれど、まだまだ関心がない人は多い。彼は鈴木くんかもしれないし、山田くんかもしれない。想像してもらえるように(匿名性の高い)兵士Aとしたんです

日本もいよいよここまで来ちゃっているんだな

 政府は昨年11月、離れた場所にいる国連職員などが武装集団に襲われたとき、自衛隊が武器を使って助け出す『駆けつけ警護』を閣議決定、国連平和維持活動(PKO)のためアフリカ・南スーダンへ派遣される陸上自衛隊の新任務に加えた。安保関連法がついに本格的に動きだす。

「海外の戦場で公式な戦死兵を出した瞬間から“非戦国家日本”は事実上、崩壊します。沖縄に大きな負担をかけた欺瞞的な平和ではあるけれど、一応、建前としてやってきたその土台が崩れれば、戦後に築き上げてきた言葉や思想も崩れ去る。

 戦後71年の歴史が切断される大きな局面に立っているのに、みな、あまり気にしていないし、自覚もないことに焦りを感じています

 戦争をしない国から、戦争をする国へ。'16年度予算案の軍事研究費は前年比18倍の108億円に膨れ上がった。憲法改正に向けた動きも活発だ。こうした現状を“新たな戦前”と呼ぶ人もいる。

 だが七尾は、今につながる流れをアメリカ同時多発テロが起きた'01年当時、すでに感じ取っていたという。

「冷戦が終わり一強支配だったアメリカが少人数のテロであっけなくやられた。すごくインパクトがありました。その後のアフガン・イラク戦争は泥沼化、多くの負債を抱えるようになり、金融危機にも見舞われてアメリカは衰弱していきました。それにつれて日本の状況も変わってくるのは明白と思ったんです」

 “世界の警察官”を降りるなど内向きになっていくアメリカと、再び戦場に回帰していく日本。冒頭で触れた『戦前世代』は9・11のあと、募る危機感が書かせた曲だ。

戦前世代といっても当時は全然伝わらなかった。それがここ数年で正面から受け取られるようになったというか、リアリティーを帯びて響くようになったんでしょうね。複雑な気持ちです。日本もいよいよここまで来ちゃっているんだな、と」

「黙々と頑張っている人たちから影響を受ける」

 とはいえ、「政治的な音楽を作ろうと目指しているわけじゃない」。カラフルな音楽で人を楽しませることが好きだ。そして、まだ誰も作っていない作品に取り組み続けた結果、「世の中の状況を反映した曲も自然に増えていった」と話す。

 例えば、原発事故により避難指示区域で暮らす人々の切実な心情を表した『圏内の歌』、アフリカの『少年兵ギラン』、『沖縄県東村高江の歌』……。テーマはさまざまだが、埋もれがちな声に耳をそばだて、見過ごされた風景に目を凝らす眼差しは一貫している。

「僕自身、別にいばるような存在じゃなかったからでしょうね。貧困県で育った中卒だし。これが正義だ! みたいなものより、近所の食堂のおばちゃんとか、世の中がよくなるために黙々と頑張っている人たちから影響を受けることが多いんです。仕事柄、地方へよく行くんだけど、北九州の炭鉱で働いていたおじいさんと知り合ったり、沖縄の離島では海人のおじさんと仲よくなったり。あちこちに素敵な人がいて、話していると、歌を思いつくんです」

『兵士A』の発表後、七尾旅人のライブにシニア世代の姿が増えたという

本土で暮らす僕たちの無意識が反映されている

 沖縄・高江とのつながりも音楽を通じた出会いから生まれた。

「'06年にライブをしに初めて行ったんです。僕を呼んでくれた高江在住のミュージシャン・石原岳さん一家がよくしてくれて、4人の子どもたちは本当に愛くるしい。そんな彼らとの友情が大きいです」

 沖縄県北部に位置する高江地区は、すぐそばに広大な在日アメリカ軍北部訓練場が横たわる。この一部を返還する条件として'07年以来、ヘリパッドの建設工事が断続的に強行されてきた。

「人口150人に満たない集落に全国から集めた1000人規模の機動隊を常駐させて工事に反対する方々を強制排除したんです。不当逮捕を繰り返し、座り込んで抗議していたおばあさんにケガまでさせて。こんなこと、国会前だったらできませんよね。人々の目が届きづらい場所では、その国の本性が現れてくる

 ヘリパッドは豊かな熱帯雨林を取り囲むようにして完成。「墜落」による停止からわずか6日で飛行を再開したオスプレイも使用できる。

「周囲に日差しを遮るものはなく、夏は炎天下に何時間も立ちっぱなし。しかも那覇からは車で3時間の距離。でも沖縄のお年寄りってタフで、どうしても止めたいと自分の意志で高江に来るんです。沖縄戦の記憶があるから

 そうした市民に対し、大阪府警の機動隊員が吐いた「土人」の暴言は記憶に新しい。

「厳しい言い方をすると、沖縄への潜在的な差別意識の表れ。別の言い方をすれば単に無知だから。僕も現場で何度か対峙して、なかには驚くほど攻撃的で無作法な隊員もいますが、ほとんどは普通の人。沖縄や基地の歴史について何も知らず、ただ命令されたから来ている。良心を痛めている隊員もいるでしょう」

 七尾は、「“土人発言”は重要な問題だけど」と前置きしつつも、注意深く言葉を選んでこう続ける。

隊員を派遣しているのは本土。日本列島で暮らす僕たちの無意識が反映されている。米軍基地は日本の安全保障をめぐる問題でもあるのに、なぜ沖縄にすべてのしわ寄せが集中しているのか。そこに至る歴史はもっと知られてほしいし、本土の人間は学ばなければいけないと思うんです」

 本土の無関心は、沖縄に対してだけではない。

「自分たちが戦後歩んできた道のりにも関心が薄い。太平洋戦争については“民衆は軍部の暴走に巻き込まれた被害者”という認識だろうが、当時の日本には、ガンガン攻め込んで領土を広げてほしい、戦争で停滞感をリセットしたいという潜在的な欲望もあったのでは。再びリセット願望が強烈に高まっている今、よくよく足元を見ておかないと間違った方向へ進んでしまう」

 それでも悲観はしていない。こんな確信があるからだ。

「歴史上、どんなに過酷な場所でも子どもたちは夢を見るし、創造性を発揮して素晴らしい音楽や、新しい何かを生みだす。大人が怠けて、めちゃくちゃな国になっていたとしても……。ただ、本当にそれでいいのか? 音楽の現場でそう問い続けることが、表現をして作品を生み出す人間の役目だと思っています」

<profile>
98年のデビュー以来、9・11をテーマにした3枚組アルバム『911fantasia』、メロディアスな『サーカスナイト』など、ジャンルを超えた多彩な作品を世に送り続けている。

※『兵士A』はDVD/Blu-rayで発売中。
※1月8日(日)に『東京キネマ倶楽部』で『ワンマンツアー「歌の大事故」』東京公演を開催。詳細はDUM-DUM LLPのHPで。
http://www.dum-dum.tv/html/topic55.html