「憲法施行70年の節目にあたり、私たちの子や孫、未来を生きる世代のため、次なる70年に向かって日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めようではありませんか」
安倍晋三首相(62)は1月20日、施政方針演説でそう述べた。昨夏の参院選で自民・公明・維新など改憲に前向きな勢力は衆参両院で3分の2を上回り、憲法改正の発議要件を満たしている。ついに、自分の手で歴史を変えるときがやって来た─。そういわんばかりの、のぼせあがった表情だった。
ジャーナリストの大谷昭宏氏は、
「国民の反発を気にしてか、安倍首相は改憲についてしばらくトーンダウンしていましたが、どうやら、再びエンジンを吹かし始めたようですね」とみる。
憲法は、法治国家で暮らす私たち国民が、権力者を縛るためにある。基本六法の中でも刑法や民法、商法などの上に位置づけられる国の最高法規だ。それを権力者である政治家が「変えたい」と言ってきた。何を変えたいのか。
「どこをどう変えたいのか言わず、“改正だ、改正だ”と漠としたことを言われても困りますよね。これから具体的な改正項目を出してくるんでしょうけれども、安倍首相の本心は憲法9条を変えたいに決まっています」(前出の大谷氏)
安倍首相は1月24日の衆院代表質問で、野党から憲法のどこが問題なのか提示せよと求められ、「最終的に国民投票で決めるもの。国会の憲法審査会で議論が深められ、具体的な姿が現れることを期待したい」などと答弁した。
つまり、改憲という目的が先にあって、中身はこれから決まるだろうということ。こんな答弁では真の狙いはどこにあるのか、勘繰りたくなる。
戦前のファシズム体制のような暗黒社会に!?
憲法学者はどう見ているのか。名古屋学院大学の飯島滋明教授(憲法学・平和学)は、「改憲論者が本当に目標としているのは、自衛隊の海外での武力行使を可能にするため、戦争や武力の行使を禁止している憲法9条を変えることです」と言い切る。
「自民党などの改憲派は、9条改正が国民の支持をすぐ得られるとは思っていないため、支持を得やすいと思われる項目から改憲を目指しています。現段階では、大規模自然災害などに対処する『緊急事態条項』や家族は互いに助け合わなければならないという『家族条項』、『環境権』、高校・大学などの『教育無償化』の追加が有力です」(飯島教授)
いずれも一見、“あってもいいかな”と思えるような項目だ。しかし、仮に国民の理解を得られる内容になったとして、その法整備は憲法を変えるしかないのだろうか。
「教育無償化を例にとると、本人の能力に応じた教育を国や自治体が提供することは憲法26条の『教育を受ける権利』が求めていることであり、憲法改正は必要ありません。別の法律を制定し、政策として実現すればいいだけの話です。緊急事態条項も、自然災害に対応するだけであれば、災害対策基本法などがすでに存在しているので必要ありません」(飯島教授)
首相に権限を集中させる緊急事態条項をめぐっては、東日本大震災の被災地からも「不必要」との声があがっている。法の対象は災害のほか「有事」も含まれそうで、何をもって有事とするかで拡大運用される心配もある。
自民党の憲法改正草案では、自衛隊を国防軍に変えることも盛り込まれている。
「憲法9条で《陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない》と定めていますので、変える必要が出てきます。それだけでは終わらないでしょう。宣戦布告や戦争終結、軍法会議に関する規定を導入したり、国民を戦争に協力させるため、憲法18条が改正される可能性が高くなります。徴兵だけでなく、医師、看護師、技術者、土木、建築、通信、輸送などにかかわる民間人を徴用できるようになり、戦前のファシズム体制のような暗黒社会をもたらす可能性が高まります」(飯島教授)
「国家に尽くす家族でなければならない!?」
家族条項にも問題がある。
「自民党の主張や政策をみると、家族条項の導入で、保育や介護などを家族に負担させる目的があります。2004年に同党が発表した憲法改正の論点整理では、家族内の男女平等が問題だから改憲すべきとすら主張していました」
と飯島教授は指摘する。女性は男性よりも家事・育児・介護に汗をかけということらしい。解決にはほど遠い待機児童問題や介護問題を国民に丸投げしたいのかもしれないが、時代錯誤も甚だしい。
前出の大谷氏は「自民党改憲草案では、家族の幸せというよりも、国家に尽くす家族でなければならないという国家主義的な考え方が垣間見える」として次のように語る。
「米国はトランプ大統領を選びました。英国は国民投票でEU離脱を決めました。私たちも選挙で、改憲に積極的な勢力が3分の2以上を占めることを選んだんです。ただし、そこまでは許しましたが、まだ改憲を決めたわけではありません。私たちの選択が間違っていなかったか、しっかりと検証したい」(大谷氏)
これから衆参両院の憲法審査会で改憲項目が絞り込まれていくとみられる。数にモノをいわせて改憲発議にこぎつけても、最後は国民投票で過半数の賛成がなければ憲法は改正できない。
「憲法の旧仮名遣いを現代語にする改正が必要との主張があります。しかし、多くの中学では社会の授業で憲法前文を暗記させるなどして意味を教えていますし、わかりやすく説明する書籍も多く出版されています。むしろ、そのどさくさに紛れて憲法の意味を変える改正がなされるのが心配なんです」と飯島教授。
ところで安倍首相は1月24日の代表質問で、民進党の蓮舫代表の質問に「訂正でんでんというご指摘はまったくあたりません」と答弁。「云々」を「伝々」と読み間違えたとみられる。日本語に「伝々」という言葉はない。
麻生財務相も首相在任中、「未曾有=みぞうゆう」「頻繁=はんざつ」「踏襲=ふしゅう」「低迷=ていまい」と誤読を連発して笑われた。安倍首相には“でんでん首相”と不名誉な呼び名もついただけに、言葉遣いを理由に改憲をゴリ押しするのはさすがに難しくなったのではないか。その動向に目を光らせたい。