これは平和運動とか自衛隊の南スーダン撤退を求めるものではありません。純然たる医療支援です。その点は誤解しないでいただきたい

設立会見する高遠菜穂子氏(左)と蟻塚亮二医師=3日、都内で

 精神科医やカウンセラー、大学の研究者、戦争体験者ら32人でつくる『海外派遣自衛官と家族の健康を考える会』がこのほど発足し、3日に都内で設立記者会見を開いた。

 イラクで人道支援活動を続ける同会共同代表の高遠菜穂子氏(47)は会見で、冒頭の言葉を繰り返した。南スーダンではいま新たに「駆けつけ警護」の任務を与えられた陸上自衛隊のPKO第11次要員が活動にあたっている。

 国連関係者らが武装勢力に襲われた場合、安全保障関連法に基づいて現場に駆けつけ、武器を使って助けることができる。

駆けつけ警護の任務が加わったことで、自衛隊員が銃撃戦などの厳しい状況に置かれることは現実味を帯びている。しかし、国内の議論は“撤退させるべきだ”“いや、国際貢献すべきだ”と両極端で噛み合わない状態が続き、私たちは何も準備できていない。あいだにある現実に対処したいと思っています」(高遠氏)

 第11次要員は青森市の陸自第9師団が中心。第12次要員は北海道帯広市の第5旅団が中心になる。

11次要員で派遣した約350名中、女性自衛官は15名で施設・総務・補給にかかわる任務に就いています。12次要員の選考は決まっていません」(防衛省・統合幕僚監部)

 駆けつけ警護は警備小隊が担当することが見込まれるため、女性自衛官が駆り出される確率は低いとみられている。

 同会が心配しているのは南スーダンから帰還した自衛隊員の『コンバット・ストレス』だ。新任務は戦闘を想定せざるをえず、派遣された自衛官は極度の緊張状態に置かれ、かなりの心的負荷がかかると考えられるという。不安を抱えた家族も、気づかないうちに体調を崩しかねない。

南スーダンでのPKOに出発する自衛隊員を成田空港の見送りで涙ぐむ家族も

 そこで同会は、まず海外派遣任務を経験した自衛官やその家族・友人などからメールで相談を受け付ける。次に住所地になるべく近い協力先の医療機関や医師を紹介し、初回は無料で相談に乗る。どのようなサポートや医療を受けられるか道筋を示す。

秘密は厳守します。防衛省も自衛隊員のカウンセリングに力を入れており、それはいいことだし否定するつもりはない。しかし、相談しにくいと考える自衛隊員もいるでしょう。外部の民間相談窓口として彼らの受け皿に徹したいんです」と高遠氏は話す。

 受診を隠したいケースも想定し、健康保険証を使わない自由診療の相談にも応じる。

戦争経験者と震災被災者に多い不眠症

 会見には、同会共同代表で福島県相馬市の『メンタルクリニックなごみ』所長で精神科医の蟻塚亮二氏(69)も同席した。2004年から沖縄戦のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療にあたり、2013年に沖縄から福島に移住して東日本大震災の被災者を診療している。どのような症状に注意が必要なのか。

圧倒的に多いのは不眠症です。1時間ごとに目が覚めるような『過覚醒不眠』は戦争、震災に共通する症状です。『パニック障害』のかたちで現れることもある。人混みでドキドキしたり、呼吸が苦しくなる。理髪店や歯医者に行けない。

 狭い場所でイスに拘束されて逃げるわけにはいかないような緊張を強いられる場面がダメですね。また、通常のうつ病が朝方に憂うつになるのに対し、夕方に悲しくなる『非定型うつ病』にもなりやすいです」(蟻塚医師)

 強烈な場面が突然、脳裏に甦る『フラッシュバック』も多いという。頭痛、腰痛、身体が熱くなるなど身体的症状が出てくることも。原因不明の痛みがなかなか治らないときや、イライラ、神経過敏なども相談してほしいという。

 蟻塚医師はどのようにして沖縄戦のPTSDを認知できたのか。詳しく話を聞いた。

「夜中に目が覚めて眠れないという患者さんを立て続けに診察したのがきっかけでした。“沖縄戦のときどこにいましたか?”と尋ねたら壮絶な体験を話してくれたんです。

 最後の激戦地となった本島南部の『摩文仁の丘』で死体を踏みながら家族と逃げたとか、爆弾にやられた妹がはらわたを出して24時間唸って死んだとか。不眠症などの外来患者に聞き取りし直したら、約10か月で沖縄戦に由来するPTSDが100例くらい見つかりました」(蟻塚医師)

 意識下に潜り込んだ凄惨な記憶は50年以上たって身体の不調を引き起こした。戦地では何が起こっているのか。高遠氏に詳しく聞いた。

小銃を手にPKO施設内で警戒する陸上自衛隊員=南スーダン・ジュバ

「イラクで最近、IS(イスラム国)掃討作戦の現地に入ったとき、知り合いのイラク軍兵士が携帯電話で撮影した動画を見せてくれました。15〜16歳の少年を10人ぐらい並ばせ、彼が“こいつらISだ”と手荒い拷問をしていました。

 少年のひとりは“ISには脅されて入った。後悔している”などと弁明していました。動画がそこで切れたので“この子たちどうなったの?”と聞いたら、彼は“全員処刑だよ”と言うんです。罪悪感がない。世界の人々のために前線に行き、狂気をきわめたモンスターと戦っているんだという戦場の高揚感があるんです」(高遠氏)

 おそらく現実に引き戻されてからギャップに苦しむのだろう。

米兵も同じ。帰国するといいお父さんだったりする。でも、ほんのちょっと前までイラクで自分の息子や娘と同年齢の子を殺すこともあったわけですよ。

 兵士は命令に従うのが絶対。妊婦はおなかに爆弾を隠したテロリストかもしれない。撃たれる前に撃たないと銃を持っている意味がない。米軍の軍法では“人を殺したくない”というのは臆病罪という重罪です。逃げられないんです」(高遠氏)

 戦地では何が起こるかわからない。周囲の寄り添う心が求められるという。蟻塚医師は言う。

「帰国したお父さんが怒りっぽくなった。息子の様子がおかしい。家族、友人、地域の人たちが“もしかしたらPTSDなんじゃないか”と考えて理解してあげてほしい」

  同会は今後、派遣自衛官の地元である青森、札幌、帯広をはじめ、全国各地で学習会を開きたいという。