ジャンパーの背中に大きくプリントした「SHAT」の文字。“生活保護悪撲滅チーム”の頭文字をつなげた略称だという。下に英文で「不正受給するような人はカスである」と綴っていた。自立しようと踏ん張っている受給者がもし読んでいたら、どんな気持ちがしただろうか。

2007年秋〜冬ごろ、ローマ字で「保護なめんな」などとプリントした「SHAT(生活・保護・悪撲滅・チーム)」ロゴ入りジャンパーをつくる。計64人が購入。単価は約4400円

 上の写真をご覧いただきたい。問題のジャンパーは中国製のシャカシャカする素材で、黒地の左胸に黄色いエンブレムをあしらっている。「悪」という文字の上に、江戸時代に罪人らを召し捕る道具として使われた「刺股(さすまた)」を交差させた勇ましいデザインだ。縦長の逆三角形で縁取るデザインや色合いは警察のエンブレムに似ている。ローマ字で「保護なめんな」と入っている。

 神奈川県小田原市の生活保護担当職員が2007年、自腹を切って市内の衣料品店に発注した。追加オーダーで代々受け継がれ、これまでに購入した職員は計64人。一部の職員は着用して受給者宅を訪問することもあった。

「作製当時の担当者に確認すると、職員のモチベーションを上げる目的でつくり、受給者を敵視する意図はなかったと言う。しかし、文言などが不適切なので着用を禁止しました。所有者には、OBを含めてプライベートでも着ないように申し入れました

 と同市生活支援課の栢沼(かやぬま)教勝課長は話す。

 不適切な文言は背中にもある。ひときわ大きな「SHAT」の文字は、不正受給を許さない「生活・保護・悪撲滅・チーム」の略称という。さらに、英文で次のような“決意表明”が綴られている。

《私たちは正義で正しくあるべきだ。そして小田原市民のために力を尽くすべきだ。不正を見つけたとき、追及し、正しく指導する。不正受給をし、市民を欺くのであれば、私たちはあえて言おう。不正受給をするような人はカスである、と》

 言うまでもなく不正受給は許されない。一部の不届き者のせいで、懸命に生きるまじめな受給者が白眼視されるようなことがあってはならない。しかし、受給者の生活再建などを支援する職員が背中で不正受給者を「カス」呼ばわりし、「保護なめんな」と主張するのはいかがなものか。

「窓口に出るのが怖くなった職員もいた」

 市職員側の言い分はこうだ。少なくとも「なめんな」については受給者や不正受給者に向けた言葉ではない。生活保護の担当職員が「自分たちは仕事にプライドを持って頑張っているんだ」と市庁内の他部署の職員に向けてアピールしたメッセージだという。

「受給者には問題を抱えている人が多い。粗暴な人もいる。生活指導中に暴言を吐かれて心が折れてしまう職員もいる。そんな状況下で“切りつけ事件”が発生したんです」(前出の栢沼課長)

 2007年7月15日、保護費支給を打ち切られた当時61歳の男性受給者が市の窓口に怒鳴り込み、男性職員3人に軽傷を負わせた。ひとりは持っていた杖で左腕を打たれ、別の職員は懐から取り出した業務用カッターナイフで左わき腹を切りつけられた。カッターを取り上げようとした職員は手にケガを負った。

「切りつけた男性は不正受給者ではありませんでした。賃貸アパートの大家とトラブルになり、契約更新できなくなった。住居がないと生活保護を受けられなくなるので“無料低額宿泊所”を案内した。ところが、入所に必要な面談に来ず、生活実態がつかめなくなったため、保護費支給を止めました。それに激高したんです」(栢沼課長)

 目の前で起きた襲撃事件に、窓口に出るのが怖くなった職員もいた。市は職員の命を守るため、庁舎に警察OBを配置し、生活保護などの窓口近くには刺股を置くようになった。「悪を許さない」という意識が高まったという。

「事件の数か月後にジャンパーをつくっています。他部署の職員から“あんなところに異動したくない。切りつけ事件まで起こり、ごくろうさんなことだ”と思われるのが嫌だった。必ず異動希望者が出る不人気部署なので担当職員を鼓舞する狙いだった」

 と前出の栢沼課長は話す。

「うしろめたさがあったと思われても仕方がない」

 それを信じてもなお、ジャンパーの文言には疑問が残る。問題のある部分が意味の読み取れない略語か英語表記だからだ。突き詰めて質問した。

──「悪撲滅チーム」「不正受給はカス」となぜ日本語で表記しなかったのか。うしろめたさがあったのではないか。

そう思われても仕方ありません。そんな発想にも思い至っていなかったのが情けないかぎりです」(栢沼課長)

──チームの略称としては「SHAT」でなく、悪と撲滅を分けて「SHABT」のほうが自然ではないか。

「SHATと書いて『シャット』と読ませていた。SWAT(スワット=米国警察の特殊部隊)をまねたようです。撲滅の『B』を入れると読みにくくなってしまう」(同)

 これでは“警察ごっこ”と大差ない。左腕には識別番号とコードネームのような職員のあだ名まで入っていた。

 ジャンパー問題の発覚後、市が調査すると、「SHAT」のロゴが入った夏用ポロシャツやマウスパッド、マグカップなど関連グッズが出るわ出るわ……。詳しくは写真ページ(週刊女性PRIMEのサイト内)にまとめた。

「最初にジャンパーをつくった10年前は、職員が着用して受給者を家庭訪問するようなことはなかった。亡くなった独居老人宅の後片づけ作業などで着用していた。やがて文言の意味を伝えることなく、新たな職員にA4のプリントで機械的に購入希望を尋ねるようになり、『SHAT』がひとり歩きし始めてしまった。この問題が報道で指摘され、背中の英文を和訳してガク然としました」(栢沼課長)

「画期的な決断です」

 弁護士や社会福祉関係者らでつくる市民団体『生活保護問題対策全国会議』(大阪市)は小田原市に再発防止を求める文書を提出した。

 同会事務局長で日弁連・貧困問題対策本部事務局次長を務める小久保哲郎弁護士は、「学生のサークル活動のようなノリですよね。なぜ、これほど長いあいだ問題視されなかったのか」と話す。

 小田原市の姿勢は改善されるのか。同市は一連の問題を検証するため、有識者らを交えた検討会を開く。そのメンバーについて評価できる人選があったという。

「元生活保護受給者が選出された。これは画期的な決断です。当事者は言われっぱなしで、意見を聞いてもらえることはまずありませんでしたから。大きな一歩前進ととらえています」(小久保弁護士)

 同市には8日現在、計2143件の意見が寄せられている。市に批判的な意見が1115件。「いまから殺しに行くから待っとけ」と犯行予告まがいの電話もあった。「不正受給を許さないという立場は間違えていない」などと市を擁護する意見は973件。「ジャンパーを売ってくれ」「どこでつくったのか」などと脱線する意見も55件あった。

 一方、市内の生活保護受給者からの意見は「それが1件もないんです」(前出の栢沼課長)という。言いたいことを言えないのかもしれない。言う気力がうせているのかもしれない。声なき声に耳を傾ける姿勢が求められる。