毎月最終金曜日は午後3時で終業し、余暇を楽しもうと呼びかける官民一体の取り組み「プレミアムフライデー」が初施行された。働き方改革と消費促進を狙った安倍政権の目玉政策のひとつだが、果たして恩恵を受けた人はどれだけいたのか?
《心を無にする。プレミアムフライデーに、座禅を組みました。慌ただしい毎日ですが、久しぶりに静かなひと時を過ごし、すっきりと落ち着いた気持ちになりました。この後、上野の博物館に行ってみようと思います》
安倍晋三首相は2月24日金曜日の午後、公式ツイッターでそうつぶやき、東京・谷中の『全生庵』で瞑想にふける画像をアップロードした。上野に移動し、国立西洋美術館前で屋外ミニコンサートを鑑賞。金管五重奏による『おおシャンゼリゼ』に拍手を送り、東京国立博物館で短編映画と特別展『春日大社千年の至宝』を楽しんだ。さすがに詰め込みすぎだろう。
“プレミアム”にした理由は?
初の実施日を迎えた「プレミアムフライデー」は、企業が従業員に“毎月、最終金曜日は午後3時に仕事を切り上げましょう”と早帰りを呼びかける官民一体の取り組み。英語にすればおしゃれと思っているのかもしれないが、まず何がどうプレミアム(高級)なのかわかりにくい。
「働き方改革の側面がクローズアップされていますが、経団連が消費拡大策として提案したのがきっかけ。地方の商工団体などを巻き込んで国民的イベントに育てたいということでした。しかし、小売業の反応は“安売りはやりたくない。価格競争は厳しく需要の先売りになるだけ”と冷ややか。そこで、日ごろ消費しない高級なものを提案することにしたんです」(経済産業省・流通政策課)
最近では旅行やエステ、スポーツ観戦などかたちのない商品の消費が伸びていることもあり、「豊かな時間を過ごしましょう」(同課)と呼びかけることになったという。
まとめると、せっかくの早帰りなんだから贅沢しませんか? ということ。しかし、企業に対する強制力はないため、だれもが平等に早く帰れるわけではない。勤務先企業の業態や風土、業績、労使関係などによって“明暗”が分かれ、同じ会社内でも職種によって帰れない部署もある。
街頭取材すると、こうした温度差が小さな悲劇を生んでいることがわかった。
「導入企業ですが、僕の職場は最初から“どうせ帰れっこない”と、みんな諦めていました。明るいうちから酒に酔ってみたいですよね」(IT関連企業の32歳男性会社員)
同僚が仕事に追われている中、先に帰るほうもさぞバツが悪かろう。
給料日前の金欠では意味がない
また、余暇の過ごし方は人それぞれ。座禅はひとりで組めるが、仲間とワイワイしたい人はそうはいかない。
「午後3時終業になったものの、私はもともと午後7時から“女子会”の予定が入っていたので、どこで時間をつぶそうか困っています」(不動産会社の52歳女性会社員)
ひとりで先に始めているわけにもいかず、友達の仕事が終わるのを待つしかなかった。
「来月は3月31日? 年度末ですか! すべての取引先にお知らせしているわけじゃないし、だれも電話に出ないわけにはいかないでしょう。来月は帰れないと思います」
と、前出の女性会社員。
最終金曜日にこだわらず、1週間前倒しするわけにはいかないのか。経産省に聞いた。
「それは無理ですね。統計上、最も消費活動が活発になるのは給料日(毎月25日)直後の金曜日。それを勢いづかせるのが最大の狙いですから」と同省流通政策課。
給料日前の金欠では意味がないということか。あくまで浮いた時間で飲食や旅行、レジャーなどでお金を使ってくれ─という本線は崩せないらしい。
プレミアムより定時帰りを徹底して!
さて、世の中のビジネスマンは早帰りできたときにどんなことをしたいのか。
「アジアなど近場の海外でひとり旅をしたい」(通信企業の51歳男性会社員)
「家族で北海道旅行に行きたい」(同僚の34歳男性)
「ひとりでゆっくり流行りの映画を見たい。子どもと『ドラえもん』の映画とかじゃなくて」(不動産業の39歳男性)
「楽器を習いたい」(証券会社の30歳女性会社員)
しかし、いずれのケースも勤務先はプレミアムフライデーを導入しておらず、実現のめどもなし。むなしくなる質問をして申し訳なかった。
金融関係の32歳女性は、「うちの会社が導入したらショッピングを楽しみたい」と話し、医療機器メーカーに勤務する夫(33)は、「家でのんびりしたい」と即答。
「プレミアムなんかより定時帰りを徹底してほしいですよね。有給休暇を消化できるようにするとか」とつけ加えた。
主婦はだれが休みにしてくれるの!?
苛立ちを隠さなかった人もいる。45歳の専業主婦はまくし立てるようにこう述べた。
「わが家には関係ありません。主婦はだれが休みにしてくれるんですか! 掃除や洗濯はだれがするんですか! 夫の会社は導入していませんけど、万が一、導入したとしても働けって言いたいですね」
食品関連企業の女性会社員(24)は「転職するつもりだからどうでもいい。次の会社は導入企業かどうかチェックしますよ」と、きっぱり。
そもそも日本経済を支える中小企業は全企業の99・7%を占める。大手企業など約1300社を束ねる経団連が主導し、官公庁が追随しても、中小企業が乗ってこない限り、国民的イベントに育てるのは難しい。
ましてや、すべての大企業が導入したわけではないから、対象者はきわめて限定的といえる。本当に消費活動は上向くのか。
時間がないからではなく、お金がない
中央大学の山田昌弘教授(家族社会学)は「消費が低迷しているのは時間がないからではなく、お金がないからなんです」として、次のように話す。
「プレミアムフライデーで消費しても、別の出費を削るだけです。サラリーマンのお小遣いはバブル期の半分の月4万円弱で、使える金額は決まっていますから。どうして、お金持ちの発想しかできないんでしょうか」
“花金(花の金曜日)”などは、遠い昔の話。解決するには企業の雇用努力が必要だという。
「労働時間を短縮したり、残業を減らしたら、企業はそのぶん人を雇わなければいけない。1人あたりの仕事の総量を減らさずプレミアムフライデーをやっても、ほかの曜日で残業時間が増えるだけじゃないですか。働きたい主婦や高齢者に門戸を開くなどワークシェアリングして、労働力を補わなければいけません」(山田教授)
高級な金曜日──。だれもが享受できるようにならなければ心から楽しむことはできない。いまのところ、安倍首相がエンジョイするところを見せつけられただけ?