「金を貸してくれ」
当たり前のように頼んだ孫を、祖父は突き放した。
「お前は家族じゃない! 赤の他人だ!」
バッサリ切り捨てられカッとなった会社員の山本裕也容疑者(23)は、手にしたハサミで、親代わりとして一緒に暮らしていた時期もある祖父、山本一夫さん(89)をメッタ刺しにした。抵抗できない祖父に、何度も何度もハサミを突き刺す孫……。
司法解剖の結果、一夫さんの死因は血液吸引による窒息死。顔面や頭部にはおびただしい数の傷があり、脳に達するものも一部あったという。
2月16日、東京都調布市の都営アパートを訪ねた介護ヘルパーが目にしたのは、血まみれでベッドに倒れている一夫さんの姿だった。
2月27日に逮捕された山本容疑者は当初、「知らない。どうでもいい」とうそぶいていたが、一転して祖父を殺害し、約2万3000円を盗み逃走したことを認めた。逮捕されるまで、知人宅に潜伏していたという。
年金支給日に現れる孫
一夫さんの行きつけだった近所のそば店店主が話す。
「来るときは毎日来ていましたね。やさしくて感じのいい方でした。孫とも2度ほど一緒に来たことがありましたね」
一夫さんは手押し車を押して、よく立ち寄り、店主との会話を楽しんでいた。
「孫に金をせびられるとは、言っていましたけど、全然嫌そうじゃなかった。一緒に来たときもうれしそうにしていて、トラブルなんか全然感じなかった。やっぱり、可愛かったんじゃないかなぁ」
と、そば店店主は推し量るが、年金生活者の祖父のもとを山本容疑者が訪ねるのは、決まって年金支給日(=偶数月15日)だったという。
一夫さんに対する思いを、山本容疑者から直接聞いていた人物がいる。東京・歌舞伎町のホストクラブに勤めていた元同僚だ。
「前はおじいちゃんと一緒に住んでいたみたいです。仲はよくないみたいで、“あいつは嫌いだ”“早く出て行けと言われた”って言ってましたね」
山本容疑者は2015年9月ごろからホストとして働き始めた。源氏名は『大虎小虎』。
「友人と2人で、1日体験で入店したんです。友人はカッコよかったんですが、入ったのは小虎だけ。ボーッとしているし、人の話も聞かない。服もダサいし、よく入店できたなって思いましたね」
周囲があきれるほどのホスト不適格者だったが、憎めないところもあったという。
元同僚が続ける。
「着ていた服も先輩からのもらい物。先輩にキャバクラや飯に連れて行ってもらうなど、よく面倒見てもらってました。
仕事中に居眠りしたり、お客さんの話もろくに聞かないで、ベロベロに酔っぱらうこともしばしばありました。女の子のフードを食べまくって、“ふざけんな、お前、もうつかなくていいから”ってキレられていましたね」
山本容疑者が元同僚に語った身の上話によると、両親は蒸発し施設に入っていた、母親が亡くなり財産分与で30万円ほどもらったがキャバクラで散財した、バイクでひったくりをやろうとして強盗罪で捕まったことがある、など。不運もあるが、祖父が「お前は家族じゃない」と突き放す気持ちも無理はない。
仕事はまったくできないうえに、金にルーズだった。
「服を買う金とか貸していたんですが、何度も取り立てないと返ってこないんです。
パチンコで負けたときも1万円貸したんですが、あっちからは返さない。しつこく催促していたら1か月後にやっと返ってきましたよ」(元同僚)
このことからも、羽振りのいいホストとはほど遠い暮らしぶりとわかる。だが、金を工面する悪知恵だけは働いた。
「仕入れ先の酒店にひとりで行き、1本数万円以上もするオーパス・ワンっていうワインを店名義で購入し転売していたんです。発注量が多いので、バレますよ」(元同僚)
金に困った山本容疑者は、昨年1月ごろからバーでも働くようになった。ホストクラブの客を連れてきたら、その売り上げの何%かをキックバックする、という取り決めだったが、成果は散々。
バーの店長が振り返る。
「金がないのか、切羽詰まった感じはありました。愛嬌もあるし、敬語も使えるからまあいいかなと思ったんですが、全然ダメ。ガンガン飲ませればいいのに、安くしますよって優しい男を演じて接客する。
借金があるって話してましたね。酒を盗んで売った話も、何人かでやったけど自分のせいにされた、と。いろいろ言ってましたけど、まあクズな人間だなってのは、何となくにじみ出ていましたね」
祖父に関するやりとりもあったと店長が続ける。
「身寄りがおじいちゃんだけなんですっていうから、親代わりなんだから大事にしないとって話したんです。そしたら“本当にそうですね”って言ってましたよ。それが、こんなこと……。ニュースを見て、あぁやっちまったかって思いましたよ」
しばらくの間、ホストクラブとバーのアルバイト(通算出勤日数は10日未満)を掛け持ちしていた山本容疑者だが、昨年4月末ごろ、突如ホストクラブから姿を消した。
再び元同僚の話。
最期は孫に殺されるなんて…
「ワインを転売してもクビにしない優しい店で、給料もちゃんと払っていました。借金は100万円以上あったんじゃないですかね。ホストとして売れたら返してくれたらいいよって。ホストクラブから姿を消した後、バーに給料を取りに来たことがあって、バーの人から連絡をもらって連れ戻しに行ったことがあったんです。その夜、店の幹部に焼き肉をごちそうになって、もう1度やり直そう、と寮に一緒に帰ったんですが……」
朝になったらもぬけの殻。山本容疑者はすでに、建設会社に職を得て、その寮に身を寄せていたようだ。
元同僚が、次に山本容疑者の姿を見たのは、逮捕を伝えるテレビ画面の中だった。
「正直、びっくりしましたよ。犯罪に手を染めても窃盗ぐらいだと思ってましたから。89年生きて、最後は孫に殺されるなんて、心が痛みますよね。おじいちゃんにも俺たちにも、恩を仇で返して、本当のクズになったなって思いましたね」
祖父の財布から2万3000円を奪い2日後には自分の口座から給料の9万円を下ろしていたが、逮捕された際の所持金は15円だった。
わずかな額の金で命を奪い、自分の人生も台無しにしてしまった。
※文中の誤字を訂正して更新しました。