「徳島県の小さい港町に生まれたんですが、映画館が4つくらいありました。娯楽の少ない時代、家族や男ばかりの4人兄弟(大杉は末っ子)と、よく映画館に出かけていたことを覚えていますね」
メガホンをとった三村順一監督の半自伝的なエピソードを、監督の地元であり“映画の街”として知られる福岡県の北九州市で全編撮影した映画『グッバイエレジー』(有楽町スバル座ほか全国順次公開中)。今作で大杉漣は、主人公の映画監督・深山晄を演じている。数多くの作品に出演し“カメレオン俳優”と呼ばれる大杉だが、映画監督の役は、『光の雨』('01年)以来、2度目。
「三村監督と重なる部分ですか? 監督のような濃い幼少期を過ごしていないですから(笑)。僕は、どこにでもいるやんちゃな少年でした。そのころは、この国が高度経済成長期のそれほどモノも豊富ではなく、人が一生懸命に生きようとしていた時代。その空気を吸っていたのは一緒だったのかなと感じたりはしましたが」
大学進学で故郷を離れ、60歳を過ぎた深山が、親友・道臣の死をきっかけに、数十年ぶりに北九州に帰ってくるところから物語が展開していく。
ふたりで通った映画館、いつしかそれぞれの夢となった“映画”。ひとりは夢をつかみ、ひとりは破れ……。夢をつかんだ者も、“映画の時代は終わった”と肩を落とす。
単に昔はよかったとは思っていない
「僕は単に、昔はよかったとは思っていないんです。“よかったよなぁ”と、思い出話のように昔を語ることは簡単だけど、いまにどう影響していて、これからどうしようと思っているのか、ということを自分自身に問うんですね。
その部分は深山にも重なっていて、どうしようか考えたことで、道臣のために映画をつくろうと決意する。人は、目標ができると頑張ってみようと思うんですよ。それは、いいことだと思う。
いまより少し濃密であったように感じる昭和時代の人間関係を知りつつ、やはり平成のいまを生きることも問わないといけないと思う。こういう仕事をやっていて、自分はどう生きているのかということを、映画を通してですが、改めて考えたりもしました」
作品では、故郷でふたたび取り戻す友情とともに、深山と母親の絆(きずな)についても描かれている。
「独特ですよね、あのふたりのシーン。いまでも、よく覚えています。(母親役の)佐々木すみ江さんとは、何度もご一緒させていただいていて、本当に敬愛している素敵な女優さんです。監督の思いも非常に大きかったんだと思うんですが、テストをしたときに“ここは、ワンカットでいきたいんです”とおっしゃって。7分くらいのシーンになると思うんですが、緊張感のある長回しになりました。
決して器用に振る舞う母親でもないし、息子も無骨にしか母に接することができないけれど、精いっぱいの言葉をお互いに投げかけたんだと思うんです。本番中、途中で監督がどこかへ行ってしまったんです。どうも、その場に居づらかったようで、モニターの前ではない違う場所から“OK”の大きな声がかかりました。フィクションなんだけれども、監督の体験を描いたドキュメンタリーのような。そういう体験をさせていただきました」
新たな一歩を踏み出した親子の姿が、心に強く残るシーンとなっている。大杉に、自身の両親について聞くと、
「僕の父は他界しましたけど、あまり父と会話らしい会話をした記憶がありません。高校の校長を長年やっていまして、酒と釣りが大好きな人でした。父は僕と違い、本当に寡黙(かもく)な人でした(笑)。それでも、僕の中にはしっかり父親の存在があります。
母親はいろいろなことを言ってくれましたね。母は、京都の出身です。僕は、映画やテレビの仕事をするようになるまで、ずっとアンダーグラウンドの芝居をやっていて、母は、東京にその舞台を見に来てくれました。そのときに、必ず僕のことをほめてくれるんですよ。たとえ、どんなに小さい役でも、“おまえが一番よかったわ”と必ず言ってくれる母親でした」
自分では「そんなによくないってわかっているんですよ!」と、少し声の調子に勢いをつけながら、
「そんなんウソやろ! って思うんだけど、子どもを励ますということをずっと貫いていましたね。ベタな話ですが、やっぱりうれしかった。劇団の諸先輩がいっぱいいらっしゃる中で “おまえが一番よかったわ”って、恥ずかしいじゃないですか。でも、そうやって、ずっと応援してくれる母でした。その母も他界しましたけど、最後の最後まで、僕の出ている舞台や映像を見てくれて、楽しみにしていてくれたところはありましたね」
いまは、家族が大杉の作品を見てくれている。
「最近でいうと『嘘の戦争』(フジテレビ系)とか『【ドラマ24】バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』(テレビ東京系)というドラマに出演していますけど、身近な人が見てくれていて、いろいろ言ってくれるのはありがたいですね。身近な人の言葉は厳しいところがあるんですよ(笑)。ずっと、見ていてくれているから。ちゃんとうなずいてくれるような仕事ができれば、いいかなっていうのは、常々考えています。ひとつとして手を抜けるものはないし、ちゃんと向き合わないといけませんからね」
超多忙な俳優の健康の秘訣とは
健康であってこそ、仕事ができる、と語る。サッカーに、ウォーキング。そして、事務所のスタッフからの「ちょっとお腹でてきました? 気をつけましょう」という、チクリとくる言葉で体調を管理している。
「家で、ダラーッとしているのも好きですけど、ダラダラしていると娘に怒られます(笑)。時間を見つけては、サッカーの試合をやったり、見たり、音楽のバンドもやっていて、5月に徳島でライブをやります。
みんな、手間のかかることなんですよ、音楽をやるにしても。いきなりできるものでもないし、ひとりでギターを背負って、スタジオに行ったりしているんです。“このおじさん、なんやろ?”って思われながら。アコースティックギターを背負いながら若い子たちに混じって、ひとりスタジオにいると、“オレ、何してんねん、ここで”って思うときもある。でも、そういう時間が僕にとっては、いいひとときなんです。だから、ギター背負って、自転車に乗って、近くのスタジオに行きます。全部、自分でやります。
自分でスケジュールを組んで、これからどうするかってことを含めて考えることが楽しいんです」
タイミングが合えば、サポーターである徳島ヴォルティス(J2)の試合にも、飛行機に乗って出かけるのだそう。
「ごくふつうのサッカー好きなおじさんなんで(笑)。サッカーファンにはたまらない、ゴール裏ではない、斜め45度から見れるいい席があって、そこから観戦するんです。スタジアムグルメも地元の方との会話も楽しいですよ。どのくらいサッカーが好きか、伝わりましたか?(笑)」
座右の銘は“見る前に飛べ”。まず、やってみる。そこでしか味わえないものに喜び、ときにはちょっと躓(つまず)いたりすることもあるが、すべてが身につくと思っている。
そう、過去と未来に続く“今を楽しむことができる”大杉だからこそ、たくさんのオファーが舞い込むのだろう。
最後に、少し聞きにくかったことを。今作で大杉演じる深山の同級生で親友・道臣を演じるのは、吉田栄作。実年齢では、18歳の差がある。共演シーンはなかったですよねと質問すると、
「残念ながら、なかったんですよね。“同級生役”ですからね。いちばん驚いたのは、吉田さんと僕ですから(笑)。そんなこともあるんですね、映画には」
“バイプレイヤー”たちのこぼれ話
とくに映像関係の仕事の人から「見ています」と声をかけられたという『【ドラマ24】バイプレイヤーズ〜もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら〜』。
「6人の中で年がいっているだけで、“リーダー”なんてことは、なにも。いちばん、しっかりしていない小学校3年生って言われましたよ。遠藤憲一さんも一緒に(笑)。お母さんが、松重豊さん。彼は、しっかりされていらっしゃいますね。
みんな(田口トモロヲ、寺島進、光石研も含めた)撮影が遅く終わっても、ホテルに帰らない。一緒にいたいんです。そろって居酒屋に行くと、店員さんは、だいたい二度見しますね。素晴らしいのは、割り勘なこと! やりたいという気持ちが勝った奇跡の集結でした」