メールやSNSが主流の今だからこそ、大切な人ヘは直筆の手紙を送りたい。筆まめとして知られる8人の著名人に、手紙へ込めた思いを聞いた。
「たいへん厚かましいお願いですが、あなたのお手紙を見せていただけませんか」
美容家・IKKOさん「倒れそうになりながら……」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「私、自分では “筆まめ” だとは思っていないんですよ。今回のように感謝の気持ちを伝える手紙を出すときはとても慎重なんです。1回でサラッと書けることはまずありません。必ず師事している書の先生にチェックしていただいて、さらに練習を重ねて何回も書き直して、ようやく納得のいくお手紙をしたためます。ここぞというときに出すのが手紙なんです。
一方で、ご挨拶状に関しては毎日のことなので、もう少し気負わずに自分らしく書いています。日常的にお仕事をご一緒するみなさんには、小さな半紙に毛筆で《本日はどうぞよろしくお願い申し上げます》と書いたものを巻物にして、直接お会いしたときに渡します。それが私なりの礼儀。枚数が多いので、忙しい時期は半分倒れそうになりながら、仕事の前日までに用意します」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「19歳で九州から上京してすぐのころ、今は亡き父からもらった手紙が忘れられません。美容師として修業中の身でね。慣れない住みこみ生活が苦しかったこともあった。人間関係が全然うまくいかなかったんですよ。そんなときに届いた父の手紙には《先輩に可愛がられるスタッフにならないとダメだ。それがお前のこれからの人生でいちばん大切だ》と書いてありました。
当時はピンとこなくて、ちゃんと理解できたのは30代で経営者の立場になってから。私の頑固で不器用な性格を知ったうえでの助言だった。手紙に書かれた言葉は不思議といつまでも覚えているんですよ。本当に “言霊” だなって思います」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「手紙とは魂を込めて書くものだと思います。お世話になった方々に感謝を込めるなど、目的はいろいろあるけれども、心を伝えるいちばんの伝達方法だと思います」
倶楽部『薄雲』女将・遠藤洋子さん「”ツケ”に和歌を添えて」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「新しい名刺をもらったら必ず手紙を書いています。毎日の生活の中に溶け込んでおります。私が手紙を書くときは、前後どちらかに和歌を入れます。本歌取り(古歌の語句などを取り入れて歌をつくること)してみたりして。手紙の文章と和歌のバランスをとるのも楽しおす。そうすれば、書く内容があまりなくてもスペースは稼げますからね(笑)。基本的に筆記用具は筆と硯です。便箋ではなく、巻紙に草書体で書きます。
最近、23年間やっていた京都祇園のお店をたたんで東京で新しく倶楽部をオープンしたばかりどす。しばらく手紙を書く機会が増えそうどすね。お客様は100%売りかけ(ツケ)どすから、毎月、請求書を送るのに手紙を添えるんどすよ。たたんだ手紙の中に請求書を入れて送るんどすけど “ここの請求書は立派やからもらいがいがある” と言ってもらっております(笑)」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「《こんなおもてなしをしてくれてありがとう》という手紙をお客様からいただくと、泣くほどうれしおすね。最近、京都の常連さんから《祇園のお店があったところを通りかかったらやっぱり何も無くなっていて寂しかった》という手紙をいただきました。うちら京都人はオブラートで包みます。普通、手紙には書かないようなことをダイレクトに書いてこられるとドキッとします」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「手紙はワンテンポかかるのがよろしゅおすね。投函した1日あとに読むというのが。余韻を楽しめるところが好きなんどす」
ミステリー作家・長岡弘樹さん「自撮り写真でユーモアたっぷり」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「お中元やお歳暮のお礼状、年賀状などは自撮り写真つきのハガキを使います。いざ書くとなると凝り性になってしまって、受け取った相手に楽しんでもらいたい気持ちが先立ち、おもしろくしようと頑張っちゃうんですね(笑)。温泉旅行のヌード写真や、ニャンコが僕の顔に悪さを働く写真など、写真選びは一大イベント。直筆のひと言も必ず添えるようにしています」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「小学4年生のとき、友達グループのひとり、斎藤くんが転校することになり、残った5人で “それぞれ手紙を送ろう” と約束しました。でも僕はどうも面倒くさくて。 “書いた” とウソをついて出さなかった。後日、自分にだけ返信が届かなくて、みんなで見せ合おうという話になったところでバレましてね。因果応報ですが、責められましたね。それ以来、 “筆無精” と “ウソつき” はろくなことがないな、と学びまして。今、もらった手紙には、なるべく手紙で返すようにしているのはこの事件を引きずっているからかもしれません(苦笑)」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「お風呂みたいなものですね。好きだけど、寒い日は服を脱ぐのがおっくうで面倒に思ってしまう。でも、入ってよかったと後で必ず思えます。手紙もいざ書こうと思うと座禅で気を鎮めるところから始まり、言葉選びや誤字に躓いてすごく時間がかかるので面倒なんです。それでも、書き終えてポストに投函したとき “書いてよかった” と、しみじみ思えることが多いんですよね。
また、筆跡でどんな性格か推測できるのも手紙の面白さ。以前、すごく頭のキレる知人が小学生みたいなガチャガチャの字を書いてきて驚きましたが、 “天才ほど頭の回転に字が追いつかなくて汚くなる” なんて説もあります。自分の字も同じように分析されると思うと、やっぱり怖いし毎回、緊張を強いられるものですね」
京菓匠『笹屋伊織』十代目女将・田丸みゆきさん「お菓子の絵で季節感」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「小さいときから手紙が好きで、今も巻紙に毛筆で書いたりもします。本当に親しい人にはほとんどメールですが、もう少し心を伝えたいと思うときは、直筆のほうが温かさが伝わると思っています。請求書にも一筆箋を添えています。
最近では、絵手紙も多くなりました。和菓子屋ですので、四季のお菓子の絵を私が描いて、ハガキにコピーして持ち歩き、必要なときに筆でひと言書き添えて出します。例えば、出張先でご馳走になったときは、ホテルに戻ってすぐにひと言書き入れてフロントへ持っていきます。あとで手紙を書こうと思っても筆をとる時間がなかったりしますからね。《ごちそうさまでした。楽しい時間をありがとうございました》というくらいの文を添えるんですよ」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「私は短大卒業後、野村證券に入社しました。仕事はお客様に商品をご案内する投資相談課で、電話外交もしていましたが、なかにはまったく電話に出てくださらないお客様もいらっしゃいました。私は、そのようなお客様に何度もお手紙を差し上げました。
すると、そのお客様が私の手紙を手に “こんな手紙を書く人はどんな人なのか会ってみたくて来た” と店頭にいらしたんです。 “ありきたりの文章ではなく、いろいろなことが心に伝わってきて、この人の言うことだったら話を聞いてみようかと思った” と。 “絶対無理だ” と言っていた上司も驚いていましたね」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「お返事は求めずに、気持ちを伝えるもの。お中元や、お歳暮を私は手持ちで持っていくことが多いんですが、先方と特にお約束はしていませんから、直接お渡しできないこともあります。そんなとき、一筆箋かカードに《いつもお世話になっております。みなさんでお召し上がりください》とひと言書いてお渡しするんです。その人のためだけに書くことで心も伝えられる、そう信じています」
女優・筒井真理子さん「”好きだ”の文字がないラブレターで知性を感じた」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「手紙は大学生のころから大好き。切手とハガキの組み合わせを考えるのも楽しいですよね。ハガキはついたくさん買っちゃうので、季節ごとに仕分けしてファイルにまとめています。字がきれいに見える筆記用具を集めるのも好きですね。
仕事が終わった後、ちょっと思いついた相手にハガキを書くことが多いです。相手の顔を思い浮かべながら書くのは楽しいですよね。ロケで地方に行ったときなんかは、《京都にて》なんて入れちゃってね。でも、私ドジで京都の “都” の字を間違えて “者” だけにしちゃって、あとから “ああ、京者から届いてたよ” なんて言われたり(笑)」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「今回、手紙を書いた恩師は中学の英語の先生です。出身地の山梨の県立図書館で朗読のイベントに招かれたとき、先生が花束を持って来てくれたんです。 “あなたはナイーブで大丈夫かな~と思うような、ちゃんと生き抜いていけるか心配な子でしたね” なんて言われて(笑)。
大学生のころ、1度だけラブレターをもらったことがあるんです。便箋2枚にわたって、私をどこそこで見かけたという景色が書いてありました。印象的だったのは、好きだとか暑苦しいことは一切書かずに、彼が見た私がいる景色だけを書いただけのスパーッとした切れ味の文章だったこと。頭がキレる人なんだろうなと思って、会ってみようかなという気になりましたね。実際、ちょっとお付き合いはしたんですけど(笑)」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「いい距離感をもったツールですね。ふわっと来てふわっと返せる伝達手段。ひょっこりやって来るというか。相手の時間の邪魔をしないで気軽に “あ、ちょっと寄ったから” みたいな感じ、それがいいんですよ」
干物専門仲卸『村和』三代目・村山浩三さん「うつ病で入院中の母へ」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「築地でのうちの商売は今もアナログ。お客さんの注文どおりに品物がそろえられなかったときのご連絡、値上げのお知らせ、仲よくなりたい取引先へのご挨拶などすべて手書きの手紙です。昨年、豊洲市場での場所を決める店舗抽選会で3社の鮮魚屋の社長から “一緒に組もう” と事前に誘われましたが、手紙でお断りしました。築地には仲のいい店同士が組んで抽選することがよくあります。でも3社とも鮮魚を扱うだけあって気性が荒い。干物屋は少し離れて平和にやれるほうがいいと思ったんです。
面と向かって詫びても、互いに忙しいなかで本心が伝わらないと思って、手紙に託しました。《本当にあなたのことが大好きだけど、今回はごめんなさい》と。大切な話は、手紙がいちばん真意が伝わると思っています」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「子どものときは、両親や祖父母の誕生日にはプレゼントに手紙を渡しました。兄の結婚式ではご祝儀に包めるお金がなくて、かわりに感謝の気持ちを手紙にしましたね。《出世払いで勘弁してください》とひと言添えて。僕は反抗してばかりだったので、よけいに兄は感動して号泣したと言っていました。学生のころは、悪いことをしたときに “なぜそんなことをしたか” 手紙で両親に告白するのにも手紙を使っていました。26歳で出会った奥さんには毎晩、日記のような手紙を綴っていたようです。人見知りなので、手紙という手段で相手との距離をとろうとしてきたのかもしれません」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「手紙はハガキ、便箋選びからどんなペンを使って書くか、どんな字で何を伝えるのか、すべてがそのときの自分の心の表れだと思っています。素直に気持ちや情熱を表すことができて、自分の人間性をわかってもらえる最高の手段ですね」
俳優・大村崑さん「小林幸子さんへ食事のお誘い」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「僕らの世代は、筆でチャチャッと手紙やハガキを書くのが普通。サインも筆でしか書きませんからね。
余談ですが、僕は年賀状をたくさんいただくんやけど、最初にやる作業は大量の年賀状の束から、直筆で書いたものだけ抜き出すこと。あて名も手書きのものをね。で、印刷しているものはゴムで縛ってどける。オール印刷の年賀状には返事は出さない。年賀状じゃない普通の官製ハガキに返事を書いていく。《遅い年賀状ですんません。賀状ありがとうね。元気でっか?》というふうにひと言。2~3月はずっとその作業ですね。えらそうに思われるかもしれませんけど、たいがい僕がいちばん年上やから許してもらえるでしょ。
旅先ではホテルの便箋を使って書きます。《ここにいます》ゆうてアリバイみたいなもんやな。夜中にフロント行って “出しといてや” とね。友人からもらってもうれしいから、きっと喜んでくれるとちがいますか」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「僕はね、文房具屋さんが大好き。東京に来たときも必ず大きな文房具屋さんに行きます。行くだけじゃなくて当然買うからわが家は文房具だらけですわ。妻に “あなたが死んだらあの山のような文房具もお棺に入れますから” なんて言われてますよ(笑)」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「自分の心の一部をお見せする手段。手書きの手紙だから伝えられる。書きながら “どないしたら笑かせるやろ” とか “どないしたら喜んでくれるやろ” なんて相手の顔を思い浮かべながら書いてるのは楽しいね」
歌手・小林幸子さん「オリジナルの手紙グッズでお礼を伝えます」
Q1.普段はどんな手紙を書きますか?
「プレゼントをいただいたときや、仕事でお世話になった方にお礼を伝えたいときに書きますね。書く場所は、楽屋だったり、事務所だったりいろいろです。私はオリジナルの自分の封筒と便箋を持っているんです。あと5種類の『さっちゃんポストカード』もね。カードは一筆箋のように使います。いつも持ち歩いている筆記用具は3種類の万年筆型の筆ペンですね」
Q2.忘れられない手紙の思い出は?
「習字をちゃんと習ったことはありません。ただ、父親が字を書くのが好きで、実際上手だったんですね。代書屋になりたいなんて言うくらい。私も幼いころからそのまねをして、草書体なんかも書いていました。それから書くのが好きになったんでしょうね。
1度、ある方から手紙をいただいたんです。すぐ返事を出す必要のない手紙だったんですが、いつか返事を書きたいと思っていました。それで、2年後に返事を書いたんです。《今、いただいた手紙を読み返しながらこの手紙を書いています。あなたの手紙を励みに今日まで頑張ってきました》というふうに書いたんですね。そしたらすごく喜んでいただいた。手紙はそうやって時空を超えることもありますよね」
Q3.あなたにとって手紙とは?
「手紙は出して、受け取って、それに返事を書いて投函して、という間の時間も大切。メールなんかではあっという間に届いてすぐ返信となるけど、手紙ではそうはいかない。連絡していない時間にそれぞれの何かを育ててくれる。それが手紙ではないでしょうか」