「フリーだけがよかった。ショートがとても残念で、もっと練習を重ねなくては……」
合計321・59点で、3シーズンぶり2度目の頂点に立った羽生結弦。今季の世界選手権は、平昌五輪の出場枠がかかるとともに、五輪V2へ総まとめのシーズン最終戦だった。
「実は大きな国際大会でフリーを完璧に決めたのは、2年前の世界選手権以来。久しぶりのパーフェクトな演技でした」(連盟関係者)
それなのに、王者の口からは悔しさが漏れてくる。
「なぜ、こんなにも経験が生かされないんだろう。練習してきたことが出なければ練習したとはいえない」
3月30日に行われたショートプログラム(SP)では、トップ3が100点オーバー、5位と出遅れた羽生は、
「(冒頭の4回転)ループがきれいに決まって集中した結果がこれなので、実力が足りない」と振り返った。
本人が、「また(4回転)サルコーを失敗してしまった」と話すように、メダルの色は4回転ジャンプにかかっているといっても過言ではない。
元フィギュアスケーターで解説者の佐野稔氏も、
「今は(4回転)ジャンプを跳ばなくてはいけない時代に突入した」と話す。
その言葉どおり、五輪メダル候補たちは、みな複数の4回転ジャンプを操る。
「2月の四大陸選手権で初優勝したネイサン・チェン選手はSPとフリーで計7本の4回転を跳んでいます。コンビネーションも進化が著しく、金博洋選手は4回転ルッツのコンビネーションを公式戦で成功させるなど、上位入賞に欠かせないプログラムになっている」(スポーツ紙記者)
もちろん、絶対王者の進化も止まっていなかった。
「今シーズンは4回転の種類が増えたということが大きいですね。ジャンプの質にしても、羽生クンは他の選手よりもいいですよ」(佐野氏)
そこには、今シーズンの途中から極秘で取り組んでいた“肉体改造”があった。
「昨年10月に行われたオータムクラシックでは、スタミナ切れが見て取れました。その後、1日3食に補食をつけるほど、食事量を増やしたそうです。
体脂肪を増やしたのではなく、その分の筋肉の量を増やし、演技後半でも失速せずに攻めの演技ができるような身体を完成させたそうです。ソチ五輪のころと比べても、太ももがかなり太くなってます」(スケート連盟関係者)
もともと171cmで53kgと線が細く、海外の一部の解説者から“ペンシルボーイ”と揶揄されるほどだったゆづクン。
「ジュニアからシニアに上がりたてのころは、スタミナが足りなくて、演技後半はバテバテでした。ソチ五輪のときも、日本代表のサポーターである味の素に食事のサポートを受けていました」(前出・スポーツ紙記者)
ただ、そこには落とし穴も。過度の筋肉量の増加は、身体のキレを奪い、ケガに直結しかねないなど、デメリットも潜んでいる。
「4回転ジャンプはスタミナを使うってもんじゃない。本当に4回も5回も跳ぶ人の気が知れない(苦笑)。それくらい大変なことなんですよ。
当然、4回転の種類が増えてくるということは、前半では跳びきれない。後半であれば、採点も1・1倍になり、有利になる。でも、そのためにパワーを重視して筋肉をつけると、体重が増加する。重力に逆らうジャンプにおいて、そのプラスマイナスを見極めることが難しい。着氷時の衝撃度を考えれば、足元のケガにも注意を払わないといけない」(佐野氏)
コーチに猛反対されても貫き通した信念
すでに4回転時代に突入した今、バランスという点では、4回転ジャンプの試技回数やコンビネーションプランも大切になってくる。
羽生と同じくオーサーコーチに師事するハビエル・フェルナンデスは、「高難易度ジャンプが跳べても、演技の中に落とし込めなければ意味がない」と話し、トゥループとサルコーの2種類の4回転だけで勝負している。
「羽生選手が4回転ループを取り入れるにあたり、“できることを完璧に表現したほうが、高得点につながる”とオーサーコーチから猛反対されたんです。でも、彼は自分の信念を通した。そして、自分自身をあえて成長させるために追い込んでいるんでしょう」(前出・連盟関係者)
フィギュアスケートは一連のスケーティングの中で技を繰り出すもの。ダイナミックなジャンプだけが目立つのではなく、華麗な滑走の流れの中で自然に取り込むことでハイスコアを競うスポーツだ。
「バンクーバー五輪で4回転論争が白熱しました。金メダルに輝いたエヴァン・ライサチェクが4回転に挑戦しなかったことで、一部からブーイングを受けたが、そのときに“回転数にこだわるなら、そういう競技を作ればいい”と彼は主張したんです」(スポーツ紙デスク)
フィギュアスケートの魅力を象徴する出来事だった。
「ジャンプを追求し始めると、みんながジャンプを跳び、ジャンプがステータスになる。当然ながらプログラムは面白くなくなるものです。ところが、ある程度まで跳べるようになると、プログラムでどう見せるかというところに趣が移る。その繰り返しで発展してきているんですね」(佐野氏)
まさに4回転時代のなかで、絶対王者といえども羽生は次のステージを見据えているのだろう。
《振付師にもらったプログラムにジャンプを組み込んで“演技”するのが自分の仕事です。すべてのジャンプがきれいに決まってこそ本当に演技だといえる。だからこそ、新しい四回転ジャンプを入れ、昨シーズンより難度を上げた構成にしながらも今季まだ自己最高得点を更新できていないのが本当に悔しい》(『文藝春秋』'17年2月号)
美へのこだわりこそが、ゆづクンのスケーティング。実際、今季はショートプログラムでは毎回、振り付けが変わっていった。
「ジャンプのほかの要素、特にスピンやステップ、技間のつなぎでの手の振り付けは自分で考えているそうです。観客や審判員にアピールしたり、音をしっかりとらえて肩を上下させたり、それに合わせて指を鳴らす仕草を取り入れたりと、ジャンプだけではない部分にも重点を置いて競技に臨んでいるんです。まさに美を追求し続けてるんですよ」(前出・スポーツ紙記者)
プレシーズンを最高の形で終え、いよいよ来年2月に平昌五輪が開幕する。貪欲に進化を追い求める絶対王者が、大一番で日の丸を真ん中に掲げてくれるはずだ。