黎明期からのネットを知る筆者にとっては感慨深い話です(撮影:今井康一、尾形文繁)

 ほんの10年ほど前までテレビや新聞、雑誌といったマスメディアの中には、「ネットネタ=忌避すべきもの」という風潮があった。

 ところが、いまや時代は大きく変わった。NHKの朝のニュースやフジテレビの「情報プレゼンター とくダネ!」のような高視聴率の人気情報番組が、YouTubeに投稿されたおもしろ動画を流し、番組の一構成要素にしている。

「情報7days ニュースキャスター」(TBS系)では、「ニュースワードランキング」と題し、ネットで話題となったニュースをトップ20形式で紹介。同番組に限らず、2013年はいわゆる「バカッター騒動」といって、若者が自身の愚行をネットにさらす行為を連日のように取り上げた。コメンテーターがしたり顔で分析コメントを述べたものだ。

番組の重要構成要素がネット情報に

 2015年2月の「つまようじ少年」、昨年12月の「おでんツンツン男」、今年1月の「モノレール線路飛び降り喫煙少年」。テレビが連日、時間を割いて取り上げるネット発の珍事報告の事例は枚挙にいとまがない。

 覚せい剤取締法違反などで逮捕・有罪判決を受けたミュージシャン・ASKAのブログもマスメディアにとっては重要な情報ソース。ブログの書き込みがメディア関係者からつねにウォッチ対象となり、内容がニュースとなった。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 こうした衝撃的な告白だけでなく、有名芸能人のブログでの結婚報告や出産報告も頻繁にメディアで紹介されるし、ドナルド・トランプ米大統領や橋下徹氏、松井一郎氏といった政治家がツイッターでつぶやいた内容(ツイート)もマスメディアで紹介されている。最近では籠池泰典・森友学園前理事長の証人喚問の内容に安倍昭恵・首相夫人が自身のフェイスブックで反論したが、その内容も記事・番組の重要構成要素となった。

 もはやいくらでもネット上の騒動がマスメディアに反映される例を挙げることができる。それは数字で見ても明確に現れている。メディア分析を手掛けるニホンモニターのデータを基に2つの実例を挙げよう。

 ひとつは2016年9月1日、がん闘病中のフリーアナウンサー・小林麻央さんがアメブロを開始し、病気や日々の生活について書くと宣言した翌日・9月2日にオンエアされた「とくダネ!」と、「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)におけるブログに関する露出時間だ。

 ニホンモニターによれば、「とくダネ!」は番組本編時間1時間31分45秒のうち17分42秒、実に19.3%の時間でこの話題を取り上げた。「ミヤネ屋」は、同1時間35分30秒のうち2分25秒と同2.5%だった。

 もうひとつが、2017年1月11日の「ミヤネ屋」、「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)、「ひるおび!」(TBS系)。米大統領就任直前のドナルド・トランプ氏がトヨタ自動車に対し「メキシコに工場を作るだなんてとんでもない。もしそうするなら多額の輸入税をかけるぞ」とツイートしたことに関連するニュースだ。

「指先介入」「トランプ砲」などと報じられた一連の話題について、「モーニングショー」は同1時間35分55秒のうち22分20秒と23.3%の時間を割いた。「ひるおび!」は同2時間50分00秒のうち32分48秒と同19.3%、「ミヤネ屋」は同1時間35分30秒のうち2分23秒と同2.5%の時間を使った。

「ミヤネ屋」はいずれも控えめな取り上げ方だったが、ほかの人気情報番組は2割前後という決して小さくはない時間を、ネット発の情報を基に構成したということになる。

ネット広告市場はテレビ広告に迫る規模

 1990年代後半に勃興したネット広告市場は2006年に雑誌、2010年に新聞を抜いた。2014年に1兆円を超え、2016年は約1.3兆円。同2兆円弱のテレビ広告に迫る規模になっている(2016年の新聞広告市場は約5400億円、雑誌は約2200億円、いずれも電通調べ)。

 アップル「iPhone」をはじめとするスマホの爆発的普及や高速通信網の整備などに伴って、「いつでもどこでも」ネットにつながる環境が整ったことが要因として大きいが、いまや「ネット=社会の1つ」となっている。

 マスメディアの企画の立て方もいろいろと変わってきている。ネット上での諍(いさか)いやら、ほのぼの動画、あとは「大学生協がプリンを大量に発注し、ツイッターでSNSを出したら近隣の大学からも学生がやってきて見事売りさばけた」といった美談もメディアの企画のネタになる。

 テレビマンはいかにしてネットを活用しているのか。とある民放の情報番組のディレクターはこう語る。

「ネットは1次情報として非常に活用しています。新聞サイトもそうですし、NHKのサイトもそうですし、ツイッターとか、あとはライターやジャーナリストの発信する情報なども、かなり活用しています。それを後追い取材したり、社内のシステムで裏付けを取り、放送に乗っけていったりする手順を取っています。ただし、一個人の炎上とか、ニュースバリューとしては低いと思いますね」

「安倍昭恵・首相夫人とかのネットでの発言は一連の森友学園のニュースの流れで注目に値しますし、トランプ大統領は国の代表なわけで、ツイッターであろうとも発信するのは意味があります。一方、小林さんについては懐疑的なスタンスを私は取っています。ほかのディレクターは『伝えることに意味がある』『闘病中の人を勇気づける』と積極的な姿勢を取る人もいますが、私自身は『個人情報を誰に向けて配信するべきか』ということを考えます。

 あくまでも小林さんは、個人の思いを発信しているわけで、読む人も自ら積極的に読みにいっている。しかし、メディアが流すことで2次災害を引き起こされることを懸念します。それこそ、住所を特定されたり、心ない人が小林さんの中傷をしたりするかもしれない、ということ。ここに加担はしたくない、と私個人は考えます」

 一方、実際にネタ元になるブログの運営者はどう考えているのか。市川海老蔵さん、小林麻央さんら芸能人ブログを多く抱えるアメブロの事業責任者で株式会社サイバーエージェント アメーバ事業本部 ゼネラルマネージャーの高橋佑介氏はこう語る。

「ブログは、芸能人の方が伝えたい思いやメッセージなどを自分の言葉でつづる場ですので、ニュースを報じるメディアの方にとっても、いちばん信用の置ける情報源といえるのではないでしょうか。ブログではその方が伝えたいことを、ご自身の言葉のまま編集されることなく書くことができるので、この点が多くの芸能人がブログを執筆されている理由だと考えています」

ネットに頼りすぎるネタ収集

 こうしてテレビの企画担当者もネットは積極活用していることに加え、使われる側にも受け入れられている向きはある。

 しかし、ネタ収集でネット頼りが行き過ぎてしまう例もある。私自身「NEWSポストセブン」というニュースサイトの編集を担当しているが、同サイトは時々テレビ番組のADとおぼしき人から電話が編集部に寄せられる。大抵の場合、「記事の内容を使わせてもらっていいか」や「画像を使っていいか」といった使用許可の申請だ。

 NEWSポストセブンは、『週刊ポスト』『女性セブン』『SAPIO』の3誌の記事に加え、オリジナルのコンテンツ、さらには提携サイトからの記事で構成されている。テレビ番組などから許可申請があった場合、私たちは自分たちだけでつくったオリジナル記事であれば編集部で可否を答えられるが、3誌の転載記事は、各編集部に連絡するよう伝えている。

 著作権は各雑誌にあるからだ。そのため、記事の下部には「※週刊ポスト2017年●月●日号」という出典元を入れているのだ。

 そんな日常の中で、あるテレビ番組のアシスタントディレクター(AD)から仰天の問い合わせがあった。使用許可申請があったのは、NEWSポストセブンに掲載した『週刊ポスト』からの転載記事だった。

AD「……というわけですので、この記事の使用許可をください」

「使用許可は週刊ポスト編集部に連絡いただけますか? 番号は……です」

AD「でも、私はNEWSポストセブンを読んで今、電話をしているんです」

「ただ、記事の出典は『週刊ポスト』なんです。実際にポストを読んでいただければわかりますが、同じ内容の記事があるはずです」

AD「『週刊ポスト』、ここにはないんですよ!」

 かつて、テレビのリサーチャーやADはとりあえず雑誌を多数購入し、ネタを探していたが、いまやトランプ氏の「指先介入」ならぬ「指先探索」で情報をすべて集めようとしている企画担当者もいるということだろう。コンビニに少し行くだけの余裕すらないほど、テレビの企画担当者は時間がないのかもしれない。

マスメディア人が「バカにしていた」ネット

「記者は足で稼いでなんぼでしょ?」「ネットなんてまだまだサブカル以下でしょ?」「そんなものをニュースにする感覚がわからない」――

 2000年代中盤、J-CASTニュースやITメディアニュース、私も関与している(いた)アメーバニュース、R25は、「ネットも“社会”の1つ」という考えの下、「ネット事件簿」的なものも記事として紹介していた。それこそ、「豚丼を牛丼店の店員が山盛りにして『テラ豚丼』を作り、それを動画配信して炎上」といった記事である。

 当時、新聞記者やテレビマンとの会合などでこうした話をすると鼻で笑われたものだ。かつてのマスメディア人は、「ネットはあくまでもオタクが集う場所であり、世間に顔出しできぬ臆病者が傷をなめ合ったり、匿名で立場ある者を罵倒したりする異常空間である」ととらえていたフシがある。悪い言い方をすれば「バカにしていた」といえる。

 ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は「2ちゃんねるはゴミため」という趣旨の発言をしたことがある。同じくジャーナリストだった故・筑紫哲也氏も「ネットの書き込みは便所の落書きのようなもの」と言っていたものだ。

 そんなふうに揶揄されていたネット発の情報だが、テレビ関係者も無視できない存在になったどころか、ネット頼みになっているテレビ人も少なくない。それは新聞や雑誌も同じだ。

 ネット発の情報がいまや世間を大きく騒がせ、時代を動かすこともある。黎明期からのネットニュースを知っている編集者としては感慨深い。皮肉なものだ。


<著者プロフィール>中川 淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)◎ネットニュース編集者、PRプランナー。1973年、東京都生まれ。一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。2001年に退社し、雑誌のライター、「テレビブロス」編集者などを経て、現在に至る。大の「サッポロ生ビール黒ラベル」ファン。