共謀罪は市民運動がターゲット
「政府として緊張感を持って、ていねいな説明に努めていく」
4月6日から衆院本会議で審議入りした「共謀罪」法案について、安倍首相はこのように強調した。“ていねいな説明”は、強行採決の末に可決・成立した安保関連法や沖縄・辺野古問題でも繰り返されてきた、おなじみのフレーズだ。
17日以降にも始まる実質的な審議に向けて、民進党は40項目の質問リストを用意。これまでの国会審議で、金田勝年法相が具体的な答弁を避けた内容を中心に徹底追及する構えだ。また、共産、自由、社民の野党3党も廃案を目指す方針を表明、激しい攻防が予想される。
これに対し、国会会期中である6月18日までの法案成立を目指す政府与党。
安倍首相は「3年後に東京五輪・パラリンピックを控え、テロ対策に万全を期すことが開催国の責務」と主張し、法案の早期成立への意欲を隠さない。
共謀罪は2003年、’04年、’05年と過去3度にわたり国会へ提出され、すべて廃案となった“いわくつきの悪法”だ。’00年にイタリア・パレルモで署名式が行われた国連の『国際組織犯罪防止条約』(以下、パレルモ条約)を批准するにあたり、国内法の整備が必要として登場した。それがいま、「テロ対策」と称して再び甦ったというわけだ。
テロは防げないけれど「一般人」は狙い撃ち!
共謀罪の最大の特徴は、まだやってもいない犯罪で罪に問われ、処罰されかねないところにある。
日本弁護士連合会の共謀罪法案対策本部・副本部長を務める海渡雄一弁護士はこう話す。
「誰かにナイフで傷つけられたとか、詐欺でお金を盗られたとか、具体的な被害が発生してから犯人を捜すというのが普通の犯罪。ところが共謀罪は、まだ何も発生していない、事件が起きるかどうかもわからない段階で、法律に違反することを話し合っただけで罪になってしまいます」
憲法違反と指摘するのは、九州大学の内田博文名誉教授。
「何が犯罪で、どういう刑罰を科すかあらかじめ法律で決めておき、社会に有害な結果が発生したことだけを犯罪とする刑法の基本原則に反しています。しかも、行為ではなく思想や信条、あるいは、どういう集団に属しているかで処罰が事実上、決まってしまう。人権侵害で、その意味では違憲と言っていい」
今回出された「共謀罪」法案のポイントは、
●犯罪を実行するために集まった「組織的犯罪集団」が対象
●処罰をするには現場の下見、資金や武器などの物品調達といった「準備行為」が必要
●犯行を途中でやめた場合でも共謀罪が成立
●犯行前に自首した場合は刑を減免
277の犯罪が対象となり、懲役・禁錮4年以上のすべての犯罪を対象うとしていた676から「絞り込んだ」と言われているが、絞り込む際の基準は不明、以下のようにテロの実行とは無関係な犯罪が6割を占める。
【「共謀罪」対象277犯罪の内訳】
●テロの実行(110):組織的な殺人、サリン散布、ハイジャック、流通食品への毒物混入など
●薬物(29):覚せい剤、ヘロイン、コカイン、大麻の密輸、譲渡など
●人身に関する搾取(28):人身売買、強制労働、臓器売買ほか
●そのほか資金源(101):組織的な詐欺・恐喝、通貨偽造、マネーロンダリングなど
●司法妨害(9):偽証、組織的な犯罪に関わる証拠隠滅、逃走援助など
海渡弁護士によれば、
「所得税法違反に金融証券取引法違反、偽証罪と、それほど重要でないおかしなものも多く含まれている一方で、ひとつでも治安維持法並みに危ない組織的業務威力妨害罪、組織的強要罪などが入っている」
普通の会社でも犯罪組織に?
まず、過去の政府案で“団体”とされていた適用対象が“組織的犯罪集団”に変わった。
「字面だけ見ると犯罪を繰り返しているような、まさに暴力団をイメージするかもしれませんが、それだけに限らない。たとえ普通の会社であっても“団体の性格が変わったときには組織的犯罪集団になりうる”と金田法相も認めています」
それを判断するのは捜査当局。取り締まる側にゆだねられてしまう。
「これで構成要件を厳格化したと言われていますが、何の歯止めにもならない」
また、犯行に合意した時点で共謀罪は成立。途中でやめたとしても、摘発されてしまう。
「例えば、自衛隊の官舎に“南スーダンから即撤退”というステッカーを貼り付けようと話し合えば、建造物損壊罪の共謀罪になりうる。貼りに行こうとすること自体が罪になりますから、実際に貼る前に捕まってしまいます」
’06年の国会で、法務省刑事局長から「目配せでも共謀罪は成立する」と聞き出したのは当時の保坂展人衆院議員(現・世田谷区長)。だが、海渡弁護士がネット時代に懸念するのは“現代版の目配せ”だ。
「今のデジタルな世界で、目配せが何に当たるかというと、おそらくLINEの既読スルーではないかと思うんです。政府や法務省はまだ認めていませんが、論理的には適用されうる。
また、LINEはグループを作ったりもするし、そこでのやりとりは記録として残る。これも場合によっては組織的犯罪集団とみなされ、ログが犯行の証拠となるおそれもあります」
さらに今回の法案では、共謀罪を処罰するには準備行為が必要となる。だが、どんな行為が該当するのかは不明瞭だ。
「例えば、ATMでお金を引き出したり、食事をとったりする。日常的に誰でもやっているようなことが準備行為になりえます」
と海渡弁護士。準備行為と誰がどう判断するのか?
「捜査当局のさじ加減ひとつ。どうにでも勝手に解釈できます。まず逮捕して、ガンガン取り調べをして自白させればいい。あるいは電話やメールを盗聴して、証拠を押さえるとか」
恣意的な捜査を防ぐ歯止めにはなりえない。
もの言う自由と運動つぶしが狙い
前述したとおり、そもそも共謀罪は、パレルモ条約の批准を目的に法制化される前提だ。過去3度の政府案に安倍首相が「喫緊(きっきん)の課題」と位置付けるテロの言葉はどこにもなく、また今回の法案も正式名称は『組織犯罪の処罰および犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律』。野党の追及を受けて、ようやく改正案に「テロリズム集団」の言葉が加わったものの、当初はひとつも表記がなかった。
海渡弁護士が言う。
「パレルモ条約は暴力団やマフィア対策。麻薬の密輸や人身取引、金融機関に対する詐欺などの経済犯罪を取り締まるもので、テロ対策ではありません。条約の本文やガイドに、国内法の原則に基づいて法制化すればいいと書いてある。堂々と、批准しますと言えばいいんです」
テロ対策に穴があるというのも「大嘘」だという。
「日本は、テロに関する国際条約はすべて批准ずみです。政府は共謀罪が必要な事例に、ハイジャックでチケットを手配するとか、サリンをまくときに原料を調達する段階で取り締まる法律がないと言っていますが、2つとも予備罪で罰せられます。共謀罪をテロ対策だと嘘を言うことで、むしろ本来必要なテロ対策の議論ができなくなってしまう」(海渡弁護士)
内田名誉教授も、テロ対策は「あくまで名目」として、共謀罪では効果がないと断言する。
「テロを本当に取り締まろうと思えば徹底的な情報掌握が必須。しかし日本は、テロが多発するイスラム圏の情報を持っていません」
共謀罪はテロに使えない。にもかかわらず新設しようとする狙いを、内田名誉教授は「戦争反対を含めた運動つぶし」と見る。
「テロリストに対しては役に立たないんだけど、おかしいじゃないかと声を上げる人たちを押さえつけるには、非常に有効な法律になっているからです」
例えば沖縄では、共謀罪の先取りを思わせるような事態が進んでいる。新基地建設への抗議行動で逮捕・起訴された沖縄平和運動センター議長の山城博治さんが先月18日に釈放されたが、器物損壊容疑での逮捕以来、公務執行妨害などの罪状で再逮捕が繰り返され、5か月以上も勾留されていた。再犯の恐れがあるとみなした人を刑期終了後も拘禁した、戦前の予防拘禁を彷彿とさせる。
「やむにやまれぬ思いで工事を止めてほしいと訴える行為に対して、威力業務妨害なんだと。政府が基地反対運動をどう見ているか、よくわかる例。逮捕・起訴されているのはまだ少数ですが、共謀罪ができたら、座り込み抗議の現場にいた人、その場にいなくても、例えばカンパをしようと話し合いをした人たちは組織的威力業務妨害罪で摘発できます」
と海渡弁護士。同様に、さまざまな市民運動がターゲットになりうる。
「脱原発の運動に、現職の公安刑事が忍び込んでいたことがありました。彼は情報収集が目的でしたが、これからはそこへ挑発行為が加わるかもしれない。実際にアメリカで、ベトナム反戦運動のとき、FBIが捜査官を大量投入して過激な方針を提起させ、それに応じて組織を一網打尽にして逮捕するようなことをやっていたんです」
共謀罪がある限り、もの言う自由を封じ込めるおそれは尽きないのだ。