脱原発や戦争反対などの市民運動の準備や話し合いをしただけで罪に問われる可能性がある共謀罪。“平成の治安維持法”とも呼ばれる法案の問題点を詳しく検証していこう。

PTAママも犯罪集団!? 共謀罪で監視捜査が横行

「今は、犯行について話し合った段階ではほとんど罪にならないため、警察は捜査もできません。しかし共謀罪は、直接話さなくても暗黙でも成立する。それを摘発するには、日常的な監視を行うことになります

 そう指摘するのは日弁連共謀罪法案対策本部事務局長の山下幸夫弁護士だ。

 監視となると、電話や通信の盗聴がある。’99年、通信傍受法の成立で盗聴が認められるようになった。対象犯罪は当初、薬物犯罪、銃器犯罪、組織的な殺人、集団密航の4つ(数人の共謀が疑われるもの)に限定されていた。

 しかし’16年の法改正で、組織性が疑われる爆発物使用、殺人、傷害、放火、誘拐、逮捕・監禁、詐欺、窃盗、児童ポルノが追加(詳細は※参照)。必須だったNTTなどの通信事業者の立ち会いも不要に。

(※)現住建造物等放火、殺人、傷害、傷害致死、逮捕・監禁、逮捕等致死傷、略取・誘拐、窃盗、強盗、強盗致死傷、詐欺、恐喝(未遂を含む)、爆発物取締罰則違反、人身売買(未遂を含む)、児童買春・ポルノ禁止法違反(提供・製造)ほか

「法改正で普通の市民も対象になりました。すでに詐欺罪で通信を傍受しているとの報告があります」

 政府は2月、’16年中に全国の警察が11の事件の捜査で通信傍受をし、33人を逮捕したとの国会報告をしている。このうちの1件は詐欺罪の捜査だが、逮捕には至っていない。

 共謀罪が成立すれば、盗聴の範囲も拡大していくことが懸念される。

「団体の活動実態を調べるには構成員の監視が必要。そのためには構成員を尾行しますが、監視だけでは団体で何を話し合っているのかはわかりません。把握するために通信傍受をするでしょう」(山下弁護士)

盗聴器を仕掛けて盗み聞きもOK!?

 共謀罪反対の活動をしているジャーナリストの林克明さんも、「共謀罪を立件するのは盗聴が不可欠になります」と予測する。「共謀罪を立件するために会話を監視することになります。これからは携帯電話、ファックス、SNSは監視対象になります。ツイッターのリツイートも、フェイスブックの“いいね”も、LINEのスタンプも危うくなります

 さらに今後は“室内盗聴”も問題になるという。室内盗聴とは、対象者の自宅や事務所などに盗聴器を置き、会話を盗み聞くことだ。「数年前に法務省の検討会で室内盗聴もOK寸前になりましたが、現在は認められていません。共謀罪では団体や会社もターゲット。室内盗聴してまで立件しないと、有罪にするのは不可能です」(林さん)

 前出の山下弁護士も、

「現行の通信傍受法では盗聴の範囲は電話かメールに限られています。警察は今後、室内盗聴を法制化しようとするのではないか」

トイレの位置までわかるGPS捜査

 行動を監視する場合、全地球測位システム(GPS)端末を利用する捜査がある。対象の車両にGPSをつければ位置を把握できるが、最高裁は3月、窃盗事件での令状なしのGPS捜査を違法と判断した。

 判決によると、GPS捜査の違法性を問われ、「プライバシーが強く保護されるべき場所や空間を含め、個人の行動を継続的、網羅的に把握できる」として、令状が必要な強制捜査にあたるとしたからだ。

「最高裁は尾行による目視は違うとして、令状なしのGPS捜査は違法と判断しました。新しい捜査のため法整備が必要としたのです」

 警察はGPS捜査も尾行のひとつととらえてきた。違法といわれなければ、警察は捜査方法を拡大してきた現実もある。今後は法整備を進める可能性が高い。

会社やPTAも組織犯罪集団に

イラスト/イケウチリリー

 共謀罪の対象は一般の団体ではなく、「組織的犯罪集団」の構成員だ。名前からすると、政治的意図を持ったテロ集団や暴力団と想像するだろう。法務省もホームページで一般市民へ拡大はしないと説明する。

 しかし、途中で団体の共同目的が変わったとして、実際にはどんな団体でも、「組織的犯罪集団」とされてしまう可能性が。具体的な法運用をし、逮捕するのは法務省ではなく警察だ。

 すでに一般市民へ適用される具体的なケースが考えられる、と林さんは指摘。

「自動車を輸出する会社が、輸出先でダンピングをしようとした場合、適用されるかもしれません」

 会社が違法性のあることをしようとしたときも対象になるということはサラリーマンも他人事ではない。

 ’15年9月、最高裁は、会社組織が実質的に破綻したあとに、リゾート会員権を販売した行為について、一部にその認識がない営業員がいたとしても、組織的に詐欺罪にあたる行為をした、と判断している。

 山下弁護士は言う。

「普通の会社や団体でも、活動内容が一変し、団体の共同目的も変わったと判断されれば、該当する可能性もあります」

 企業に勤めていない場合も対象になりうる。

「例えば、マンションの管理組合。隣に新たなマンションが建つとします。日照権を侵害するから建設反対のために資材搬入を阻止する座り込みをしようと話し合う。それが組織的威力妨害罪の共謀になる可能性があります。普通の団体でも活動内容も目的も変わったと警察に判断されれば、該当するおそれがある」

 これと同じことが生徒会やPTAでも起こりうる。「学校で何らかの問題が起きたとします。生徒会で先生に対し“抗議して謝罪させよう”となった場合、組織的強要罪の共謀になるかもしれません。

 また、PTAも“話し合いがまとまるまで先生を帰さない”と決めると、逮捕監禁罪の共謀になりえる。警察が摘発したいと思えば、なんでもできます」(山下弁護士)

 林さんも警告する。

現状に反対したり道徳的違反行為をしていれば可能性はゼロじゃない。“飲み屋談議は対象ではない”と法務省は言いますが、法律にはそう書いていません」

 家族観をコントロールしようとする『家庭教育支援法案』や道徳教育の教科化などとあわせ、共謀罪は、政権にとって都合のよい規範(道徳観)を強める手段といっても過言ではない。

逮捕しなくても家宅捜索できる

「逮捕令状を請求する際、警察は疑いのある資料を作成して添付しますが、資料を裁判所はチェックするすべがないので逮捕令状は簡単に出るでしょう。ただ、共謀罪で有罪か無罪かを立証するのはハードルが高いはず」(山下弁護士)

 共謀罪で処罰するには、共謀の内容と準備行為の因果関係を立証する必要があるからだ。そのため逮捕はできても、必ずしも起訴されるとは限らない。だが、逮捕自体が目的となれば、話は別。

「有罪にするには具体的な準備行為が必要になるので難しい面もありますが、起訴しなくても、家宅捜索はできます」(林さん)

 家宅捜索をすれば、捜査当局は多くの情報を入手できる。加えて、逮捕された人の社会的なイメージを低下させることも可能だ。

「家宅捜索で膨大な資料を集めることができます。捜査当局がマスコミにリークし、逮捕された人へ社会的ダメージを与えます。起訴されなくても本人や団体、会社、社会運動はダメージを受けます」(山下弁護士)

 ほかの法改正との連動で、さらに監視や告発が強化される。’16年の刑事訴訟法改正で司法取引が認められた。他人の犯罪を明らかにすると起訴されず、裁判官も特定できない「匿名の証人」が有効になる。

 覚せい剤の密輸で、日本とタイの捜査当局が連携した“泳がせ捜査”が違法か問われた。3月、東京地裁は有罪判決を出したが、このときに匿名の証人が出廷している。

「匿名の証人の証言によって裁判員裁判で有罪判決が出ています。共謀罪ができれば、監視団体に警察官が潜入捜査し、同意を誘発する可能性もある」(林さん)

 共謀罪の立件は、監視のほかには告発がある。匿名の証人でもよいとなれば、捜査員が共謀を“仕掛ける”懸念も出てくる。

 さらに共謀罪はメディアも対象になるおそれが。過去の法案では報道や表現の自由について「正当な活動を制限してはならない」とあったが今回は曖昧だ。

「報道の適用除外はありません。企業の不正などを訴える記事を企画したとすると、組織的信用毀損罪の共謀になりうるのではないでしょうか」(山下弁護士)

 過去には、雑誌の編集長と編集者が名誉毀損罪で有罪判決を受けた際、判決の中で「編集会議で共謀」とされたケースもある。

 ここに挙げた捜査は、政治的な目的ばかりで行われるとは限らない。林さんによれば、「警察の得点稼ぎのために行うことも考えられる」というから、誰もが無関係ではいられない。

 会社も学校も、メディアまで押さえ込まれ、誰でも、どこまでも監視対象になりうるとすれば、疑心暗鬼が渦巻く恐ろしい社会になる。

<取材・文/渋井哲也>
ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。若者の生きづらさ、表現規制問題などについて取材。近著に『命を救えなかった―釜石・鵜住居防災センターの悲劇』(第三書館)