マイナンバー無記載では確定申告を受け付けない?

 国内の全住民に12ケタの個人番号(マイナンバー)を割り当て、複数の行政機関が個人情報を管理するマイナンバー制度の運用が始まったのは昨年1月1日。

 その運用に欠かせないのが“個人番号カード”だ。カードには住所、氏名、性別、誕生日の“基本4情報”と顔写真、そして個人番号が記載され、内蔵されるICチップにも基本4情報と個人番号が記録される。

 内閣府のホームページでは、マイナンバーは以下の3分野での行政手続きの簡素化と、市民生活の利便性向上が謳われていた。

【1】社会保障
年金給付、失業給付、児童手当など福祉分野に利用。役所で職員が個人番号をコンピューター入力するだけで住民票などが添付不要で手続き可能。
【2】税
マイナンバーでは法人も13ケタの「法人番号」をもつ。確定申告書や支払調書への個人/法人番号の記載で、税務署は確実な所得把握ができ脱税を防ぐ。
【3】災害対策
災害時、身分証明書としての個人番号カードで被災者生活再建支援金の迅速な受給ができる。

 このうち、多くの人がその存在を身近に感じたのは、今年2月から行われた税の確定申告だ。ツイッターなどのSNSでは「個人番号を書類に記載しないと税務署は受理しないのか?」との質問が飛び交った。記載なしで臨んだところ、受理を拒否されたとの報告もある。ところが、記載をしたらしたで、個人番号通知カードの提出を求められ、どちらにしても、手続きの簡素化とはほど遠い実態が明らかとなったのだ。

 私の居住地、横浜市役所は「個人番号がなくても行政手続きはできます」と言っていたが、こと納税に関しては、個人番号の提供は実質義務になっている。

 一方で、個人番号カードの所持は義務ではない。そのためか、国民の多くは自治体から「個人番号通知カード」を送られてはいるが、運用開始から1年たっても、個人番号カードの交付率は約8%にすぎない。早くも制度破綻が囁かれているが、その原因は利便性を感じられないからだ。

総務省によれば、通知カードを受け取っていないケースが全国で362万通(’16年1月時点)

熊本地震でも役に立たなかったマイナンバー

 例えば、昨年4月の熊本地震で被災した熊本と大分両県の41市町村で、個人番号カードで迅速な生活再建をした事例は皆無。注視すべきは、熊本県南阿蘇村の職員が地元紙の取材に「マイナンバーを活用しなくても避難者は把握できる」と、マイナンバーが無用の長物であると答えている点だ。

 また私事だが、私は母から、過去に暮らした数か所の町からの戸籍謄本の取得を任された。総務省のHPは、マイナンバーで、2016年度にコンビニなどで約6000万人が公的証明書を取得できると謳っている。そこで昨年末、母所有の個人番号カードを使い、コンビニか役所で、戸籍謄本の取得が可能かどうか尋ねると、役所は「できない」と回答した。そのシステムが未完であるから、と。

 同時に、システムがあったとしても、自治体の財政を圧迫させている事例も報告されている。

 福島県いわき市の狩野光昭市議会議員は、今年2月、議会でマイナンバーへの反対討論を行った(要約)。

「いわき市での個人番号カードの交付率は6・6%にすぎません。’17年度いわき市一般会計予算でのマイナンバー関連事業費は約1億円(うち、市の一般財源からの支出は約4000万円)。このうち、個人番号カードによるコンビニでの証明書交付事業費は約2836万円(同、約2300万円)です。そのコンビニでの証明書発行枚数は本年1月末現在で470件なので、1枚あたり6万340円となります

 これは誰が見ても、行政の手続きの簡素化以前に、税金の無駄遣いだ。だから狩野議員はこう強調する。

「マイナンバーの関連財源を市民が求める医療・介護・教育・福祉サービスなどの社会関係サービスに配分する必要があると考えます」

 これはおそらく多くの自治体で起きている事案だ。

 だが政府は今、マイナンバーの利便性を高めようと躍起だ。“行政での限定利用”を超え“民間サービス”にもマイナンバーを活用しようとしているのだ。

病歴も預金も丸裸、監視ツールに活用も

普及率が低いマイナンバーカード。申請しても、システムトラブルから交付が遅れている

 総務省が今年3月に出した『マイナンバーカード利活用推進ロードマップ』には、民間利用の想定がずらりと並んでいる。

「インターネットバンキングへの認証手段」「イベント会場にチケットレス入場・不正転売防止」「東京オリンピックでの入場管理」など。そこで最も目立つのが医療分野への活用だ。

 神奈川県保険医協会の知念哲事務局主幹は「ロードマップでは、(1)カードと保険証の一元化、(2)医師資格との連携、(3)クレジットカードや診察券などの多様化の3点が連動した絵図が示されました。要は、政府は個人番号カードと保険証との一体化を重要視していると思います」と説明する。

 実際、総務省が昨年出した「マイナンバー制度の施行状況について」によると、今年7月以降に、健康保険証としての利用を目指すことが明記されている。もしそうなれば、私たちは否が応でも個人番号カードを所持せざるをえない。その結果、何が起きるのか。

「医療機関は、健康保険番号の読み取り機を設置し、市町村や協会けんぽなどの保険者とオンラインで常時接続することになります。するとマイナンバーは患者のレセプト(診療報酬請求)やカルテ情報を収めた医事コンピューターと連携し予防接種や健康診断の時期、病気の治療歴などに接触可能となります」(知念さん)

 ひとたび漏れた医療個人情報はどうなるのか。同協会の桑島政臣政策部長は、以下のコメントを協会HPに載せている(要約)。

《’15年、個人情報保護法が改定され、“病歴”を含む個人情報は“要配慮個人情報”と定義し、オプトアウト(ホームページなどで個人情報の二次利用を謳えば黙示的に同意とみなす方法。ただし、個人は利活用の拒否権をもつ)を禁じたが、厚生労働省は、カルテ情報などの新規取得“インフォームド・コンセントは不要”とし、事実上、オプトアウトで対応可能とした》

 つまり、隠したい病歴をもつ個人に製薬会社や食品会社が群がるおそれがある。さらに、何かの病気になった人が、マイナンバーで過去に自治体での健康診断の未受診がわかると、「自己責任だ」として公的給付が制約される可能性もありうるのだ。

 医療に加え、マイナンバーは来年から任意ではあるが、金融機関の預金口座にも適用される。政府は、これで、税務調査の厳格化や社会保障の不正受給の防止などを目指すとしている。

韓国では住民登録番号の流出で大混乱が 

 これに対し『共通番号いらないネット』代表世話人の白石孝さんは、議論をすべきと主張する。

「本当に私たちの預貯金に適用するのなら、税制議論にかけるべきです。ゆくゆく資産課税にも使われるとすれば、もはやそれは独裁国家にすぎないのです」

 徐々に適用範囲を広げようとするマイナンバー。それはどんな社会なのか。

 白石さんは年に数回、韓国を訪れ、労働問題や社会問題を視察するが、個人番号が当初の行政分野から民間分野にも開放されたことで、社会状況が「めちゃくちゃ」になったと語る。

「’62年から『住民登録番号』という個人番号がある韓国では、’07年から’15年までで2億数千万件もの不正アクセスと情報流出が発生。クレジットカードも住民登録番号で一元化され、’14年には、クレジット会社や銀行口座関連の個人情報が1億400万件も流出、預金の無事を確認しようと顧客が銀行に殺到したんです」

 また朴槿恵前大統領を糾弾する集会所近くの携帯電話基地周辺に警察が捜査本部を置き、基地を経由する携帯電話の電波から、その電話番号と持ち主、さらに個人番号を把握していたという。まさに監視社会だ。

 だが、そんな状況になっても、韓国では住民登録番号をなくそうとの動きがない。預貯金だけではなく、航空券やホテルの予約にも個人番号使用が当たり前になったため、元に戻しようがないからだ。

 日本もそこまでいくのか。

「私は、オーストラリアのように、納税や年金の手続きに限定した番号制度なら全面反対はしません。日本のマイナンバーはまだ過渡期。この過渡期のあと、どう運用されるかが問題です」(白石さん)

 前出のマイナンバーカード利活用推進ロードマップが「東京オリンピックでの入場管理」と謳うように、国は、2020年東京オリンピックでのテロ対策を大義名分に、それまでに8700万枚の個人番号カードの配布を目論んでいる。

 ひとつだけ言えるのは、市民が声をあげなければマイナンバーは今後、市民社会の監視ツールとして機能する可能性があることだ。

 見直すとすれば、本格運用前の今しかない。

<取材・文/樫田秀樹>
ジャーナリスト。’89年より執筆活動を開始。国内外の社会問題についての取材を精力的に続けている。『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社)が第58回日本ジャーナリスト会議賞を受賞