インタビューに答える羽田圭介さん

「物事を全部、自分の意志で選択することには限界があって、仕事じゃなきゃやらないこともいっぱいある。さらにその中間にある、興味はあるけど、きっかけがないからやらないこともたくさんあるので、今回は、それをしらみつぶしにできるチャンスなのかなと思っています」

 取材場所は羽田さんの自宅兼仕事場。それにしても物がとても少ないですね?

「先日、昔の書類や学生時代の卒業記念冊子などをデータ化して、折りたたみコンテナ1箱半くらいの書類を捨てたんです。デビュー作のゲラも処分しました。そうやって自分の過去と向き合ってみたら、過去って大したことないなって思いました(笑)」

 それまで小説を書くために地道に集めてきた、医療や高齢化問題の資料、裁判記録などの書類もごっそり処分。興味の対象は、物から経験へシフトしているという。

「小説の資料って過去とも思い出とも違って、これから描く未来に向かったものとして保管していたんですけど、資料や書物から得た知識を加工して発信していくっていうのは違う作家がやればよくて、むしろ自分にしかできない経験を通して書いたほうがいいのかなと思ったんです。

 それは私小説的なものとは違っていて、例えば都市生活者の妄想みたいな小説を書こうとしたときに、その題材を求めて自分が体験して、そこから膨らませて書くほうがいいんじゃないかなって。物とか資料よりも経験だと感じていたので、初体験を求めていたところはあるんですよ」

 大量の食材を買い込んで自炊し、それを冷凍して食べるという倹約的な生活をしていた羽田さん。これまで鶏ハムやオープンサンド、牛丼など特定のメニューをしばらくの間続けて食べ、外食はほとんどしない生活だったそうですが、新しい冷蔵庫を手に入れたことがきっかけとなり、3日連続で外食をする初体験をしたばかり。

自分の興味の外側にあるものをやってみたい

足のネイルアートに挑戦

「使っていた冷蔵庫を中古の家電店に引き取ってもらったんですけど、そこから新しいものが届くまでの1週間、冷蔵庫なしの生活になったんです。それで冷蔵庫を使わないような外食生活をしたんです」

 すると、常温保存できるおかずの美味しさに気づいたり、外食は太ると思い込んでいたけれど、案外そうでもないことに気づいた。

「人間ってなんでもルーティン化して、何も考えず動けるようになりたがる特性があるんですよ。僕なんかもそうなんですけど、なんでも淡々とやるタイプの人って、ルーティンを作りたがる傾向がある。でも、それには弊害があって、特にこだわりがないことなのに、それが自分のこだわりだと思ってしまったりだとか、本当に自分が好きでやっているのかわからないのに大事にしてしまうことがあるんです。

 でも、いざ紐解いてみたら、実は大したことなかったとわかったりする(笑)。それを崩すためにも、自分の興味の外側にあるものをやっていけたらと思うんです。例えば今まで1回も降りたことのない駅で降りてみるとか、習慣みたいなことを崩して何かをやるっていうのは、気づきがあるなと思いましたね

 これまで声楽やピアノを弾く姿などがテレビなどで紹介されてきましたが、今はどんなことに興味がありますか?

「実は声楽というかボイストレーニング、最近あんまりやってないんです。今は10日に1回くらいしか練習しなくなっちゃいました。楽器も、高校生のときに買った十数万円のギターを先日ついに手放しました。

 資料の整理もそうですけど、これから先やらないだろうなということ、やっても大成しないだろうなってことと次々と訣別していってるんですよ。なので、ピアノも手放しちゃいました。逆に言うと、それ以外ならやるのかなと。そういった意味ではダンスは興味ありますね。マイケル・ジャクソン的な、歌いながら踊る人への尊敬がすごく強いので(笑)」

 また、衣食住だと“住”へのこだわりが強いというお話もされていましたが?

「自分が、どこのどんな場所に住んでいるかを想像する、そういう“If(もしも)”の自分を想像する楽しさがあるんです。タワーマンションにも興味ありますし、人里離れたログハウスでコーヒーを淹れながら小説書いたりとかも面白そうです(笑)。そういうことを想像すると、今とは別の人生を生きているようで、楽しいんですよね。それは小説を書くのと共通することです」

念願の釣り堀へ

次々に浮かぶ初体験企画案とは

 羽田さんは今回の連載での体験が新しい小説の「種」になるかもしれないと語り、次々に面白そうな初体験企画案が浮かんできます。

「ホテルへ朝食だけ食べに行くとか、はとバスに乗ったりするのもいいですね。あと、僕は中学時代から御茶ノ水近辺になじみがあるんですけど、神田川を源流からゴムボートで下って、御茶ノ水を下から見上げてみたいですね。さんざん川の上からは見たことはあるけど、下から見ることで、中学時代からなじみのある場所が全然違う景色で見られるのかなと」

 また中学時代から自転車で移動してキャンプをしていた羽田さんには、ひそかに憧れていることがあるのだとか。

おしゃれな格好でアウトドアをやったことがないんですよ。友達とオートキャンプへ行くときも、ユニクロのダサい格好で行くというのがポリシーだったりして、おしゃれな人を見ても『カッコつけてんじゃねーよ、道具ばっかそろえやがって!』と思ったり。でも“カッコつけキャンプ”をやってみると、それはそれで楽しいんだろうなって(笑)。

 アウトドアだと、あとはマウンテンバイクで山の上から下っていく“ダウンヒル”にも興味ありますね。富士山でもできるみたいなので、1度やってみたいです。あとはアートとかもいいかもしれないですね。描いてみたり、絵を買ってみるのもありかもしれない」

 ずっとやってみたかったけど、きっかけがなかったこと、バカにしていたけれど実は気になっていたこと、興味もなかったけれど、ふとしたきっかけで心から離れなくなったことなど、初体験への入り口はさまざま。羽田さんの初体験エッセイが、読者のみなさんにとっても新たな体験をするきっかけになるかも。

「僕は31歳なんですけど、何かの世界を極めるにはまだ若いと思うんです。だけど思い出の品を処分するときにはそれなりに考えることもある年齡です。そんな人間が、人生でやるべきこと、やれないこと、やりたいけどできないことを分別して考えるようになって、後悔しないために、いろいろやっていく変な姿を楽しんでもらえたらな、と思います」

<プロフィール>
はだ・けいすけ 作家。1985年、東京都生まれ。2003年、17歳のときに『黒冷水』で第40回文藝賞を受賞しデビュー。15年『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川龍之介賞を受賞。著書に『不思議の国の男子』『ミート・ザ・ビート』『御不浄バトル』『「ワタクシハ」』『メタモルフォシス』『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』など。3月に新刊『成功者K』を上梓。