お笑い界では毎年のように新しい芸人が出てきます。そんな中で、間違いなく2017年前半の主役と言えるのが、女性ピン芸人のブルゾンちえみさんです。
彼女は、1月1日放送の「ぐるナイ!おもしろ荘2017」(日本テレビ系)に出演して、優勝を果たしました。そのときに演じた「キャリアウーマン」のネタが視聴者の間で大反響を呼んだのです。そして、人気は瞬く間にうなぎ上り。4月13日に始まったドラマ「人は見た目が100パーセント」(フジテレビ系)でも主要キャストの1人に抜擢されました。ドラマ初出演にもかかわらず、演技のほうもなかなかのものだと評判です。
昨年末の時点では、ブルゾンさんのことを知っている人は世の中にほとんどいなかったはずです。テレビに本格的に出始めてからほんの2~3カ月のうちに、彼女は圧倒的な人気を獲得していきました。ブルゾンさんが多くの人から支持されている最大の理由はもちろん、最初に披露したネタが面白かったということに尽きると思います。
これほどの短期間で大ブレークした理由
しかし、単に面白いというだけでは、これほど短期間で華々しい成功を収めることはできなかったはずです。ここでは、ブルゾンさんが大ブレークした理由として3つの要素を挙げてみたいと思います。
第1に、ブルゾンさんのネタにはメッセージ性がある、ということです。彼女が演じているのは、仕事にも恋愛にも妥協せず、エネルギッシュで意識の高いキャリアウーマンです。元カレのことが忘れられず、恋に臆病になっている若い女性に対しては、地球上に男は「35億」もいるから大丈夫、と励ましの言葉を送る。
また、自分から狩りに出なくても待っていれば男は自然と寄ってくると断言し、「ああ、女に生まれてよかった」とつぶやく。自らが女性であることを堂々と肯定するこのポジティブ思考が、世の女性たちに勇気を与えました。
私の知るかぎり、ブルゾンさんのネタは女性の支持率が高い気がします。法律の上では男女平等の社会になり、女性は男性並みの働きぶりを求められるようになっていますが、結婚や出産のことを考えると20代後半から30代前半の女性には何かと悩みが尽きません。
仕事と恋愛のどちらを取ればいいのか? どっちも取りたいけどそんなことは可能なのか? いわゆる「タラレバ世代」の女性の前にはそんな壁が立ちはだかっています。その層の女性に対しては、ブルゾンさんの投げかけた肯定的なメッセージが特に深く刺さっているのではないでしょうか。
第2に、見た目が良かった、ということです。ブルゾンさんがキャリアウーマンのネタを演じるときには、ブリリアンというイケメンコンビを従えて、「ブルゾンちえみ with B」というユニットとして出ています。ピン芸人なのに複数で出てくる、というこのスタイルは画期的な発明でした。
ブルゾンさんがこの形でネタを始めたのは、アメリカの映画、ドラマ、音楽が好きで、その世界観を表現したかったからだと推測されます。アメリカの女性ソロアーティストのミュージックビデオでは、1人の女性が大勢の男性を従えているという構図がしばしば見受けられます。ブルゾンさんの中では自分の理想とする画(え)が見えていて、それを再現するために2人を引き連れるという形を選んだのだと思います。
さらに言えば、「ピン芸人なのにトリオ」というこのスタイルは、テレビの縦横比が従来よりも横に長いハイビジョンサイズ(16:9)になった今の時代にちょうどマッチしていました。ハイビジョンのモニターで1人の芸人が真ん中に立っているだけだと、両サイドのスペースが大きいため、どうしても寂しく見えてしまいます。
でも、実質的にトリオとして出ているブルゾンさんにはその心配がありません。舞台を大きく使って3人で動き回ることで、ハイビジョン時代に対応したパフォーマンスを見せることができたのです。
第3の理由として、最初の売り出し方がうまかった、ということが挙げられます。実は、ブルゾンさんは1月1日放送の「ぐるナイ!おもしろ荘2017」に出た時点で、視聴者やテレビスタッフの誰もが「これは売れる!」と確信できるほどの逸材でした。あとは各局からお呼びがかかって、テレビにどんどん出ていけば、それだけでもある程度のところまで人気が出ることは想定できました。
意外に思われるかもしれませんが、実は最初の頃、ブルゾンさんはそれほどたくさんテレビに出ていたわけではありませんでした。1月から2月ぐらいまでは、出発点となった「ぐるナイ」と、同じ局の人気番組「行列のできる法律相談所」を中心に、ごくごく限られた番組に出ていただけでした。オファーはもっとたくさんあったということは容易に想像できますから、おそらく意図的に露出を抑えていたのだと思います。この作戦が奏功しました。
同じネタを何度もやってすり減ってしまう前に
インパクト抜群のブルゾンさんの芸は、1度見たら忘れられなくなります。でも、いろいろな場所で何度も何度もネタを見せてしまえば、その分だけ消費されるスピードも速くなってしまいます。
そこで、ゴールデン(プライム)タイムの人気番組である「行列のできる法律相談所」や「しゃべくり007」など、限られた番組だけに出ることで希少性を高めて、1回1回のインパクトを大きくすることを選んだのだと思います。実際、それらの番組に出たときには、ブルゾンさんは毎回大きな反響を呼んでいました。
バラエティだけに出続けて同じネタを何度もやってすり減ってしまう前に、ドラマという次のステージに移行することができたのも幸運でした。もともとブルゾンさんは、架空のキャリアウーマンを演じる「なりきり芸」を得意としていますから、演技もお手のもの。新人とは思えない演技で多くの視聴者を驚かせています。ドラマに出たことで彼女のタレントとしての可能性はますます広がっています。
こうやってビジネス的な視点で考えてみると、ブルゾンさんが売れたのは単なる偶然ではありません。ブルゾンちえみという商品には、特定の層に対する強い訴求力があり、外見的な魅力があり、売り出し方もうまかったから売れたのです。ブルゾンさんは文字どおり一流のキャリアウーマンとして、理想的な形で自らの「キャリア」を形成しています。
<著者プロフィール>
ラリー遠田(らりー・とおだ)◎作家・ライター/お笑い評論家主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手掛ける。お笑いオウンドメディア『オモプラッタ』の編集長を務める。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、 『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。