知れば知るほど奥深い、日本人の“名字”。西日本では、田中、山本、山口が圧倒的な数を誇るなかで、あの超有名な珍名さんが大阪在住だったことが判明! あなたの名字もひょっとしたら、歴史的なルーツがあるかも?
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■富山──飴、糸、酢、風呂!?
「富山といえば新湊。平成の大合併で射水(いずみ)市になりましたが、珍しい名字の宝庫です」(姓氏研究家の森岡浩さん、以下同)
新湊は江戸時代から商人の町として栄え、屋号を持つ商家が多かった。明治を迎え、屋号から“屋”をとったものを名字として戸籍に登録した家がたくさんあったそう。結果、飴(あめ)、石灰(いしばい)、糸(いと)、壁(かべ)、酢(す)、風呂(ふろ)などのユニーク名字が続出!
富山らしい名字には石黒、佐伯(さえき)、堀田(ほりた)、カタカナまじりの新タ(にった)などが。
■石川──方角の名字が多い
石川のトップ4は山本、中村、田中、吉川。どれも西日本に多い名字だ。
「方位方角に由来する名字も、石川には多いです」
中川、中田、南、北村、西田、東(ひがし)、前田、北川、西村などトップ50に方位方角由来の名字が14も! 石川ならではの名字は谷内(やち)。輪島市ではいちばん多い名字だ。また七尾市には水道(すいどう)、清酒(せいしゅ)、前座(ぜんざ)など珍しい名字が多く見受けられる。
■福井──日本一の木下さん県
福井のランキングは1位田中、2位山本と西日本型。県29位の木下は、東北と沖縄以外に広く分布する名字。しかし、人口比で見ると福井が全国でいちばん多い。白崎も、全国の約3割が福井在住だという。福井らしい名字には坪田、三田村、坪川、天谷(あまや)など。
「福井を代表する珍しい名字は文珠四郎(もんじゅしろう)。フルネームではありませんよ(笑)」
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■三重──東西の境目は雲出川
ダントツに多いのが伊藤。“伊勢の藤原”に由来する名字なので、さすがお膝元だ。また伊勢神宮関連の名字も見受けられる。
「内宮は荒木田、外宮は度会(わたらい)が代々神官を務めてきました」
名字の東西の境目は、日本海側は新潟と富山の県境。しかし太平洋側は三重の雲出川付近。よって、県内には東西の名字が混在している。三重独特の名字は水谷、服部。稲垣、出口も多い。
■滋賀──佐々木発祥の地
田中、山本、中村がトップ3で、近畿地方の典型的な分布といえる。県6位に中川、7位に川がほぼ同数で並び、辻、奥村、西川がトップ20入り。藤居や中居など、“井”ではなく“居”を用いた名字も多い。
「滋賀を代表する名字は、佐々木。近江八幡市安土町付近にあった佐々木荘がルーツ。この1か所から全国に広がっていきました」
珍しい名字には有馬殿(ありまでん)、一円(いちえん)、皇(すめらぎ)、比売宮(ひめみや)、六(むつ)など。
■京都──〇条、〇小路、〇大路
実数はさておき、京都を代表する名字は、やはり公家のもの。京都は格子状に街路が広がり、東西の方向を“条”、南北の方向を“大路”“小路”と呼ぶ。
「一条から九条まですべてあります。小路がつくのは油小路(あぶらのこうじ)、綾小路(あやのこうじ)、梅小路(うめこうじ)、押小路(おしこうじ)、北小路(きたこうじ)、錦小路(にしきのこうじ)、万里小路(までのこうじ)の7家。大路がつく公家は、西大路(にしおおじ)だけ」
ただし、公家の中でもこれらは少数派。大多数の公家は地名から名字をつけた。
■奈良──米田さんNo.1県
方位方角に由来する名字が多い。東、西、南などがつく名字は紀伊半島一帯に見られるが、奈良には北西を意味する“乾”(いぬい)や南西を表す“辰己”(たつみ/巽、辰巳なども)もあるのが特徴。
また、米田も多い。人口比で見ると、米田率がいちばん高い県。全国的には圧倒的に“よねだ”と読むが、奈良中南部では“こめだ”が主流だ。県のランキングでは68位が米田(よねだ)、71位が米田(こめだ)と、かなりの僅差。
■大阪──西日本の縮図
田中、山本がツートップ。ただ、大阪は西日本の各地から人が集まっているため、独自性はあまりない。むしろ“西日本の縮図”といえる。もちろん、地域によっては特徴も。泉佐野市や岸和田市には、日根野谷(ひねのや)、佐野川谷(さのがわや)、小間物谷(こまものや)など、“漢字3、4文字+谷”という名字が多い。
「有名な珍名字は、泉大津市の鼻毛(はなげ)さん。東京(とうきょう)さんも、大阪在住です」
■兵庫──藤原さん、日本一
大阪と同じく、田中と山本がダントツに多い。特徴は、藤原が県5位なこと。藤原は兵庫から岡山にかけて集中していて、実数では兵庫が日本一なのだ。県ランキングには人口の多い阪神地区の名字が並ぶ中で、丹波地区に集中する足立が34位にランクイン。
「珍しい名字は紡車(つむ)。さらには洪水(こうずい)、国宝(こくほう)、碁盤(ごばん)、栗花落(つゆり)、力士(りきし)などがあります」
■和歌山──小鳥遊さんはここに!
県トップ50で特徴的なのは玉置、榎本、中谷、辻本など。ただし玉置以外は近県にも多く見られる。
「和歌山では“たまき”がほとんどですが、和歌山を離れるにつれ“たまおき”が増えていきます」
湯川、岩橋、上野山、貴志(きし)、雑貨(さいか)なども和歌山らしい名字。また那智勝浦町の小鳥遊(たかなし)は珍名字で有名。鷹がいなければ小鳥は遊んでも平気……まるで言葉遊び。
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■岡山──194位の名字が県2位
いちばん多い名字は山本だが、2位は三宅。全国ランキングは194位なので、この順位はかなり特徴的。11位の難波は、源平合戦で平家方の武将として登場する一族で、県内に38%が住んでいる。30位の妹尾(せのお)も、古代豪族の子孫で『平家物語』にも出てくる。
「難波も妹尾も岡山ならではの名字。その昔、岡山は吉備国として栄えていたため、古い氏族が多いです」
■広島──西日本なのに佐藤が多い
山本、田中、藤井、佐藤、高橋、村上、佐々木……とメジャー名字が上位を独占。
「佐藤は東日本を代表する名字なのに、県4位。西日本ではかなり珍しいです。これは、鎌倉時代初めに東国の武士が移り住んだことや、備後福山藩は譜代大名が代わるがわるやって来たためです」
県西部の安芸地方は山本、田中が多く、特に安芸北部は佐々木が集中。東部の備後地方は村上、佐藤が多い。
■鳥取──金持のルーツ
県3位に山根が入っているのはレア。6位の谷口は西日本に多いが、人口比では鳥取が日本一。小椋、角(すみ)、林原、景山(かげやま)、生田(いくた)などは鳥取らしい名字といえる。
「江戸時代、藩主が池田家になった際、もともといた池田は“生田”に名字を変えました。原則的に、藩士は、藩主と同じ名字は名乗らないので」
秋田には金持(かねもち)というゴージャスな名字があるが、ルーツは鳥取県日野郡金持。
■島根──さすが“神の国”
出雲大社を擁する島根。神門(こうど)、神庭(かみにわ)など神にちなんだ名字があるのが独特といえる。また出雲地方は、古代から良質な鉄がたくさん採れた“製鉄のメッカ”。鉄は“金”の文字で表されたため、金を冠する名字のほか、鉱(あらがね)、鈩(たたら)なども。県48位・錦織のルーツは滋賀県大津市の地名。もともとは“にしこり”と読んだが、現在は“にしこおり”が多い。勝部(かつべ)、野津、森脇、江角、園山(そのやま)なども島根らしい名字。
■山口──川村さんよりも河村さん
トップ4は山本、田中、中村、藤井。これは、山陽にほぼ共通して見られる傾向だ。県9位は河村。全国的に“かわむら”は川村と書くほうが多いので、かなり特徴的。古谷(ふるや)、弘中、村岡、水津(すいつ)、縄田などが山口らしい名字といえる。
「珍しい名字としては無敵(むてき)があります。殿様が、抜群の働きをした武士につけたそうです」
さらに目(さかん)、金魚(きんぎょ)、次郎垣内(じろうかきうち)、二十八(つちや)なども。
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■徳島──東日本の名字が多い
全国1位の佐藤は、関東から東北に非常に多く、西日本では県トップ5にもなかなか入らない。が、徳島では堂々の1位。徳島には鎌倉時代に関東から多くの武士たちがやって来たため、佐藤ほか、東日本の名字が多いのが特徴。
「県22位に坂東、31位に板東が入っているのもユニーク。吉野川の下流に板東、上流に坂東が多いです」
徳島らしい名字は新居(にい)、湯浅、鈴江、後藤田など。
■香川──唯一の大西さんが1位
香川の1位は大西。
「ルーツは、徳島県三好市にある地名です。戦国時代、大西頼武は土佐北部から讃岐国豊田郡にかけ勢力を誇りました。今でも四国中央部一帯に大西は多いです」
東部は多田、長尾、岡など徳島と共通した名字が多い。西部では真鍋、藤田、合田(ごうだ)など愛媛の東予地方と似た名字傾向が見られる。いかにも香川らしい名字には宮武(みやたけ)、香西(こうざい)、福家(ふけ)、十河(そごう)、宮脇、大林など。
■愛媛──瀬戸内海独特、村上&越智
高橋が1位なのは、愛媛と群馬だけ。県2位の村上、4位の越智は瀬戸内海独特の名字。
「越智のルーツは伊予国越智郡(現・今治市付近)の古代豪族。また、平安末期に信濃(長野)の村上一族が伊予に移り、村上水軍となりました」
県5位が渡部、6位が渡辺。漢字を無視した“わたなべ”であれば高橋をしのぐ。愛媛独特の名字は宇都宮、兵頭、菅(かん)、玉井など。
■高知──トップは西日本を代表する山本
西日本を代表する名字・山本が、高知では1位。ただ、県2位の山崎、3位の小松、4位の浜田などは、他県ではトップ10入りする名字ではない。
「県8位の岡林は、高知独特の名字です。県全域に見られますが、特に仁淀川の流域に多いですね」
さらに高知を代表する名字は片岡、西森、土居、中平、公文(くもん)、楠瀬(くすのせ)、森岡、笹岡など。難読名字では五百蔵(いおろい)と甲把(かっぱ)が有名。
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■福岡──圧倒的に田中
福岡では田中がダントツの1位。2位は九州に多い中村、3位は西日本に多い井上、4位は北九州独特の古賀、5位が西日本を代表する名字の山本。
「西日本と九州の特徴を合わせたようなランキングになっています」
県8位の松尾、10位の山口も北九州に多い名字。福岡独特の名字としては石橋、白水(しろみず)、許斐(このみ)。珍しい名字には京都(みやこ)、冬至(とうじ)、不老(ふろう)など。
■佐賀──石丸、田中丸、源五郎丸
県1位は山口で、お隣の長崎でもトップ。
「江戸時代、佐賀と長崎は合わせて肥前国でした。両県の傾向は似ています」
県3位に古賀、4位に松尾、5位に中島と、北九州らしい名字が並ぶ。江口、江頭、副島(そえじま)、大坪、岸川、横尾などは佐賀らしい名字。また佐賀には田中丸、石丸、市丸、船津丸、源五郎丸など“丸”がつく名字が多いのも特徴。丸は、開墾した土地を意味する。
■長崎──佐賀と似ています
1位山口、2位田中は佐賀と同じ。3位に古賀が入っているのがレア。岩永、井出、古川も両県に見られる名字。長崎らしい名字は、県16位の林田。島原半島に多く、熊本の天草などにも見られる。また県41位の平山は対馬や五島列島に多い名字。さらには浜崎、田川、出口、浦、阿比留(あびる)、高比良(たかひら)なども。
「阿比留は対馬でいちばん多い名字。代々、対馬の官僚を務めました」
■熊本──井さんがたくさん
北九州全域に広がる田中、中村がツートップ。熊本独特の名字としては県12位の緒方、29位の田上。
「九州以外では“たがみ”と読むことが多いのですが、熊本では“たのうえ”が非常に多いです。県30位の上村も、新潟では“かみむら”と読みますが、熊本では“うえむら”です」
熊本らしい名字には清田(きよた)、古閑(こが)、田尻、赤星など。また阿蘇地方には、井という漢字1文字の名字が集中。
■大分──なんといっても〇藤
大分の1位は佐藤。西日本ではかなり珍しい。県ランキングには2位の後藤ほか、工藤、首藤、衛藤、安藤がトップ30入り。
「九州全体に多い田中、山口、中村。北九州に多い古賀、松尾。南九州に多い山下、坂元。大分ではひとつもトップ10に入っていません。名字の傾向は関東地方に近いですね」
県6位に安倍、9位に阿部など、漢字まで聞かないとわからない名字が多いのも特徴。大分らしい名字には阿南(あなん)、姫野、麻生(あそう)など。
■宮崎──ダークホース・黒木がトップ
ほかの県ではほとんど見られない黒木が、宮崎では1位に。黒木は全国ランキング300位台。メジャーとはいえない名字ゆえに、異例ともいえる。県2位は甲斐(かい)、3位は河野(かわの)、6位は長友と、かなり独自性の強いランキング。
「宮崎らしい名字は岩切、金丸、中武、押川、椎葉(しいば)、興梠(こおろき)などです」
珍しい名字には大平落(おおでらおとし)、下り藤(さがりふじ)、砂糖元(さともと)、五六(ふのぼり)など。
■鹿児島──本じゃなく元です
鹿児島の1位は中村。45の都道府県でトップ50入りするメジャー名字だが、県単位で1位なのは鹿児島だけ。トップ50には有村、鮫島、大迫(おおさこ)など県外では見られない名字が目立つ。
「鹿児島では松元、坂元、福元など“本”ではなく“元”と書きます。また堀之内、竹之内、竹之下など“〇之〇”という名字も多いです」
また、奄美地方は琉球文化圏の影響で、漢字1文字の名字が多い。
■沖縄──独自名字のオンパレード
1位比嘉、2位金城、3位大城、4位宮城、5位上原、6位新垣、7位島袋……沖縄のランキングは他県とはまったく異なる。
「比嘉、新垣、島袋、県11位の知念、12位の仲宗根などは、全国の85%以上が沖縄在住です」
沖縄に独自の名字が多い理由は、琉球語の影響や地理的な要因もあるが、江戸時代に支配した薩摩藩が“大和風”の名字を禁止したことにもよる。
<教えてくれた人>
森岡浩さん◎姓氏研究家。歴史学や地名学、民俗学などを踏まえつつ、名字を実証的に分析している。『人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!』(毎週木曜午後7:30~NHK総合)レギュラー。著書も多数。
http://www.office-morioka.com/