竹原ピストル 様
今回、私が勝手に表彰するのは竹原ピストルさんである。
ある日、出会い頭に心をつかまれた。
深夜にテレビを観ていたら、ギターを抱えたひげ面の男が現れた。「なんだ?」山道で熊に遭遇したときのような驚き。私は椅子の上でのけ反る。男はテレビに慣れていないようで緊張しながらもヘラヘラしていて、「竹原ピストルといいます。一曲聴いてください」と簡単な挨拶をして、ギターをポロンと鳴らし歌い始めた。
ドスの効いたしゃがれ声。まるで僧侶が辻説法しているかのような迫力。鎌倉時代か!? 私ののけ反った身体は前のめりになり、男の歌に引き込まれてゆく。
「よー、そこの若いの 俺の言うことを聞いてくれ〜」
その歌詞に聞く聞くとうなずく。
「俺を含め、誰の言うことも聞くなよ〜」
聞かないの? 何、このおでんのような染みる歌詞。でも、刺さった。完全に心に刺さった。
いてもたってもいられなくなった私は、深夜でも開いているCD屋に行き、竹原ピストルを探す。一番下の棚に一枚だけあった!
初めてピストルを所持してしまった瞬間だ。
家まで我慢できず車のなかで試聴する。一曲だけ聴いてあとは家で、なんて思っていたが、やめられない止まらない。深夜の東京でぐるぐると徘徊(はいかい)を続ける。
その日から私の心に竹原ピストルが住み始めた。他のアルバムも手に入れ、家で、車で、道端で、フルボリュームでピストルを乱射する。
歌詞を噛みしめる。
「暮らしづらいのは街のせいじゃない 暮らしづらいのは大丈夫 夢があるからさ〜」
「積み上げてきたもので 勝負しても勝てねぇよ 積み上げてきたものと 勝負しなきゃ勝てねぇよ」
「薬づけでも生きろ どうせ人間 誰もがなんらかづけで生きているんだ 大差ねぇよ」
優しくって、鋭くって、本音で生きてる男が銃口を私に向けている。
こうなったらライブを観てみたい。本物のピストルに撃たれたい! という衝動にかられる。ネットで探すとほとんど地方でライブ。「んー、休みも取れんし〜」ともん絶。
それから毎日忙しく、竹原ピストル熱も少し冷めた頃、会議が一つ休みになった。
夕方以降、ぽっかりと空いた。何気にネットを見たら、竹原ピストルが神奈川の日吉でライブをやっている。もう勝手に手が動いている。ライブハウスに電話していた。
「あの、ダメもとなんですけど、立ち見でもいいんで一枚チケットありません?」
受話器の向こうでライブハウスの人らしきおばさんが少し黙った後、
「いいよ!」
うそでしょ! まじ!? やった! いくいく! つーか、あんまし時間ない!
ドラマの最終回、どっかに旅立つ恋人に会いに行くように、車を飛ばし日吉へ。
「俺ってこんな積極的だったっけ?」と思いながら、渋滞になるたび、泣きそうになる。頼む、間に合ってくれ!
地下にある小さなライブハウスで、生ピストルが歌っている!
曲、全部知ってる! 恐ろしいほど汗かきだ! ギターを嵐のようにかき鳴らし、地響きのように身体全体でリズムを刻む。歌はお経を唱えているようだ。
まるでグルメが、伝説の焼肉屋で食を堪能したときのような満足感。いやそれ以上。
映画『永い言い訳』も観たし、もう一回ライブにも行った。そして、ついに自分が担当する番組に出てくれることになった。ライブハウスでトークと歌を収録することになった。
マネージャーとの打ち合わせで聞いてみた。
「ピストルさんが嫌がることってなんですか?」
するとマネージャーは当たり前のように、
「お世話になったライブハウスの人に失礼さえなければ、なんでもしますよ」
やっぱり、思った通りの男だった。
<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『ぶっちゃけ寺』『池上彰のニュースそうだったのか!!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)