'16年、成田空港に来日したレディ・ガガ

 LGBT。ビジネスの世界でも、ここ数年間で目にする機会が急に増えた言葉である。LGBTとは、レズビアン(Lesbian:女性の同性愛者)、ゲイ(Gay:男性の同性愛者)、バイセクシュアル(Bisexual:両性愛者)、トランスジェンダー(Transgender:生物的性別と自覚的性別の不一致者)の頭文字を並べた造語で、彼らを中心に「性的マイノリティ」と括られることも多い。

 なお、LGBT以外の性的マイノリティも存在するので、厳密には「LGBT⊂性的マイノリティ」の関係にある別概念だが、当記事ではLGBT層と総称したい。

 ビジネスチャンスに鼻が利く電通や博報堂も相次いで関連する組織を設立したり、調査結果を発表したりするなど今や、LGBT層に向けられる企業の視線は熱い。

LGBT層の消費総額は推計6兆円規模!

 電通の調査によるとLGBT層の人口割合は既に約一割で、血液のAB型比率とほぼ同水準だ。また、彼らの消費総額は推計6兆円にも達しており、デパート業界や広告業界とほぼ同じ規模感で、品目別では特に家電、インテリア、化粧品、カルチャー活動の消費が活発だと報告されている。

 しかも最近の「おねえタレント」の活躍などを受けてか、その社会的な存在感は増すばかりで、もはやマイノリティの域をとうに超えているようにも思える。

 人口減少・高齢化・貧困化などで大変に厳しい国内市場に直面している企業が、彼らを新しい有望な消費ターゲットとして捉えたくなるのも、至極当然な流れだ。

「有望消費者としてLGBT層を狙え!」と息巻く企業が増えても不思議ではない。

 そして、そんな風潮の追い風になっているのが、ビジネス誌などにときおり掲載される同性愛者富裕層説、すなわち「同性愛者に高学歴・高所得者が多い」という通説ではなかろうか。

 確かに今の世間に、「お金持ちそうな同性愛者が目立っている」と漠然と感じる人が多いことは否定できまい。バラエティ番組に頻繁に出演したり豪華な自宅を紹介したりするいわゆる「おねえタレント」たちが、富裕同性愛者の判りやすいアイコンとして機能している。

 また、バイセクシュアルだと公表しているレディ・ガガをはじめとして、LGBT層であることを公言している著名な芸能人やスポーツ選手、IT系や美容系のカリスマ経営者などは枚挙に暇がない。

 加えて、アップル社CEOのティム・クック氏が同性愛者だとカミングアウトした影響も小さくないだろう。彼は同性愛を公言した最初の全米主要500社トップとして歴史に名を刻んだが、今後は同様の大物経営者が続出しても誰も驚くまい。

 事実、2013年米国版国勢調査によると、同性婚世帯の平均年収は一般(異性婚)世帯の約2倍にも達していたという。

「同性愛者=富裕層」説は本当なのか

 ただし私自身は、同性愛者富裕層説を素直に信じる気にはとてもなれない。

 前記の米国版国勢調査でも言えることだが、統計分析では一見すると相関があるように見えて実は無関係だったなんてこともしばしば起きる。例えば、「同性愛者は大都市圏に多い」と「富裕層は大都市圏に多い」が各々正しければ、同性愛者と富裕との間が本来無関係でも、同性愛者の富裕層比率は高いという分析結果が出てくる。

 また、そもそも同性愛者に対する差別を避けようと、自分の立場を偽って国勢調査に応じている人も相当数いるはずで、ならばその信憑性がそもそも疑わしい。

 そして、同性愛者富裕層説を真っ向から否定する統計調査も存在する。カナダのマギル大学(McGill University)が同国の2006年センサスを分析したところ、平均収入額は「一般男性>同性愛男性>同性愛女性>一般女性」の順だったという。オーストラリアなどでもほぼ同じ調査結果が発表されている。

 女性に限れば確かに同性愛者の所得が高いという結果ではあるが、これはおそらく一般女性が出産育児中に収入が一時的に減少することを反映しているだけで、これをもって同性愛女性の方が経済的に豊かだなんてとても言えまい。

 以上のように、まことしやかに流布されている同性愛者富裕説の真実はなはだ曖昧で、「信じるかどうかは貴方次第です」程度の都市伝説だと言わざるを得ない。

 従って、当説を真に受けた企業がLGBTマーケティングに果敢に乗り出しても、最後は「そんなこと聞いてないよ〜」と悲鳴を上げたくなるような苦境に陥りかねない。

 しかも、前記した約6兆円という数字ばかりが注目されがちだが、「LGBT層の消費規模」と「LGBTの市場規模」とは内容が全く異なることにも注意が必要だ。

 有体にいうと、日常生活での消費に関して、LGBT層と一般層との間で大きな差があるわけではない。いや、ほぼ同じで変わらないだろう。喜怒哀楽は消費動機の基本だが、それは生ける者すべてが共通に持っている感情であり、だから一人が笑ったり泣いたりすれば、みんなも笑ったり泣いたりする。

 あのアンネフランクも「私たちの人生は一人ひとり違うけれど、されど皆同じ」と言っているし。

 それなのに「LGBT層の消費ニーズは特殊だ、理解せよ」と主張する様はとても滑稽に感じるのは私だけ? そもそもマーケティングとは、無理やりにでも新奇性や特異性を強調せざるを得ない因果な仕事なので、仕方ないといえばその通りなのだが……。

 そう考えると、LGBT層の消費規模は6兆円だとしても、LGBTであることに起因した消費額は数百億円程度(6兆円の1%だとして600億円)に限定されよう。本音を言えばもっと少ないと考えている。

LGBTマーケティングの要諦とは?

 これがLGBT層の当人を消費ターゲットにする、そして記事等でよく散見するLGBTマーケティングの実態なのではなかろうか。

 ただしLGBT層に嫌われた場合は、この6兆円消費へのアクセスを一気に失う危険性には十分に留意されたい。しかも、LGBT層を支援する、「ストレートアライ」と呼ばれるさらに大勢の人々からも嫌われるために、その喪失規模は数十兆円にも達しよう。

四元さんも執筆している『ダイバーシティとマーケティング-LGBTの事例から理解する新しい企業戦略』(著者/四元正弘・千羽ひとみ)。画像をクリックするとamazonの購入ページにジャンプします

 というのも、電通調査によれば「性的マイノリティを支援する企業の商品を積極的に利用したい」と答えた一般人の割合は53%。

 さらに個人消費総額が約285兆円(平成28年度消費者白書)であることを考えれば、LGBT本人および支援者による支出総額は150兆円という算段も成り立つからだ。

 ノーベル文学賞を受賞した英国の哲学者バートランドラッセルはかつて、「最悪な人間とは、あらゆる人間を分類して、判りやすいラベルを貼る奴のことだ」と述べた。

 実際に、「○○とはこういう人だ」「○○を狙え」的なマーケティングが上手くいった事例はほとんどない。ラッセルが言うように、当の本人たちにしてみれば、ラベルを安易に貼られて不愉快になるからだ。

 その意味でLGBTマーケティングの要諦とは突き詰めれば、「LGBT層を狙え」ではなくて「LGBTから嫌われない」、つまりは「顧客にLGBTもいるかもしれないので、そういった人たちに自然な配慮しておく」ことに尽きると私は考える。

 そこで次回の記事では、LGBT層を有望消費者としてラベル付けするのではく、社会運動テーマとして捉えて、そこに企業が飛び込んでいくことで企業ブランディングに役立てるマーケティング戦略を考えてみたい。


<著者プロフィール>四元正弘(よつもと・まさひろ)◎四元マーケティングデザイン研究室代表 (元・電通総研・研究主席)。東京大学工学部を卒業してサントリーでプラント設計に従事したのちに、87年に電通総研に転職。その後、電通に転籍。メディアビジネスの調査研究やコンサルティング、消費者心理分析に従事する傍らで筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年に電通を退職し、四元マーケティングデザイン研究室を設立。21あおもり産業総合支援センターコーディネーターも兼職する。