「そんなエキサイトしないで。答弁の最中なんですから。議論するのであれば、みなさんの案を憲法審査会に出していただいて、とずっと申し上げているわけであります」
安倍首相は9日、参院予算委員会で民進党・蓮舫代表の質問に答えている最中に同党議員らから激しくヤジられ、同党に憲法改正の対案を出すように迫った。なぜ、国民の合意なき改憲を前提に、野党が対案をひねり出さなければならないのか理解に苦しむ。
発端は憲法記念日の3日、都内で開かれた改憲派集会に安倍首相が寄せたビデオメッセージだった。唐突に東京五輪が開催される2020年の改憲を目指すと宣言したのだ。
《私たちの世代のうちに自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、「自衛隊が違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきであると考えます。(中略)9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います》
と述べて憲法9条改正の私案を示したのである。
9条2項の戦力不保持をそのままにしながら、どのように自衛隊を明文化するつもりなのかはわからない。
自民党は'12年に党憲法改正草案を発表している。私案は自民党案とは別もの。同党総裁である安倍首相が個人の考えを勝手に述べたことで党内は混乱している。
それにしても、新たに自衛隊の根拠規定を憲法に盛り込む必要性はどこにあるのか。
ジャーナリストの大谷昭宏氏は「必要性なんてありません」とバッサリ切り捨てる。
「ここ数年、自衛隊が違憲か合憲かと騒いだニュースがありましたか。安倍首相はとっくにケリがついている大昔の議論を持ち出しただけ。自民党改憲草案の『国防軍』創設は世論の支持を得られないとみて、『自衛隊』という都合のいい“合鍵”で改憲の扉を開くつもりなんです。1度開けちゃえば、あとは好き放題できますから。泥棒と同じ発想です」(大谷氏)
'20年に照準を合わせたのも気にかかる。
「来年9月の党総裁選で3選を果たせば任期は'21年までになります。任期中に改憲の実績を残したいのに憲法審査会の議論が進まず、焦っているんでしょう」(大谷氏)
さて、万が一、憲法に書き加えられた場合、自衛隊はどう変わるのだろうか。
名古屋学院大学の飯島滋明教授(憲法学・平和学)は、
「条文内容にもよりますが、おそらく現状を認めるだけではすまなくなるでしょう」
と指摘する。
「いずれ、宣戦布告や戦争終結の権限、『軍法会議』といわれる軍事裁判所に関わる事項も憲法に明記する必要が生じます。軍隊を動かす以上、どの国も憲法で定めていることだからです。そこでは軍の理論で裁かれます」(飯島教授)
例えば日本国内で戦闘行為があったとして、自衛隊員が誤って民間人を死なせてしまったと仮定する。現行法上では過失致死罪という犯罪にあたるが、「軍法会議では活動上やむをえなかったとだいたい無罪にされる」(飯島教授)という。
軍備増強のおそれもある
「集団的自衛権を行使できるようにした安全保障関連法に基づき米艦防護を実施しましたが、あのヘリコプター搭載型護衛艦『いずも』は海外では空母扱いされる能力があります。海上自衛隊は同タイプを計4隻持っており、現状でも、憲法上保持できる自衛のための必要最小限度の実力といえるかどうか。“日本を守るため”として、さらに軍事力を増す可能性があります」
と飯島教授。
自衛隊員だけの問題ではない。飯島教授が自衛隊関係者から聞き取ったところによると、少子高齢化の影響か、部隊によっては隊員の充足率が低いとする情報がある。
「憲法上の組織である自衛隊の維持、円滑な行動の確保は憲法的にも国の責任─などと主張して徴兵制を採用したり、医師や看護師、技術者などが自衛隊の戦争に協力させられる制度を作るかもしれません」(飯島教授)
また、現状では女性自衛官が追い込まれているという。
「稲田防衛相は4月18日の記者会見で、陸上自衛隊の普通科中隊や戦車中隊の“実戦部隊”への女性自衛官の配置を明言しました。実戦で砲撃や爆撃を受ければ、服は吹き飛ばされる、つまり裸になってしまう可能性があります。女性自衛官が戦闘で捕虜になれば、どのような目に遭うかは想像がつくと思います」
と飯島教授は話す。
普通科中隊や戦車中隊の実戦に関係のない補給部隊などには女性は昔から配置されていた。前線に配置されなかったのは、重い機関銃などを運ぶのが困難という体力差のほか、戦場で性的被害を受けることが心配されたからだ。
「ところが'15年11月には、戦闘機や偵察機に女性自衛官が配置されることになりました。安倍自公政権の『女性活躍』の実態は“女性も戦場に送ること”といえます。武器は軽くなり、ハイテク化が進んで女性でも扱えます。車の運転さえできれば、80歳の女性にできる任務もあるというんです」(飯島教授)
車列の先頭を走る輸送部隊は襲われやすい。攻撃を受けたら後続車両は撤退する。つまり、“捨て駒”というわけ。安倍首相の暴走ぶりからすると、こうした悪夢が現実のものになってもおかしくない。
メディアの権力チェックも緩んでいる。憲法記念日の3日の新聞各紙のトップ記事は異様だった。読売は「憲法改正20年施行目標」とする安倍首相インタビュー。産経は「憲法70歳。何がめでたい」と見出しを打った。一方、朝日は、憲法GHQ草案に昭和天皇が「いいじゃないか」と発言したと示すメモが残っていたことをスクープし、押しつけ憲法論に一石を投じた。
前出の大谷氏は言う。
「安倍首相はナショナリスト(愛国者)というよりナルシスト。稚拙な愛国心で“美しい国”と言って、自分でうっとりしている気味の悪い男です。憲法学者の意見を気にしたり、気にしなかったりとコロコロ変える。メディアはそうした事実を忘れず、報じていく必要があります」
私たちの憲法は私たちで守る。ダマされてはいけない。