いま、学校の先生たちの“働きすぎ”に注目が集まっている。日本の教員の労働時間(53・9時間※)はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でワースト1位。
※中学校教員の1週間あたりの労働時間。OECD加盟国の平均は38・3時間。
文科省の平成28年度『教員勤務実態調査』によれば、国が「過労死ライン」としている週20時間以上の「残業」をこなす教員は小学校で33・5%、中学校で57・7%にのぼる。実際、過労死に追い込まれた教員も少なからずいる。
教員の出退勤を記録している学校はわずか1割
昨年1月、職員会議中にくも膜下出血で倒れ、その1か月後に亡くなった小学校教員の山口聡美さん(当時51)は、月100時間を超える時間外労働が常態化していた。1年生の担任を務め、学年主任として若手の指導にあたり、さらに授業の準備、テストの採点といった持ち帰りの仕事も。
「パソコンを使った作業はセキュリティーの問題から学校でやるしかなく土、日も学校に行っていました」
そう、夫の俊哉さん(52)は振り返る。教師生活27年というベテランの聡美さんであっても、思わず愚痴がこぼれるほど過酷な状況が続いていたという。
「勤務時間はパソコンのログイン・ログアウトで推定しました。当然、それだけでは正確な時間は出せません。自分としては、もっと多かったはずと思っています」(俊哉さん)
聡美さんは決して特殊なケースではない。教育現場が抱えるリスクに詳しい、名古屋大学大学院の内田良准教授が解説する。
「多くの学校で出退勤時間が把握されていません。昨年12月に、連合総研が全国の公立校を対象に行った調査では、タイムカードなどで出退勤を記録している学校はわずか1割でした」
ずさんな労務管理は、ある法律が元凶だ。公立校の教職員について、時間外勤務手当や休日出勤手当を支払わないかわりに、月給の4%を教職調整額として支給する制度が法的に定められているのだ。月給の4%とは、残業手当に換算して月7~8時間分。過労死ラインで働く教員が続出する現状には見合わない。
こうした状況を受けて、遺族の俊哉さんや、内田准教授をはじめ教育研究者ら有志が集い『教職員の働き方改革推進プロジェクト』を立ち上げた。12日に開かれた記者会見の際、事務局の樋口修資明星大学教授は「政府の『働き方改革』が進む中、公立学校教員の長時間残業だけが労働基準法の適用対象外となっている。教職員の時間外労働にも、ほかの労働者と同じく上限規制を設けてほしい」と述べて、前述した制度の見直しを訴えている。
また、この会見に先駆けて5月1日からネット署名を開始。18日時点の賛同者は2万5593人だが、6月中旬までに4万筆を集め国に提出する構えだ。
献身とタダ働きに支えられた部活
長い労働時間に加えて、とりわけ中学・高校の教員にとって大きな負担になっているのが「部活」だ。最近は『ブラック部活』という言葉まで登場している。
内田准教授によれば、
「平日が苛酷なうえ、部活があるため土、日も休めません。教員実態調査によれば、10年前に比べて、小学校教諭で1日あたり49分、中学校教諭にいたっては109分も部活などの時間外活動が増えています」
だが意外なことに、負担軽減を求める声は、職員室からは聞こえてこない。
「“子どものために自分の時間を割いてこそ先生。部活を指導してこそ一人前”という文化が根強いからです。これは信仰と言っていいほど強烈です。最近は職種を問わず、日本全体の問題として働き方が議論されていますが、職員室に限っては無風状態。もし教員が疑問の声を上げたら、“あいつは教師失格”とのレッテルを貼られかねないのが実情です」(内田准教授)
そんな中、現状に風穴をあけるため、SNSを通じて発信する教員たちが出現。ツイッターアカウント『kaoru』ことkaoru先生も、その1人だ。
1日16時間以上も学校にいるという長時間労働の実態についてのツイート(記事冒頭の写真)が大きな反響を呼び、4万5000回以上もリツイートされ、広く拡散された。
kaoru先生は近畿地方の公立中学に勤める現役教員だ。学級担任を務めながら週5日、4クラスで計20時間の授業を受け持ち、運動部の顧問も担う。
「本来の勤務時間は8時から17時。ですが、7時から部活の朝練が入っていますから6時30分には学校にいます。授業は9時スタート。授業のほかに、道徳、総合(的な学習の時間)、学活が週20時間ぐらい。それ以外にも8時間ぐらい、不登校の子どもたちへの対応にあたっています。
授業後も部活。16時から始まり、夏は19時まで練習に付き合います。それから書類作成や保護者への電話連絡などにあたって、帰宅は21時か22時ぐらい」
家に帰り着いても、まだ1日は終わらない。
「多いときで1時間~3時間ぐらい、持ち帰った仕事をして就寝。翌朝5時には起床します」
kaoru先生が部活のあり方に疑問を感じ始めたのは、顧問に就任した直後のことだ。授業の準備時間がほしいと、その日に限り欠席を上司に願い出たら、「口では“いいよ”と言ってくれるんですけれど、顔と口調が“ダメ”と言っている。この学校では、勉強より部活の比重が大きいんだと気がつきました」
部活、部活の毎日で、精神的に不安定な子どもがいても話を聞く時間がない。
「手を抜いてもいちばん害がないのが、授業になってしまっている」
部活偏重は保護者からの要請によるところも大きい。例えば、スポーツの強豪校は勝利至上主義に走りがちになり、熱心な親の求めに応じて、部活も過熱していく傾向がある。
それとは別に、内田准教授が「無料の保育所状態」と指摘するタイプの“期待”もかけられている。
「土、日の部活を休みにしたら“なんで?(子どもが)家でゴロゴロされていても困るんだけど”って言われました」(kaoru先生)
そんな部活の残業代はゼロ。休日手当がわずかに支給されるほかは、タダ働きだ。教員の仕事にやりがいを感じているが、「このままでは10年後も続けているかわからない」とkaoru先生はこぼす。
歯止めがかからない、やりがい搾取の構造
もっと部活がうまくなりたい。今は難しいことでも練習して、できるようになりたい─、そう努力する生徒の頑張りは素晴らしく、その向上心に応える教員の献身も素晴らしい。
「いいことずくめだからこそ、誰も歯止めをかけられないのです」
そう指摘するのは、現役教員の青木博司さん(仮名)だ。
「責任感から熱心に取り組んで身体を壊した先生もいますし土、日も部活で不在がちになり、家庭が壊れた先生も少なくありません」
今年4月、青木さんはツイッターをきっかけに知り合った教員、その家族らと一緒に教育現場を改善するために部活のあり方を考える『部活改革ネットワーク』を設立した。メンバーは全国におよそ50人。ネットを介して地域ごとに集まり、勉強会や情報交換の「オフ会」を開いている。
「部活はあって当たり前、絶対にやらなければならない仕事だと思っていましたが、実は違う。教員の本業は授業です。部活は教育課程に入っていないのに、顧問をすることが実質的に強制されている状態。しかもそのことを知らない教員がほとんどです」
公立中学の場合、勤務時間外に行う部活の顧問は職務として命じられないとする裁判の判例もある。
しかし、現実には校長に「お願い」されて断れる教員はまずいない。
「“他人の子どもの面倒はみるけれど自分の子どもはみられない”とは教員の誰もが実感する言葉。それに先生がヘトヘトなら、生徒だってクタクタです。授業に部活に、塾にも行って。いつ家族と過ごすのか」
こうした負担を軽減させようと、文科省は、学校の教員ではない外部コーチが部活の指導や試合などの引率を行う『部活動指導員』を4月から制度化。これに関連して、自民党は部活指導者の国家資格を創設する検討を始めている。
「部活指導員は国の予算がついていないため自治体の負担になる。それでは制度ができても進まない。外部コーチが教育現場を理解している人かどうかという問題もあります」
と内田准教授。先生の負担が増えるということは、子どもに向き合う時間が減るということでもある。
「例えば、部活が週6日あるところを3日に減らす、サッカーのように地域の民間クラブチームへ移して学校から切り離すなど、部活のあり方そのものを検討すべきです」(内田准教授)
取材・文/千羽ひとみと週刊女性「教育」取材班