「突然ですが、あなたのおうちでご飯を食べさせてくれませんか?」 旅先の見知らぬお宅を訪ねてご飯を食べさせてもらう。そんな“キッチハイカー”として世界中を450日間かけて旅した山本雅也さんの食卓探訪交遊録が話題となっています。

玄関開けて3時間で起こる想像以上のこと

「キッチハイク」とは、著者・山本雅也さんの作った言葉。「キッチン」と「ヒッチハイク」を合体して、「キッチハイク」。

世界中のお宅を食べ歩いた『キッチハイク! 突撃! 世界の晩ごはん』が話題の山本雅也さん 撮影/森田晃博 

 旅先の見知らぬお宅を訪ねてご飯を食べる。そんなキッチハイカーとして日本を飛び出した山本さんは、世界中の食卓を突撃します。

「あなたのおうちでご飯を食べさせてくれませんか?」

 この突撃を重ねた450日間の食卓探訪交遊録が『キッチハイク! 突撃!世界の晩ごはん』(集英社刊)。食べて笑って歩き回って、胃袋にガツンとくる1冊です。

「いろんな出会いがあったんですけども、この本で紹介しているキッチハイクは、30回ほどですが、実は50回ぐらいやっていて。書ききれなかったネタは山ほどあります。キッチハイク先は、友達の友達の友達ってのをつないでもらったこともあるし、訪ねた人が次の人を紹介してくれたりということもありました。フェイスブックなどを通して、“食べさせてくれる人いませんか”と探したり、路上で声をかけたりも実際ありましたし、いろいろですね」

『キッチハイク! 突撃!世界の晩ごはん』(1600円+税 集英社)※記事中にある書影をクリックするとamazonの紹介ページにジャンプします

 見知らぬ人の家に行って、いきなりご飯を一緒に食べるって、かなりのチャレンジャー精神だと思います。

「いや、ビビりますよ。玄関開けてからの2、3時間で、ここまでビフォー・アフターの違いがある体験ってほかにあるんだろうかって思うんですよね。全部想像を超えてくるといいますか、想像がつかない。玄関開けてからの3時間で何が起こるんだろうっていうのを50回やっても、毎回わからなかったのが本当に面白くて。

 なんかそれがレストランでもないし、世界遺産でもないし、ひとりひとりの人間の暮らしの個性というか、リアルがそれぞれに違うと思うので、最後まで“僕はキッチハイク初心者だなあ”と思いながら旅してましたね」

 世界の家庭料理を口にするだけではなく、いろんな人間関係も目にされていますね。グアテマラの老婦人とお手伝いさんが一緒に食事をとらないとか。

「台所事情ってすごくうまい言葉だなあと思って。懐事情だし、外にあまり出せないことが台所には詰まっているのが、全部見えちゃうんですよね。なんか生活のバックヤード的なところじゃないですか。そういうところに旅先でお邪魔させてもらうと、なんかこう生々しさしかないっていうか。その家の暮らしが全部わかってしまうし、暮らす人たちの関係性とかも隠せないし。グアテマラの話でいうと、お手伝いと雇い主みたいな強烈な主従関係も見えたし、表面的には仲がよかったとしても、絶対に超えられない溝みたいなのはバレちゃいますよね」 

 食事をさせてもらったお宅にお金は払うのですか?

「払ったときと払っていないときがあって、だいたい払っていません。でも、特にボリビアやフィリピンとか、ちょっとお金がどうこうじゃないんですけど気持ちとして渡すっていうのはちゃんとしようとは思ってました。ありがとう、という心づけとして」

 世界の貧困や階級制度など、日本にいたら見えにくい部分を目にしつつも、さらっと書いてありますね。

「まあその、能書きをたれたり、説教がましくしたりはしたくないなあとは思ってて。純粋にこうドキュメンタリーじゃないですけど、あったことを淡々と面白く伝えるというのはスタイルとして心がけたつもりではありますね」

 山本さんのキッチハイクの原体験は?

「小学生のころ仲よくしていた友達のお母さんのご飯、全部美味しくって。みんなで“ウマい!”って食いに行ってました。鶏そぼろご飯に感激して、わが家では出ないメニューで何じゃこりゃと思いました。普通に生きていると、家かレストランのご飯の二択。でも、友人宅での食事はそこに第3の食のあり方があるという考えの原点になったかもしれないです」

食を通じてつながろう!世界をもっと楽しく

山本雅也さん 撮影/森田晃博

「僕は前職、博報堂という広告会社で5年ほど働いていたんですけど、そこですごく思ったことというのが、“メッセージだけでは人は意外と動かないんだな”みたいな。まあ、一瞬動いても、みんなすぐに戻ってしまう。旅に行こうと言ってもブーム的に行ったりはするかもしれないけど、それをもっとずっと持続していけるような仕組みとして世の中に提供したほうが、みんな自然にできるんじゃないかなっていうのは強く思っています。

 この本は僕の原体験が詰まったメッセージではあるんですけど、この本を読んでくださった人が、“ああ、自分も人を訪ねてご飯を食べるっていう体験をしてみたいな”と思ったとき、僕らがキッチハイクっていうウェブサイトを運営しているので、それを使ってもらえれば、同じ体験ができるよと。そのメッセージと仕組みを両方やっているというところが、僕のいちばん発信していきたいところですね」

 キッチハイクは、現在毎月600人以上が利用するサービスに育っています。山本さん個人の体験を広げたい理由は何でしょうか?

「旅の人とかいろんなジャンルで突き抜けた第一人者みたいな人っていると思うんですけど、僕はそこに憧れとかカッコよさとかをあまり感じなくて、むしろ“もったいない!”くらいに思うんですよ(笑)。

 あなたひとりがすごい、で済む時代はもう終わった。本当にできる人なら、もっとやれることあるんじゃ? って、どこか思ってしまうんですよね。本当に何かを変えようとするんだったら、有名になることより、メッセージを放つことより、世の中に根づく仕組みを変えなければいけないと思う。そこは強く意識してるところです」

取材・文/ガンガーラ田津美

<プロフィール>
やまもと・まさや 料理を作る人と食べる人が集まるコミュニティーサイト「KitchHike (http://kitchhike.com)」共同代表・COO。1985年、東京都出身。早稲田大学卒業後、2008年博報堂 DYメディアパートナーズ入社。学生時代から20代前半は、コントの台本を書く。退社後、“キッチハイク”の旅に出る。趣味はビールづくり、浅草探検。