アトピー性皮膚炎の治療にはステロイドが主に使われているが、悪循環を繰り返しがち。最近、注目を集めている“アレルギーを抑え込む”というヒスタグロビン注射とはどんな治療なのか? 2人の医師に話を聞いた。

すべての“即時型アレルギー”に効果がある

「アトピー性皮膚炎は注射で治ります」と話すのは医師の小林裕史先生。自身も重度のアトピー性皮膚炎で腕や脚、頭部の炎症がひどく、真夏でも長袖・長ズボンでできるだけ肌を出さないようにしていたという。

「毎朝、枕カバーに滲出(しんしゅつ)液がにじんでいました。繰り返す炎症に手を焼いていたところ、アメリカで医師をしていた友人に、アメリカではヒスタミン加人免疫グロブリン製剤を使っていると教えられたのです。日本では『ヒスタグロビン』という製剤があると知り、さっそく試してみたら、みるみるよくなって治療後25年たった今もまったく症状が出なくなりました」(小林先生)

 ヒスタグロビンとは、どのような薬なのだろう。

「アトピー性皮膚炎にはステロイドの外用薬や飲み薬を処方するのが定石ですが、ステロイドには炎症を抑える効果しかありません。それに対してヒスタグロビンは、アトピー性皮膚炎のほか、花粉症や喘息、食物アレルギーなどの“即時型アレルギー”と呼ばれるものすべてに効果があります。ヒスタグロビンは体内に入ったアレルゲンの周囲に防御壁のようなものを作り、アレルギー症状を起こす物質を放出できなくするからです」(小林先生)

左が治療後1か月後、右が治療前。ヒスタグロビンを1クール行った女性は、腫れて太くなった指がほっそりと、乾いてゴワついていた皮膚がしっとりとしてきたという(提供写真)

定期的に行う注射は保険診療でできる

 ステロイドは炎症の程度によって軟膏、あるいは飲み薬が処方される。薬を使えば症状はおさまるものの、汗や乾燥などの刺激でぶり返してまた薬を塗るということを繰り返している人も多いのでは? また、薬を塗るのを忘れると悪化したり、炎症を起こすたびに症状がひどくなる人もいるという。

ステロイドはやめるとリバウンドして症状が前以上にひどくなることがあります。また毎日、薬を塗るのもひと苦労。これに対してヒスタグロビンは皮下注射です。当院では1週間に1回注射するのを6週続けます。これを1クールとして、1か月の間隔をあけ、また1クールというように、症状が改善するまで定期的に注射します。季節性のアレルギー鼻炎の場合は、時期に合わせて注射します。続けるうちに症状が改善したらヒスタグロビンの治療は終了です。あとは保湿効果の高い“ヒルドイド”というローションと、ステロイドをわずかに配合した私のオリジナル軟膏を処方し、炎症が起きたら塗ります。これはすべて保険診療で行えます。

 ただし、ステロイドが身体に残っている状態ではヒスタグロビンの効果が低いことが経験上わかっています。ですから、患者さんには徐々にステロイドをやめていただき、半年後くらいに初めてヒスタグロビン注射を行います。

 皮膚の状態が非常に悪い場合は、強めのステロイドを2週間くらい使って炎症を抑え、その後は保湿剤とミックス軟膏に切り替えることもあります」(小林先生)

ステロイドに代わるものではない

 もうひとり、ホームページでヒスタグロビンについて詳しく解説している岡宮裕先生は治療方針が少し異なる。

「私のブログを読んで “ステロイドをやめたいんです”とおっしゃる患者さんもいらっしゃいますが“今すぐにはやめなくて、けっこうです”とお話しします。というのもステロイドは今ある炎症を抑える効果に優れているからです。ヒスタグロビンはアレルギー反応を抑えることはできますが、直接、炎症を抑えることはできません。ただし食事指導や、漢方薬などを処方してステロイドの量を減らしていくようにします。

 ステロイドの副作用としては皮膚に色素沈着を起こしたり、顔がまんまるになるムーンフェイスになったりすることが知られていますが、気持ちのアップダウンが激しくなるとも言われています。ですから私は治療法をひとつに絞るのではなく、ステロイドの炎症を抑える効果と、ヒスタグロビンのアレルギーを抑える効果、食事のオイルバランスなどに配慮した生活改善を組み合わせて、総合的に治療することが大事だと思っています」

 小林先生も3歳未満の子どもにはヒスタグロビンは打たず、塗り薬を処方するとか。

幼児でも薬剤の量を減らして注射することはできますが、期待するほど効果がないので4~5歳になってからヒスタグロビンを使うようにしています。

 それまでは漢方薬や塗り薬を処方するとともに、硫黄成分が濃い温泉浴や、海水浴などをすすめます。硫黄には殺菌効果と肌をなめらかにする効果があるんですね。温泉地で売っている湯の花を自宅の浴槽に入れて浸かり、それで頭まで洗ってシャワーを浴びずにタオルでふくといいですよ。海水浴は15分ほど海に浸かったら上がって日陰で休む。これを1日に2回くらいすると肌の状態がよくなります。ただしプールは厳禁です。消毒のための塩素は肌への刺激が強いので炎症が悪化します。炎症が軽いからという油断は禁物です」

ヒスタグロビンが広まらない理由

 アトピーに悩む患者が多いのに、なぜヒスタグロビンによる治療という選択肢が広まらないのだろうか。

皮膚科には注射での治療を行う素地がありません。万が一、注射後にアナフィラキシーのような強いショック症状を起こした場合など対処できないのではないでしょうか。また、ヒスタグロビンが献血から作られている点が薬害エイズと結びついて悪いイメージがあるのかも。製薬会社のミスで起きた事件なのですが。ヒスタグロビンによって感染症が起きたという報告はありません」(小林先生)

「ヒトの血液由来の薬(特定生物由来製品)という点が引っかかるのかもしれませんが、過去にヒスタグロビンでショック状態などの重篤な状況になったという事例は聞いたことがありません。ほとんど副作用はなく大丈夫です。万が一に備え医療機関では注射アンプルの製造番号の控えを20年間、保管することになっています」(岡宮先生)

 ヒトの身体のすべてについてわかっていない以上、副作用が絶対にないとは言い切れないが、一生、ステロイドの治療を続ける苦労を考えると、ヒスタグロビンによる治療を試す価値はあるのではないだろうか。

<プロフィール>
岡宮裕先生◎代官山パークサイドクリニック院長。副作用の少ない身体に優しい治療を行うことをモットーとし、プラセンタ、ビタミン注射などによる治療も取り入れている。保険適用の漢方薬処方や食生活の改善提案などにも力を入れている。

小林裕史先生◎埼玉県本庄市の小林クリニックと、東京・八重洲の小林ペインクリニック東京の理事長。整形外科、麻酔科をはじめ、外科や内科など身体を丸ごと診る医療を実践している。ローマ大学客員教授として漢方の有効性も広めている。