インターネットにアップされた動画は、死傷者が出なかったのが不思議なくらい、危険きわまりないものだった。

動画には生徒にぶつかりそうになる場面もあった(YouTubeより)

 大勢の中学生らが歩いている狭い路地に、猛スピードで突っ込んでいく車。慌てて逃げる生徒らに、車内の男が発したと思われる「どけこら、お前ら」というむきだしの恫喝(どうかつ)が向けられる。故意に轢(ひ)き殺そうとして運転しているとしか思えない映像だ。

 5月19日午後4時ごろ、大阪府門真市。暴走車が撮影しインターネット上に公開した映像が、捜査のきっかけになり逮捕の決め手になった。

 22日、市内の中学校教諭から、大阪府警門真署に電話が入る。

「生徒らが下校中に轢かれそうになった。車内から撮影したと思われる動画がインターネット上にアップされていると通報があり、捜査を開始しました」(捜査関係者)

 同乗していたのは2人の男。そのうちの1人の少年(19)は、26日午後、父親と一緒に門真署に出頭したという。

 前出・捜査関係者が続ける。

「動画について事件の経緯を警察へ説明に来ました。警察から、同乗していた成人男性にも説明に来るように、と連絡しました」

 同署は27日に、車を運転していた少年と同乗していた男、東克斗志(あづま・かつとし)容疑者(20)を、殺人未遂の容疑で逮捕した(その後、28日に検察へ送検)。警察の逮捕容疑は次のとおり。

《被疑者は共謀のうえ、5月19日午後4時ごろ、大阪府門真市の路上において、普通自動車を疾走させ、中学男児14歳らに同車を衝突させ殺害しようとしたが、同人ら(中学生ら)が危険を感じ回避したため直近を通過したにとどまり、殺害の目的を遂げなかったもの》

“殺人未遂”容疑で逮捕した理由

 なぜ自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)罪ではなく、殺人未遂容疑なのか。

 前出・捜査関係者の説明は、「危険運転致死傷罪を適用できないため」と忸怩(じくじ)たる思いをにおわす。

 殺人や殺人未遂を適用する要件として『故意』に人を殺害しようとしたという意思があることが必要となる。その『故意』を認定するのに必要なのが、認識と認容だ。

 認識は、その行為を行うと人が死ぬ可能性があるということがわかっていたか。認容とは、その行為を行った場合、人が死んでもいいと思っていたかだ。

 刑事過失論に詳しい明治大学法科大学院の大塚裕史教授が解説する。

「危険運転致死傷罪の適用には、人を死傷させた事実が必要になります。今回は誰もケガをしていないため適用できない。しかし、一歩間違えれば、人が死んでいてもおかしくない非常に悪質な事案であり、警察は殺人の“未必の故意”があったと判断し、殺人未遂で逮捕したのでしょう。道路交通法と比べたら、殺人未遂のほうが量刑も非常に重いですからね」

 “未必の故意”とは、“積極的に望んではいないが、車で轢いたら死ぬかもしれないがかまわない”とする心理状態をいう。容疑者2人の暴走は「人が死んでもかまわない」と考えていたと警察は判断した。

“殺意”や“未必の故意”があったとする証拠は?

 ただし問題は、と大塚教授が追加説明する。

「検察が殺人未遂で起訴するかわかりませんが、あのスピードで人を轢いたら死ぬ可能性があることは認識していたはずです。ただ自分たちが轢いた生徒が死んでもいいんだ、と認容していたかどうかがポイント。きちんと証拠を提示しなければ、裁判所は認めませんから、裁判ではその点がカギになる」

 2008年6月、東京・秋葉原で起きた“秋葉原通り魔事件”は2トントラックが歩行者天国に突っ込み5人を次々にはね飛ばし、その後、犯人はトラックから降り、ナイフで通行人に襲いかかった。

 犯人は当時「死刑になりたかった」「どうなってもよかった」などと供述。そのことからも、トラックで突っ込み人を殺そうとしていた。つまり人が死ぬことを強く望んで突っ込んだという“確定的故意”があったと認められた

 “秋葉原通り魔事件”のように明らかに殺意がある交通事故は少なく、通常は、運転ミスや不注意などによる交通事故が大半を占める。その結果、殺人で立件されることはほとんどない

 '16年暮れ、静岡地検浜松支部が、女性をはねた無職の男を殺人と自動車運転処罰法違反などの罪で同地裁に起訴した事件があった。

 女性が死んでもかまわないという“未必の故意”があったとされ、殺人罪が適用された。決め手になったのは、加害者の車のボンネットに衝突の跡が残り、その後400メートル以上、車体と路面の間に女性を挟んだまま走行したこと。殺意があったと検察が判断した。

過失と故意で変わる罪の重さ

 同じ轢き逃げで被害者が死亡したとしても、運転手が「人ではなく石だと思った」などと、“人”を轢いたことに気がついていなかったと認められる場合には、過失致死と道交法違反(轢き逃げ)の疑いになる。

 注意義務を怠る過失、つまり不注意によって起こった人身事故の場合は、過失運転致死傷罪が適用される。その一方で赤信号をことさら無視する、かなりの量を飲酒して正常な運転ができない状態だと認識し、車を走らせ人を死傷させた場合には、危険運転致死傷罪が適用されるのだ。

 '16年11月、スマートフォン向けアプリ『ポケモンGO(ゴー)』をしながら運転し死亡事故を起こした男がいたが、問われた罪は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)と道交法違反(轢き逃げ)。今年2月、福島地裁は懲役3年6か月の実刑判決を言い渡した。だが被害者側の感情としては「車を運転しながらゲームをして、人を殺して、たった3年6か月だけ?」だろう。

 '14年7月、北海道小樽市で海水浴帰りの歩いていた女性ら3人を死亡させ、1人に重傷を負わせた事故では、厳罰が下った。当初、検察は過失致死を適用していたが、遺族らは署名活動で世論を喚起するなどし、検察は訴因を危険運転致死傷に変更したからだ。今年4月、最高裁が上告を棄却し、懲役22年が確定した。

 過失であれ故意であれ、遺族には、決して穴埋めできない悲しみが残る。だからこそ遺族が加害者を同じ目にあわせてやりたいと考える気持ちは当然だ。

 しかし過失の事故に限定すれば、加害者は刑事罰のほか民事訴訟で損害賠償を請求され、社会的な制裁も受ける。そう考えたとき加害者もそれ相応の制裁を受けている部分もあるのではないだろうか。

 人間が使用する道具は使い方次第で便利な道具になる反面、人を殺傷できる凶器にもなる。冒頭の事件は幸いなことに死傷者は出なかったが、車を運転する際はそのことを肝に銘じ、安全運転を心がけてほしい。新たな悲しみを生まないためにも。