今年1月5日、厳冬の青森県三沢市内のビニールハウスの中で女子高生A子さんが保護された。
「格好は寝間着のようなスウェットの上下、足元はスニーカーという軽装でした。それよりも驚いたのは、その風貌。髪の毛は五分刈りくらいの丸刈り。素人作業で長さもバラバラ、いわゆる、トラ刈りという状態です」
と地元署捜査関係者。運よく保護されたからよかったものの、当日の気温はマイナス2℃。命の危険すらあった。
通報を受け、駆けつけた警察官にA子さんは信じがたい説明をしたという。
「保護されたのは昼間ですが、彼女は近くの墓地で前日の夜から霊能力の修行と称し、闇を見る訓練をしていたといいます。髪の毛は、12月に実母と母の友人の女性にバリカンで刈られたそうでどうも2人は、A子さんを“尼さんにしたかった”みたいです」
と地元署捜査関係者。調べてみると、虐待の痕跡も発見された。
「右腕に2センチほどの切り傷と、お尻は叩かれて腫れ上がっていました。腕の傷はカッターでつけられた傷で、お尻はハエ叩きの柄の部分などで何度も何度も叩かれたものです」
これは霊能力の修行のときにつけられたものだという。
青森県警三沢署は先月30日、修行の名のもとに娘を虐待した母親・川口とみ子容疑者(44)と、自称・霊能力者の宮崎香奈子容疑者(35)を、傷害と暴行の疑いで逮捕した。
取り調べに対して宮崎容疑者は「霊能力がある、霊が見える、霊の声が聞こえる」と供述している。
「川口容疑者も、宮崎容疑者に霊能力があると供述していたそうです。宮崎容疑者が“A子にも霊能力がある。修行すれば能力が身につく”とすすめたことが、事件の発端だったようです」
と前出の地元署捜査関係者は読み解く。
2人は同県おいらせ町の新興住宅地に住むご近所同士。昨年まで三沢市内の同じアパートに住んでいたが、そこを火事で焼け出され、現住所に引っ越してきた。
以前から2人を知る近所の住民はこう話す。
「同じアパートに住んでいたといっても以前はそれほど親しそうには思えませんでした。ここに引っ越してから急激に接近したようです」
近所では2人の密な関係がたびたび目撃されていた。
「仲がいいという限度を超えています。四六時中べったりで、いつも夜遅くまで一緒にいたり、どこかへ出かけていったり。仲よさそうに雪かきをしているところも見たことがあります」(同・住民)
と家族以上の“親密さ”もうかがえた。
暗闇を見つめ霊を凝視する修行
ただし、これまで2人の周囲から、異常行動をとっているといった通報はなく、霊能力の話も誰も知らなかった。
A子さんに対してもいつから“霊能力の英才教育”がなされていたのかは不明だが、昨年の夏、通っていた高校を戸惑わせる出来事があった。
県警捜査担当者の話。
「川口容疑者が一方的に、休学をさせると学校に連絡しました。理由は“修行をさせるため”。それでは正当性に欠けると判断した学校は“正しい理由がない限り無理”と、何度も面接を求めましたが、拒否され続けたそうです」
学校に行かせず、両容疑者はどんな修行をさせたのか。
「河原に行って石を積んだり墓地に行って暗闇を見つめ、霊を凝視したり、念力を高めたり。ほかにはデジカメに念じて心霊写真を撮るなど、さまざまなことをしていたようです」(県警捜査担当者)
A子さんも自ら周囲にSOSを求めることもなかった。
「保護当時は洗脳されていた可能性があり、強要ではなく、納得し、修行です、と言っていました。霊能力を身につけることを信じ切っていましたね」(県警捜査担当者)
母親や宮崎容疑者を妄信した被害者に、両容疑者は今、どんな思いを抱いているのか。
「母親は暴行の事実を認め、“やりすぎたかもしれない”と言っているそうです。ただし、これは修行に集中させるためのしつけで、修行中にA子さんがよそ見をしたり、集中力が切れると、叩くなどの暴行を繰り返していたそうです」(県警捜査担当者)
一方の宮崎容疑者は、暴行の事実はあったものの共謀していないと逮捕事実を認めておらず、謝罪の言葉もない。
「バリカンで刈ったのは川口容疑者に脅されてしかたなく。私は霊能力はあるが、霊能力者を自称していない」
と弁護士を通じ、主張する。
「妻を止められなかった」
宗教社会学者で北海道大学文学部の櫻井義秀教授は、
「青森には『カミサマ』といわれる霊能力者が昔からいます。A子さんに『カミサマ』の素質があると見込んだ霊能力者にすすめられ、母と娘がその道に行こうという意思のもとで修行したということなら説得力がありますが……」
と可能性を探りつつも、
「A子さんはまだ自分で状況を判断できない年齢です。母と霊能力者が修行を強要し、身体的にも彼女に加害行為をしていたとされるならば、それは宗教の名を借りた暴力。今回の行為は行きすぎているものといえます」
事件の背景についても、
「川口容疑者がなんらかの形で抱えていた精神的な弱さを解決するすべが霊能力という言葉で利用されたのかもしれません。本来はまず行政やカウンセラーなど、しかるべき機関につなげることです」(櫻井教授)
容疑者の家族は何も不審に思わなかったのだろうか。前出の住民は言う。
「2人の夫は仕事が忙しかったらしく、近所でほとんど見たことがありません」
報道では、川口容疑者の夫は家族と向き合う時間が少なかったことを明かし「修行には反対したが、妻を止められなかった自分にも責任がある」と悔いている。留守がちな夫への寂しさや慣れない土地での生活。心の隙間を埋めてくれたのが“霊能力”だったのではないか。
A子さんは今、安全な場所に保護され学校へ通っている。
「家族の関係回復のカギを握るのは父親の存在です」
前出の櫻井教授は言う。
母と娘との和解の日は来るのだろうか。“神頼み”ではなく自分たちの力で解決しなくてはならないようだ。