今期No.1視聴率の連続ドラマ『緊急取調室』(テレビ朝日系)の脚本を担当する井上由美子さん。25年のキャリアを誇り、今回の刑事ドラマをはじめ、朝ドラや大河ドラマ、木村拓哉主演作、話題の不倫映画『昼顔』(公開中)など、さまざまなジャンルの作品を手がけ“なんでも屋”とも呼ばれる。最終回(6月15日木曜夜9時)を迎える“キントリ”での苦労話、ドラマ愛、脚本家としての胸中と今後について語ってくれました。
25年のキャリアの中でいちばん難しいドラマ
「人との付き合いをメールなどですませてしまうことが多い今の世の中で、小さな机ひとつ挟んで向き合う取り調べを通して、ヒューマンなコミュニケーションというものの大事さを訴えたかったんです」
天海祐希主演の連続ドラマ『緊急取調室』で描かれるテーマについてそう話すのは、ドラマの生みの親である、脚本家の井上由美子さん。
警視庁で被疑者の取り調べを行う「緊急事案対応取調班(通称・キントリ)」。密室のため自白の強要による冤罪(えんざい)の発生や、強引な取り調べがあるなどの問題を防ぐため、取り調べを録音録画する“可視化”(※昨年5月、取り調べの録音録画を義務づける「刑事司法改革関連法案」が可決)された特別取調室で、真壁有希子(天海)やベテラン刑事たちと被疑者との緊迫したやりとりが、ドラマの人気の大きな要素になっている。
井上さんは「25年くらいこの仕事をやっているんですけど、台本を作るのがいちばん難しい」と、笑う。
「刑事ドラマの王道は、あの手この手を尽くした捜査の末に、犯人を逮捕することですが、このドラマは逮捕から始まります。しかも武器は取り調べだけ。パターンが限られている中で、お話を作らなければいけないので、有希子やいぶし銀のおじさん刑事たちが毎回、どんな手で犯人を落とすかを考えるのは大変ですね。有希子が取り調べのときに“丸裸にしてやるわ!”と言うんですが、刑事も丸裸になる瞬間を作ることで、被疑者の心を開く言葉のやりとりになるように工夫しているつもりです。犯人の後ろにあるものを、いかに毎回、違うように書くかというのが難しくて、ない井戸を汲(く)み上げるように苦労しながら書きました(笑)」
毎回、被疑者役のゲストが出演し、密室でキントリとセリフがぶつかる場面が展開するが、犯人役のキャスティングは台本ができあがってからお願いしていたそう。
「当て書きはせず、まず、われわれスタッフの中で“犯人の物語を作り上げてから”を目指しました。それで台本ができると、お芝居を楽しんでもらえる俳優さんに読んでいただいて、納得したら出てもらうというやり方でした。そうするとだんだん脚本を書く時間がなくなってしまって、苦しいんですけどね(笑)。でも、できあがりを見ると、レギュラーもゲストも演技が素晴らしくて、本当に助けられました」
人間観察、メモもしない感覚と無邪気な思いつき
新米弁護士の成長を描いた朝ドラや刑事もの、14歳で妊娠・出産する少女の物語、鎌倉時代の武士が主人公の大河ドラマ、不倫に堕ちていく男女の話など、幅広いジャンルの作品を生み出す井上さん。
ドラマのアイデアは、どんなところから生まれるのでしょう?
「こういうことが起こったら怖いなとか、こんな人に会ってみたいなという、日常で思うことで作っています。ネタ探しのために取材をするとか、人間観察もしないです。でも、電車に乗っているとき、隣の人のため息が妙に気になるときってあるじゃないですか。この奥さん、何かイヤなことがあったのかなって。そういう感覚は大事にしています。
ただ、メモを取ったりしないんですよ。字にしてしまったことって、どっか一拍遅いんですよね。理屈で探すより、洗濯物を干しているときなんかにふと浮かんだ、“あっ、こんな可愛い女の恋を描いてみたいな”とか“こういう面白い男が活躍する話を書きたいな”という無邪気な思いつきのほうが、伝わる気がしています」
そんなさまざまなジャンルを描く井上さんを“なんでも屋”と、揶揄(やゆ)する人もいるんだとか。
「あれこれ手をのばさず、得意なジャンルを決めて勝負したほうがいいと叱咤(しった)してくれる人もいますよね。欲張りだぞって(笑)。私としては、いつも“こんな人を描きたいな”という気持ちから出発しているので、つながっているんですが。それが今回は、鼻っ柱の強い女といぶし銀のおじさんたちのチームものを書きたいと思って、キントリになりました。ジャンルより、そのときどきの“見たい”を優先してしまうんです。ただ、“今っぽさ”は必ず入れるように心がけていますね。キントリだと“可視化”です。
別に社会派を気取っているわけではないんですが、テレビって基本的には流れて終わりなので、今だから見られるものを作りたいんです。そして、やはりテレビを見てくれる人の気持ちがノれることが大事で、そうなるには私自身が“これはどういうことなんだろう?”と、ノッて書けることがいちばんなんじゃないかと思います」
ドラマ不振のひとつは“ながら見”が要因に
昨今、視聴率が低下しているといわれるテレビドラマ。井上さんはどのように感じてらっしゃるのでしょう?
「いちばん感じるのは、スマホをいじりながら、ネットしながらドラマを見るようになったことですね。じーっとテレビの前に座って、このシーンのセリフを見逃したら筋がわからなくなるというドラマはなかなか受け入れられにくくなっていて、部分部分を見て面白かったなというドラマが求められているなと思います。ただ、そういうことは度外視して、数字は狙わなくていい、全世代ではなくて、ある一定の層だけが見ればいいんだ、というドラマの作り方も増えてきていて、それはそれでいいことだと思っています」
また、キャスティングが先行するドラマ作りの弊害も指摘されていますが?
「作品によっては、キャスティングが決まってから台本を作らなければならないケースもあるので、ギリギリになってしまったときはキツイですね。以前、男性主人公で書いた脚本を女性主人公に変更してくれといわれたときは、冷や汗が出まくりました(笑)。
ノーキャストの段階で企画書を出してもなかなか通りませんが、めげずにやってると、ごくたまにうまくいくこともあります。そういうときは、本当にうれしいです」
また、井上さんは、テレビは女性が見ることが多いので、夢中になって見た後に“ああ面白かった”“腹立った”など、何か言いたくなるドラマを作りたい、と言います。
「私がドラマを好きになったのは、NHKのドラマ人間模様やTBSの金曜ドラマなどを見たからなんです。早坂暁さんの『花へんろ』シリーズや『事件』シリーズは好きでしたね。向田邦子さんの『幸福』、山田太一さんの『想い出づくり。』などは、何度でも見たいです。『やすらぎの郷』が人気の倉本聰さんだったら、時代劇で『文五捕物絵図』というのがあって、これがとても面白い作品なんです。こうした素晴らしいドラマを作ってきた人たちは、いつも挑戦していたと思います。だから、私も挑戦していきたいですね。
キントリの反動かもしれませんが、今後は、日常生活をメインにしたお話を書いてみたいですね。人が死んだりするのではなく、すごい事件も起こらないところで物語があるものを書いてみたいです」
最後に、いよいよ最終回を迎えるキントリの見どころを教えてください!
「過去に密室で行われた取り調べと、現在の緊急取調室がつながる物語です。有希子とおじさん刑事たちに“取り調べとは何なのか?”が突きつけられます。誰が最後の被疑者の取り調べに適任か、みんな手を挙げたいけど、それを選ぶ人がいて、選ばれた人がいる。でも、やっぱりこの人に譲る……といったキントリのチームプレーを楽しみにしていただければと思います」
<プロフィール>
いのうえ・ゆみこ/脚本家。1961年、兵庫県生まれ。立命館大学文学部卒。テレビ東京勤務を経て、脚本家デビュー。連続テレビ小説 『ひまわり』、大河ドラマ『北条時宗』、『きらきらひかる』、『タブロイド』、『GOOD LUCK!!』、『白い巨塔』、『マチベン』、『14才の母』、『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』、『お母さん、娘をやめていいですか?』、『パンドラ』シリーズなど数多くの作品を手がける。芸術選奨、向田邦子賞受賞。上戸彩と斎藤工が共演する不倫ドラマの完結編となる映画『昼顔』が公開中。
●『花へんろ』シリーズ
NHKドラマ人間模様で’85年『花へんろ 風の昭和日記』が放送され、’86年『花へんろ第二章』、’88年『花へんろ第三章』、’97年『新花へんろ』とシリーズ化。四国の遍路道に面した商家を舞台に、大正から昭和の時代の庶民の暮らしを描く。脚本・早坂暁、出演・桃井かおり、河原崎長一郎、語り・渥美清。
●『事件』シリーズ
NHKドラマ人間模様で’78年『事件』(原作・大岡昇平、脚本・中島丈博)を放送。弁護士役の若山富三郎がさまざまな事件を担当するヒューマンドラマで、以後、早坂暁がオリジナル脚本を担当。’79~’84年に『続・事件』『続・続事件』『新事件~わが歌は花いちもんめ』『新事件~ドクター・ストップ』『新事件~断崖の眺め』を放送。
●『幸福』
TBS金曜ドラマで’80年に放送。大学受験失敗後、妹と暮らしながら鉄工所で働く数夫を恋人が訪ねてくる。恋人の姉は数夫の兄の元恋人であり、数夫とも関係があった。脚本・向田邦子、出演・竹脇無我、岸本加世子、岸惠子、緒形拳。
●『想い出づくり。』
TBS金曜ドラマで’81年に放送。結婚適齢期を迎えた3人の女が偶然知り合いとなり、結婚を迫る親とのやりとりや、心から誇りにできる青春=想い出を作る日々を描く。脚本・山田太一、出演・森昌子、古手川祐子、田中裕子、柴田恭兵。
●『文五捕物絵図』
NHK金曜時代劇で’67~’68年に放送。神田天神下に住む岡っ引き「文五」の活躍を描く。原作・松本清張、脚本・倉本聰、杉山義法、出演・杉良太郎、露口茂、東野英治郎。