沖田×華さん 撮影/近藤陽介

 高校時代に看護師見習いとして体験した産婦人科のリアルな実情を描き、発表以来、多くの読者の反響を呼び、今や5巻で260万部(電子含む)を突破する超ヒット漫画となった『透明なゆりかご』。作者の沖田×華(おきた・ばっか)さんに、この作品を通して“伝えたいこと”を聞いた──。

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 5巻で累計260万部を突破し、じわじわと感動の輪を広げている漫画をご存じだろうか。タイトルは『透明なゆりかご』。作者は沖田×華。彼女が学生時代に見習い看護師をしていた産婦人科医院での実体験で見た残酷な現実と、それと二律背反するような母性愛が描かれた物語だ。

「先日サイン会をやったんですけど、お子さん連れの女性や家族の方たちが多くて。サインしている間、目の前で抱っこされている子どもが私の髪の毛をいじっているのが、すごく可愛くって、私のほうがドキドキしていました(笑)。あとは、医療従事者の方も多く“うちの産科でも話題になっています”と。

 この“ゆりかご”は20年前の話を描いているので“本当なの?”と首をかしげられるかと思ったのですが“感動しました”という感想を多くもらえてうれしかったですね」

希望を見いだせるストーリーを描く

 1話完結で進むストーリーは、すべてが心に突き刺さる。主人公の×華は当時、堕胎された子どものカタチなき亡骸(なきがら)をカメラのフィルムケースのような小さな容器に納めて、業者へ出す役割をしていた。

「そのシーンは、みなさん一様にショックだと言われますね。産科でバイトをし始めてから、日本の死亡原因の本当の1位はアウス(人工妊娠中絶)だということを知ったんです。中絶する女性って“中絶!? なんてだらしない”みたいな目で見られがちですけど、私はなんだか、そこに違和感を感じてしまって。だって女性だけの問題じゃないですよね。その背景には中絶を許す男がいるはずなのに、その男がまったく出てこない。病院をひとりで訪れる女性にしたって、そう。他人には計り知れない事情があって、泣く泣くそのような選択をしている。中絶って常にマイナスなイメージでとられてしまっているけれど、それだけじゃなく、どこかに希望を見いだせる話になるよう、そんな思いで描きました。とはいっても、最初は怖かったです。結婚もしたことない、妊娠もしたことのない私がこのような話を描いて、読者さんからどう思われるのか……。それに、妊娠して出産することだって当たり前のことではない、ということも伝えたくて」

 育児というものは、過酷で重大なこと。ふだん何気なく育てているように見える母たちが本当はものすごい役割を果たしているということを、多くの人は意識していない。

「流産経験や死産、育児に関してダンナの理解が少なかったりと、あてはまる部分が多くあるのか、“この漫画で気が晴れました”と、みなさん言ってくださるので、ホント、描いてよかったなあと思っています。看護師だったのは約5年。あのころは、自分が役に立てる何かがあるなんて、あまり思えませんでした。産科で働いていたときは高校3年生でしたけど、まったく看護師に向いてなかったというか(苦笑)。あのあと、小児内科に3年半、そしてデイサービス、精神科、美容整形外科と、もろもろ。病院も転々としながら、やっぱり向いてないと辞めて、それから漫画家に」

 最初は、風俗漫画からスタート。その後は、『ガキのためいき』(講談社)というアスペルガー障害と診断された自身の実話を描いた連載を。それと同時進行で『ギリギリムスメ』(講談社)をスタートさせた。

「『ギリギリムスメ』は初めてのフィクションだったので、ストーリーを考えているときにパニックを起こしちゃって。“もう、私、できません!”って思ったときに“ゆりかご”のストーリーが浮かんだんです。“あっ! もっといいストーリーが思いついたぞ”と。担当編集さんに持っていったら“『ギリギリムスメ』が先なんで早く描いてください。それが終わったら、ゆりかごの連載を始めましょう”と。

 しかたないと、1度は“ゆりかご”のネーム(文字原稿)を捨てちゃったんですけど、『ギリギリムスメ』が終わったあとに、あらためて“沖田さん、あの連載を始めましょう”と担当さんから言われて……。担当さんがネームをとっていてくれて、“これですよ、沖田さん。『透明なゆりかご』です。これ、描きましょう”と」

“あけみちゃん”と酒場では呼ばれ……

 先日、早くも5巻が発売となった。忙しくはなったものの、生活はほとんど変わっていないという。

(c)沖田×華/講談社

飲んべえだし、よくひとり飲みをして、時折、道路の溝に落っこちたりもします。住んでいるところの駅前の居酒屋へはよく行きます。カウンターの隅っこに座って、老夫婦の会話に耳をそばだてて“ふむふむ、まだエロいことをやってんのか”とか思いながら、お酒を飲む(笑)。新宿の赤ちょうちん的な居酒屋にもよく行きますけど、そこではなぜか“あけみちゃ~ん”と、おっさんたちに呼ばれ、数杯でベロンベロンになって、おっさんと同じようにフラフラになって帰るのがパターン。服にも特に興味がなくて、まだ高校時代のジャージを着ていますが、かなりボロボロになってしまいました。そんなに欲がないのかも。

 不思議です、風俗漫画からスタートした私が、この境地に至っているなんて。でも、まだまだしたいことはあって、“ゆりかご”は今後は取材もしていこうと思っています。不妊治療の現場だって変わってきています。日本の養子事情なんかについても描きたい。昔と今の出産事情は違うだろうし、育児事情も違う。ワンオペ育児で頑張っている方にも、私の漫画を読んで、ストレスを発散してもらえたらうれしいです」

透明なゆりかご~産婦人科医院看護師見習い日記~(Kissコミックス)2017年6月16日現在5巻まで発売中 ※記事中にある画像をクリックするとamazonのページにジャンプします

<プロフィール>
おきた・ばっか/漫画家。富山県出身。ペンネームは「起きたばっかり」に由来。漫画『アクション』の新人賞に応募して選外奨励賞を獲得し、26歳で漫画家デビュー。アスペルガーなどの発達障害と共生し、自身が抱える障害を題材とした作品『毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で』(2012年)も人気シリーズに。『透明なゆりかご』はじめ、『蜃気楼家族』『ガキのためいき』『ハイスクールばっかちゃん』などヒット作多数。