起訴状によると、筧被告は2007年から'13年の6年間で殺害したパートナー3人の遺産や死亡保険金など約4000万円を手にした。ほかに知人男性から預かっていた約4000万円を返さずにすんでいる。4人とも筧被告と接触した直後に倒れたとされる。
筧被告は公判で毒物の入手経路を明かし、健康食品のカプセルに入れて飲ませたとする犯行手口まで語った。しかし、事件発覚が遅れたため物的証拠は乏しく、検察側は状況証拠を積み上げた。
女性裁判員に見せた女のプライド
筧被告は福岡・北九州市の進学校在学中、担任教師から国立の九州大学への進学をすすめられた秀才だった。しかし、父親から「女が大学なんかに行くな」と言われたため高卒で銀行に就職した。
公判では、
「私も昔は賢かったけど、今はアホになってる」
と悲しい発言も飛び出した。
どこまで病状を認識しているのか、時折、「私アホやから」と繰り返した。
裁判官の心証をよくしようとする姿勢はゼロだ。中川裁判長が捜査段階の供述書の署名を確認しようとすると、
「私しかありません。聞くだけ野暮です」
と神経を逆撫でした。
検事、弁護人、裁判官、裁判員問わず「愚問です」と言い放ち「知ってるのになんで聞くのか」とたたみかけた。
女性裁判員に対しては妙なプライドを覗かせた。
ある女性裁判員が「反省は?」と聞くと、
「あなたのような若い人に言われたくない。失礼です」
別の女性裁判員が「遺族に申し訳ないと伝えようとは思わなかったか」と聞くと、
「少女ドラマじゃありませんよ。失礼です」
と語気を強めた。
やりきれないのは被害者遺族だ。公判終盤、遺族らの意見陳述があった。筧勇夫さんの兄は「事件の日に駆けつけたら家におせち料理があった。正月を楽しみにしていただろう。どんな思いで死んでいったのか。最高の刑を」と述べた。
妹は「兄は信じ切っていた。それを虫けらのように殺すなんて許せない」と極刑を求め、筧千佐子被告の呼称についてマスコミに「筧という名を使わないでほしい」と訴えた。ほかの被害者遺族は出廷せず意見陳述が代読された。
筧被告は公判で、認知症を象徴するように同じ話を繰り返した。会社員時代、上司から何でもメモを取れと教わったこと。娘から「お母さん物忘れが激しい」と言われ国立病院に行くと、保険がきかず、びっくりするほどお金をとられたこと。
このふたつのエピソードを壊れたテープレコーダーのごとく繰り返し、裁判長から「そのへんにしときましょうね」となだめられた。
辻弁護士は裁判員に「法廷で見聞きしたことだけで判断してほしい」と訴えた。
忘却は罪か免罪符か。難しい裁判になった。
(取材・文 ジャーナリスト・粟野仁雄)