兵役によるプレッシャー

 19日に放送された『スッキリ』(日本テレビ系)に東方神起のふたりが出演しましたよね。兵役を終え、2年ぶりに活動を再開するということで。

 この兵役による2年間のブランクというのは、本人たちにとって相当なプレッシャーのはず。その間に忘れ去られてしまうんじゃないか、新しいグループに自分たちの居場所を奪われてしまうんじゃないかと。

 同時に、新しいグループにとっても、やっと自分たちが売れ出したと思ったころ、人気のある人たちが再び戻ってきたら、自分たちはまたいらなくなってしまうんじゃないかとプレッシャーがかかるとも思うんです。

 さらに事務所にとっても、その2年間のグループの不在をどうやって繋いでいくか、代用となる同じようなグループを作らなければならないというプレッシャーがあると思うんですよね。

 こういった意味で、韓国の兵役制度がもたらす芸能関連者へのプレッシャーは、日本の芸能人たちが感じているプレッシャーよりもシビアなものがあるんじゃないでしょうか。

 また韓国の芸能界は、日本と同じく規模が限られてるのですが、彼ら/彼女たちはマーケットを外に広げることで克服しようとしたんですね。

 そのため、日本に向けたブランディングも積極的に行われるんです。その証拠に女性アイドルたちが踊るセクシーダンスを韓国内で封印し、外国向けのプロモーションビデオのみで公開することもあります。

 また実際、私自身、日本のマンションに何人かで暮らし、日本語を叩き込まれているデビュー前の男性アイドルに会ったことがあります。資金援助をしていたのが日本女性だったこともあって、彼らは“日本用アイドル”として育成されているのだなと感じました。

 だけど韓国では、政治的な観点から、日本に対する複雑な感情が社会全体に漂っているため、売れるためとはいえ、日本の芸能界で活動していると厳しい目で見られてしまう。本人たちにとって、韓国の人たちからのそうした反応は精神的苦痛であるはずです。

 枕営業の法律での取り締まりなど、たしかに韓国芸能界にもメスが入り始め、変わりつつあるとは思います。だけど、こうした特殊な状況下に置かれるなかで、ジョンヒョンさんは最終的に、芸能界という道を選んでしまった自分自身を責めることになったんじゃないかと思うんです。

日本も他人事ではない

 売れるからといって、代用が効くからといって、個性よりも見かけばかりが重視され、同じような価値観をもとにした芸能人が量産されてしまう状況。

 日本もまた他人事ではないですよね。むしろ同調を重んじる日本は、とりわけ陥りやすいと言えるんじゃないでしょうか。ある意味、エンタテイメント業界には、その国の社会で起きていることが反映されやすいですからね。社会の縮図のように思えてしまうのです。

<構成・文/岸沙織>