「看護師で僧侶」だからこそ

 妙憂さんの1日は、早朝3時半に起きて、お経をあげることから始まる。

「朝の読経が終わったら、メールの返事を書いたり、曼荼羅(まんだら)を描くのもこの時間です」

 仏の悟った境地を絵柄にした美しい曼荼羅は、不思議なことに修行を終えて、突然、描けるようになったという。

修行を終えて描き始めた曼荼羅。「お守りに欲しい」という人も
修行を終えて描き始めた曼荼羅。「お守りに欲しい」という人も
看護師で僧侶でもある、玉置妙憂さんの原点(全10枚)

 朝食は、中学生になった次男とともに。「今日のご予定は?」と聞き合うのが日課だ。

「最近は仕事を終えてから、打ち合わせが入ることも多いので、帰宅時間をお互いに確認しています」

 僧侶になって、3年あまり。たくさんの役割を担っている。

 平日は、看護師として、都内の精神科に勤務。1年前、「仏教を医療の現場に生かしたい」と学会で発表したことから、職場と縁がつながった。

 勤務先の榎本クリニック、理事長・榎本稔さん(82)が話す。

「医療では患者さんの症状を抑えられても、根本を解決しづらいんです。生い立ちや人間関係など、さまざまな問題を抱えていますから。昔から医療と宗教は密接なつながりがありました。そこで、妙憂さんには新しい角度から、アプローチしてもらっています」

 写経や写仏、瞑想やヨガを取り入れた「仏教プログラム」は、少しずつ形になっている。

クリニックでは写経や瞑想、ヨガなどの『仏教プログラム』も好評
クリニックでは写経や瞑想、ヨガなどの『仏教プログラム』も好評

 休日にはボランティアで、在宅医療の患者を訪れる。

「末期がんなど、終末期の患者さんが多いので、最初は、“まだ坊主は呼んでない”と追い返されるかと心配でしたが、ありがたいことに受け入れてもらえています」

 話す内容も、看護師のときとは、ずいぶん変わった。

「坊主になってから、“極楽浄土ってあるの”なんて聞かれることも増えました。看護師の立場で“あります”と答えても説得力がないけれど、僧侶として“とても美しい場所のようです”と答えると、患者さんは安心してくださいます。でも、もっぱら聞き役が多いですね。患者さんの不安や愚痴、悲しみ、いろんな感情を、ただうなずきながら聴かせていただいています」

 患者と妙憂さんをつないでいる、訪問看護師の村崎佳代子さん(52)が話す。

「妙憂さんは、訪問だけでなく、医療・介護専用のSNSでも1対1で、患者さんとつながっています。不安が込み上げたとき、いつでも安心して、本音を書き込める相手がいると、患者さんも気持ちが救われるんですね。医療現場で、新しい役割を担ってくれています」

 患者本人や家族から手紙をもらい、自宅を訪れることも少なくない。医療者ではフォローできないような「心の痛み」に、妙憂さんはそっと寄り添う。

 その活動は、看取られる側だけにとどまらない。

 昨年5月には、「社団法人・介護デザインラボ」を設立。介護士、患者の家族など看取る側を対象に、終末期の患者との向き合い方を、医師や専門家とともに講座などで伝えている。

 実際に、夫を看取った経験を持つ妙憂さんのアドバイスは、「自分に二重丸をあげよう」など、看取る側の気持ちを軽くする。だからだろう、講座は毎回、満席だという。

「団塊の世代が後期高齢者になる2025年には、介護する人、される人がピークになります。それまでに、死にやすくなった、生きやすくなった、そう思える人がひとりでも増えるよう、環境を整えていきたいですね」

 親の介護問題に、やがて訪れる自分の老後。誰もが避けては通れない問題に、妙憂さんはそっと力を添える。

 それが、現世の役割とばかりに─。

(取材・文/中山み登り 撮影/佐藤靖彦)

中山み登り(なかやまみどり)◎ルポライター。東京生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP研究所)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など。高校生の娘を育てるシングルマザー。