「普通に働いてほしいだけなのに」
夫は現在77歳。今もフルタイムで働いているが、賃貸マンションで暮らしていることもあり、先の不安が大きくなってきた。夫婦ふたりきりなら狭くて安いアパートに引っ越したいところだが、息子がいるため、それもできずにいる。だがこの息子、親に対して歯向かうことはまったくないのだそう。
「たまに夫が晩酌に誘ったりしても“僕には飲む権利がないから”と断るんです。本人の誕生日とクリスマスだけはワインを開けてすすめると、うれしそうに飲んでいますね」
それでも、たまに気になることを口にする。
「私はどうしたらいいかわからなくて、家族会に顔を出すようになったんですが、そのことを息子に言ったら、“おかあさんは自分のために家族会に行ってるんだよね。僕のためだったらやめてほしい”って。“自己満足で行ってるだけでしょ”と何度かつぶやいたこともあります」
息子は親を過干渉だと思っているのだろうか。そこから本音をぶつけ合うこともできたのかもしれないが、裕子さんはそうしなかった。
親というものは、どこかで子どもの本音を聞くのが怖いのかもしれない。そんな親の態度を、子どもは冷静に見ながら「何か」を測っているのだろうか、とも思う。例えば自分への愛情の深さとか、あるいは自分への許容量とか。息子にとっては、小さいころから抱えてきた親への不信感があるのだ、おそらく。それに自ら気づいてほしいと思っている可能性もある。ただ、今の年齢の親にそれを求めるのは酷だという気もする。
「3人で夕飯をとって、ゆっくりしているときに“これからどうしたい?”と聞いてみることがあるんです。そうすると“人の役に立ちたい”と。そういう気持ちはかなり強いようです。当事者が集まる会とか、就労支援とか、そういうところへ出向いてくれればいいんですが、促しても行く気配はありません。息子がどうしたいのかがわからないのがつらい。下に結婚している娘がいるんですが、“病気なんだから病院に連れていけば?”と言うんですよ。ただ、一緒に暮らしていて病的なところはまったく感じないし、本人も病院へ行くことは拒絶しています」
穏やかで世間話には応じるし、家事を手伝ってもくれる息子。だが、肝心な核が見えない。息子自身が苦しんでいるのかどうかもわからないと裕子さんは言う。
「私としては、ただ普通に働いてほしいというだけなんです。そんなに大きな願いではないと思う。なのに息子は、その話にはまったく耳を貸そうとしない……」