しかしながら、以上の2つの要素は、コメディエンヌと称される女優ならば、多かれ少なかれ備えている魅力である。ならば池谷さんの独自性はどこにあるのか。
それは「上品さ」である。
ただの上品さではない。クラシックな上品さである。
まだモノクロだったころの古い喜劇映画をよく観るのだが、そこには上品な女性たちがよく出てくる。喋り方が上品、立ち居振舞いが上品。彼女たちはしばしば、ひどい目にあったり、ひどいことを言われたりするのだが、そのリアクションでさえ上品だ。それが当時、狙ったものなのかはわからないが、現代から見ると、そんなときまで上品なのかよ! というギャップが妙におかしい。
池谷さんにはそれに通じるものがある。街の洋食屋の女将でも上品、割烹着姿の刑事をやっても上品、牛の肛門に腕を突っ込んでも(舞台でそういう役を演じていたのだ)上品。強靭なお上品力。レトロなマダム感。こんな魅力をもったコメディエンヌは、僕が知る限り、池谷さんの他に今はいない。みなさんすでに、墓の中だ。
長々と書いてきたが、彼女のことを知っている人には何をいまさら、よく知らない人にとっては何がなんだかさっぱりだとは思うが、このような理由で今回、池谷のぶえさんには「笑演女優賞」を勝手に差し上げ、勝手に表彰いたします。
今、僕が楽しみにしているのは、池谷さんの10年後だ。若いときはコメディエンヌだった女性が、ある年齢になったころから、演技派あるいは本格派と呼ばれる女優に変身することがある。そう言われると、皆さんも何人かの女優の顔が思い浮かぶのではないだろうか。現在47歳の池谷さんが還暦の頃、どうなっているのか。ときどき、思い出したように見守りたいものである。
<プロフィール>
山名宏和(やまな・ひろかず)
古舘プロジェクト所属。『行列のできる法律相談所』『ダウンタウンDX』といったバラエティー番組から、『ガイアの夜明け』『未来世紀ジパング』といった経済番組まで、よく言えば幅広く、よく言わなければ節操なく、放送作家として活動中。